スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

文字の大きさ
上 下
110 / 215

掌握のできない、感情(LINK:primeira desejo 98)

しおりを挟む
 がんちゃんのスピーチは続く。
 私の裡で生じた渾沌などお構いもせずに。

「たくさんの方のおかげで、わたしは今この場にいて、この機会をいただけています。
少しずつでも、関わりの繋がりを繋げていくことで、ひとりじゃできないことや思いもよらないことができることがわかりました。
誰かと関わるだけで得られるものがあるなら。誰かと関わるだけで与えられるものがあるはずです」


 すーっと息を吸い、同じ長さで吐くがんちゃん。
 話す言葉は少し速くなりがちだけど、抑えは効いている。
 覚悟が決まっている様子が表情に現れているがんちゃんは、思っているよりも冷静なのかもしれない。


「誰かの人生を変えよう! なんて、大きなことを思わなくても。
ほんの少し関わるだけで良いのなら、わたしでもできそうだと思いました。
わたしに関わってくれた、あるいは関わることになった、知らず知らずのうちに関わっていた、多くのひとたちのように」


 いつの間にか辿々しさも影を潜めていた。
 それは、用意した言葉ではなく、想いをありのまま言葉にしているからだろうか。


「誰かの人生のほんのひとときに、ほんの少しだけ関わらせてもらって。
その時間が、そのひとの人生にとって、少しだけ良い影響を与えられたら。
わたしがしてもらったことを、返せるんじゃないかって思ったんです」


 ああ、なんだかわかってきた。


「わたしに居場所をくれたサンバ。心を掴んだ音。目を奪ったダンス。
演者のひとりとして、阿波ゼルコーバファン感謝祭に来場された多くのファンの方や、もしかなうなら選手やスタッフの方にも、サンバを通して楽しさを感じてもらえたらと思っています」


 私の裡で発生し、質量を感じるほど確かに存在しているものの、正体。



「その気持ちは、きっと阿波ゼルコーバやその選手への気持ちに良い影響を与えるはずです。
 売り上げとか、ファンの数の増加とか、そういうのにも繋がるはずです。
 地元にも経済効果とかあるはずです。そうなったら、姫田グループにとっても良いことだと思います」


 少し上擦るがんちゃんの言葉。
 用意されていない言葉は、具体的な根拠は伴っておらず、表現も稚拙だ。



 だけど。私は.....。



 着替えに向かったふたりとは、通話状態のスマートフォンで状況が伝わるようになっている。
 スピーチの終盤には部屋に突入できるよう準備を進めてもらう手筈だ。もういつでも入って来れるはず。
 私の方も、楽器の準備なんてとっくに終わっている。
 スルドを二台置き、その次の演目のための弦楽器の用意と譜面台、譜面を設置する。
 歌とメロディは持参したマイクにスピーカーを繋いで直接拾わせる。これも電源に接続する程度だからそれほど時間は必要としない。

 私ががんこに作業を終えた様子を見せることで、ダンサー二人の着替えも、楽器のスタンバイも完了している合図としていた。



「安達さんには関係のないことをたくさん言いました。すみません」


 がんこも手を止めている私に気づいたようだ。
 スピーチを終わらせる段階に入っている。


「お伝えしたかったことは、今回の件に関して、わたしにはいろいろなひととの関わりへの感謝を、今回の件を通してできるだけ多くのひとたちへ返していきたいということです」


 だけど私は、顔を上げることができないでいる。
 私の裡より生まれたもののせいで。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら
現代文学
 マランドロはジェントルマンである!  サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。  サンバには男性のダンサーもいる。  男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。  サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。  マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。  少年が抱えているもの。  放課後子供教室を運営する女性の過去。  暗躍する裏社会の住人。  マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。  その時、彼らは何を得て何を失うのか。 ※表紙はaiで作成しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

サンバ大辞典

桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。 サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。 誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。 本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

処理中です...