スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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ほんとうの気持ち(LINK:primeira desejo 97)

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 台本にはない。
 がんちゃんが話している内容は、あらかじめ決めてあった内容ではない。

 がんちゃんの想いをぶつける。というのは元々あったシナリオだ。
 そこに偽りはあってはならない。だから、ガチガチに台本を決めるということは、そもそもしてはいない。
 大まかな方向性を決めて、あとはがんちゃんの自由に話してもらうつもりだった。


 決めていたのは、がんちゃんがどれだけサンバへ情熱を傾けていたのか、だ。
 怪我による挫折、絶たれた望みについては、語っても良いだろう。
 だからこその、このイベントにかける想いは本物と言えるのだから。

 でも、がんちゃんがその人生の中で抱えてきた鬱屈について語るというのは、考えていなかった。
 サンバによってそこから脱却するというストーリーは悪くないが、この場でそれを語り切るには少し重く、時間も足らない。

 語るがんちゃんの言葉を安達さんは、一見真剣に聴いてくれているように見える。
 本筋とは関係のない話である。提案を受ける側からしたら、必要な情報がもたらされる内容にはなっていない。しかし、ひとの心を打つのであれば、それはそれでアリだ。
 がんちゃんのスピーチにそういう要素はある。
 安達さんがその辺りを汲んでくれていれば。反応を窺う限り、好意的に受けてくれていると思える。


 がんちゃんはどうか。
 辿々しくも、一生懸命に語るがんちゃん。
 その姿は、応援したくなる懸命な学生像そのもの。狙い通りではある。
 が、この語りの着地は? 見込みは立っているの?

 一生懸命ながんちゃんはかわいいけど、不安だ。


 不安?
 私の今の感情はなんだろう。なかなか名前をつけにくい。

 計画通りではない動き。私が把握していない動き。勝手な動き。に対する怒りは......ない。どちらかと言えば戸惑い、だろうか。
 掌握できていない動きによる予測しにくくなった結果に対する不安は、少しはある、か?
 だけど、内容を分類すれば悪くはないという評価は与えられるし、安達さんの反応も問題はない。仮にこの後ぐずぐずになってしまったとしても、致命的なことにはならない。

 いや、理屈はどうでも良い。
 計画や戦略もどうでも良い。
 私の思考や感情の正体も今はどうでも良い。

 慮外の動きを見せているがんちゃんに、私は驚いてしまっていた。
 作業の手を止めてしまうほどに。
 その事実をまずは受け止める。


 がんちゃんと目があった。
 私の混乱は見透かされてしまったかもしれない。


 自分で言うのも烏滸がましいが、思わず、身体が思ってもいない反応をしてしまうなんて、私にしては珍しいことだ。
 我が事くらいコントロールしなくては。


 がんちゃんが、意思を宿した目で頷く。

 情けない。
 今この場に限って言えば、がんちゃんの方がしっかりしているではないか。

 持ち直さなくては。

 この語りの着地は、見えなくもないが不安定だ。
 それでも、今はがんちゃんを信じるしかない。
 私は私のすべきことを遂行しなくては。

 作業に戻った私の中を、がんちゃんの拙くも切羽詰まった想いを載せた真摯な言葉が通り過ぎてゆく。


 何故だろう。
 何やら込み上げてくるものがあった。



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