スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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やさしい渾沌(LINK:primeira desejo 100)

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 起こるはずのないことは、起こらない。
 ここが、手順と規律と論理で構成されている場であるならば。

 手順で言えば、この後スピーチが終わって、楽器を鳴らし始めるとダンサー姉妹が入ってくる流れだ。

 規律で言えば、安達さんが社内の会議室予約システムなどを使ってこの部屋を充分な時間分確保しているはずだ。


 だから、起こるはずのないことは、起こり得ないはずだった。

 例えば、重いはずの防音扉を蹴破らんばかりの勢いでぶち破って闖入者が現れるなどは。


「がんちゃん! がんばれぇっ!」


 しかし今、目の前ではひいが派手な衣装で叫んでいる。


「ちょっと⁉︎ ひぃちゃん⁉︎
出るのまだでしょっ」


 制そうとするほづみをおまけのように引きずる格好で。


 起こるはずのないことが起こるのは、前提条件が異なるから。

 今のこの場は、感情と情動が支配している。
 手順や規律や論理よりも、感情の赴きによってもたらされる行動が優先される。
 感情動物の権化みたいなひいなら、抑えなんて効くわけがない。

 場をそのように変えたのは、がんちゃんの感情のままをぶつけるようなスピーチだ。



 安達さんは?
 少し驚いた様子だが、不快感は現れてはいない。

 ひいとほづみはまだばたばたしてる。


 あはは。コントみたい。

 笑わせないでよ。やっぱり顔、上げられないじゃない。


 そう、わたしが顔を上げられないのは、プレゼンの場で笑うのは不適切だから。

 抑えるために少し口元を手で覆い、ついでに目元を少し拭った。



 よし、調った。もう大丈夫だ。



「お姉ちゃんとわたしの演奏を。
それを、お父さんとお母さんにも見て、もらいたいんです!」


 がんちゃんのスピーチは続く。

 いいよ、がんちゃん。
 もう、好きなだけ、好きなことを言っちゃおう!

 私ももう持ち直している。
 話すのはがんちゃんだけど、すぐ側には私がいる。もうこの後、何が起ころうとも、仮にどれほどの想定外の出来事が発生しようとも、そのすべてに対応してみせる。

 ついでって言っちゃうと申し訳ないけど、ひいとほづみもいる。
 がんちゃんはいつだって、ひとりではないのだから。


「恩あるみんな、大事なみんな、観てもらいたいみんな、に観せるパフォーマンスは、きっと多くのひとにも届くと思っています!」


 がんちゃんの声も、もう揺れてはいない。
 揺るぎのない気持ちに後押しされた、靭い声が防音性能の高い部屋の中、よく通っていた。


「これから、わたしたちでそんなサンバを実演させていただきます。
少人数編成ですが、その楽しさの一端でも伝わったら幸いです。
ぜひ楽しんでくださいっ!」


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