スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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がんこの気持ち(LINK:primeira desejo95、96)

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「この後、サンバの魅力、サンバはどのようなものなのか、それを具体的に体感していただくパフォーマンスを行います」

「楽しみにしてたんですよ」

 がんこの言葉に、安達さんは笑顔で返した。
 場は温まっていると見て良いだろう。

「ダンサーを務める穂積と柊が着替えのために一旦外させていただきます」

 ほづみとひいは一礼し、荷物を持って一旦部屋から出た。別の応接室を控え室として使わせてもらえることになっている。その部屋へと移動したのだ。

「わたしと祷はこのまま演奏させていただきます。
ダンサーの着替えの待ち時間を使って楽器のセッティングもさせていただきます」

 私も立ち、一礼をしてセッティング作業へと入る。

「ダンサーふたりの着替えと楽器のセッティングが終わるまで、少し個人的なお話にお付き合いください」

 プレゼンターの好感度を高めるため、学生の身分は有効に使わせてもらうつもりだった。
 今日のプレゼンの流れは事前に伝えてあったが、プレゼン本流から外れるこの辺りのくだりについては伝えてはいない。

「まず、改めて今日この場を設けてくださった姫田グループと、担当の安達さんに感謝いたします。
本当にありがとうございました」


 好感度を上げるための序。
 まずは礼儀正しく。


「今回ご提案させていただいた企画は、姫田グループと、姫田グループがスポンサーになっている阿波ゼルコーバにとってのメリットになるものですが、それをわたしたちが提案することになったそもそもの理由は、わたしのためなのです」


 次に、背景。
 あくまでも、個人的な物語。


「わたしがサンバの楽器奏者としてのイベントデビューを怪我のためにふいにしてしまったとき、落ち込むわたしを力付けようと姉の祷が計画し、段取りを整えてくれたのです」


 個人的であるが故に、共感や同情や応援や......。
 感情に訴えかけるエピソード。


「わたしは子供の頃から優秀な姉と比較されるのが嫌でした。姉に苦手意識を持っていました。
わたしは自分の名前が嫌いでした。名付けた母の考えや価値観は理解ができず、分かり合えないと思っていました。
母がこだわる姫田の姓も嫌でした。
仕事でほとんど家にいない父には何も期待できないと思っていました」


 または、想い。
 それは。


「いろいろなものを諦めたわたしは、わたしが諦めてきたものをなるべく遠ざけ、小さな枠の中でささやかに生きていければ良いと思っていました。
わたしは、積極的に誰かと関わろうとはしてきませんでした」


 プレゼンの場で語るにしては。
 整えられてはいなくて。


「そんな中、出会えたのがサンバです。
初めて夢中になれるものに出会え、初めて居たいと思える場所を見つけました。
でも、そのサンバがわたしの手の中から零れ落ちそうになったとき、それを繋ぎ止めてくれたのは、わたしに関わってくれた、多くの人たちの手によるものでした。
その中には、わたしが関わろうとしてこなかったもの、関わることを諦めてしまったものも含まれていました」

 弱さや拙さや醜さや。
 何もかもを露わにした、言葉たち。


「わたしがイベントに出られないと決まった日。姉はおそらくその日のうちにこの計画の絵を描き始めていました。
今年入学して同じクラスになって、最初に仲良くなった友人が、わたしとサンバを出会わせてくれ、そして今も姉妹でこの計画を助けてくれています」


 台本にはしたためられていない、がんこの生の言葉。
 生の感情。
 心の言葉。


「今回ご提案のサンバパフォーマンスを実施するサンバチーム、『ソール・エ・エストレーラ』の代表を含め全メンバーは、新参であり学生の身分でもあるわたしたちの計画を、全面的に後押ししてくれて、今日もチームの代表としてこの場に臨むことを許してくれました」


 台本として、私が把握していない、


「仕事ばかりで家族に対してあまり意識を向けていないように見えた父。その父の仕事が積んできた信用と人脈で、今日安達さんのお時間をいただくことができました」


 がんちゃんだけの言葉。


「その根にあるもの。そもそものという言い方をすれば、母がこだわる『姫田』だったからこそ繋がった縁によって、今日のこの場が実現しました」


 がんちゃんの、本当の、気持ち。

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