スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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三献の義(LINK:primeira desejo 91)

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 がんちゃんがエレベーターの前に行こうとしていた。こちらのホールは低層階用だ。目的の階は十五階。隣のホールのエレベーターに乗らなくてはならない。
「こっちだよ」とがんちゃんを促し、呼び出しボタンを押す。
 エレベーターは近くにいたようで、すぐに高いベルのような音が鳴り扉が開いた。
 

 エレベーターを降り、エントランスに向かう。
 向かって正面の壁面には企業のロゴが掲げられていて、受付用の電話機が置かれた端末があった。エントランスを半ば囲うように左右にも壁面があり、それぞれに扉がある。
 エントランスには、配布資料が刺さったラックが設置され、展示物やモニターが壁面に掲げられた空間にはソファーがいくつか置かれていた。

 ソファに手荷物を置く。ほづみやひいも倣って置いていた。
 私たち以外に待っている人はいなかった。
 時間を見る。十七時五十分。この時間に訪れる来客はあまりいないのだろう。

  十分前か。
「もう大丈夫かな」

 受付用の電話機の受話器を外し、電話機に付属しているタッチパネルから部署の内線が記された画面を表示させ、該当の連絡先を呼び出す。
 ワンコールもせずに繋がった。この時間でも体制は整っているようだ。
 
「十八時に安達様とお約束させていただいております、姫田と申します」
 
 電話に出られた方は、丁寧で柔らかい応対で、担当が行くのでソファで座って待つよう言ってくれた。
 
「すぐ来るって。待ってよ」

 応対した方が言われた通り、担当の安達さんはすぐに来ることだろう。
 そうすればプレゼンへと流れるように進むはずだ。
 残された数分が、私たちにとって出陣前に与えられた時間となる。わずかな時間でできること、この土壇場でできることは、出陣に向け、覚悟を固めることくらいではあるが、それが大事だったりする。
 
 しかしがんちゃんは、いよいよ現実感が増してきたのか、その表情は少し強張っていた。
 隣のひいはなんでもないような顔をしているのに。
 ほづみも柔らかな雰囲気の中に、靭い芯を感じることが多く、一緒に何かをしていくうえで非常に心強かったが、ひいからはなにものにも動じない剛さを感じる。これはこれでとんでもない大物になりそうな予感を持たせてくれる。ある意味頼もしい。

 がんちゃんの強張りはまだ溶けないようだ。
 背中にそっと手を添える。
 がんちゃんの頬に赤みが刺したように見えた。緊張は解けたかな?

 そんな私たちの様子をほづみが微笑ましく見ていた。

 ロビーではきょろきょろしていたひいも、今は集中している様子。
 ひいの集中力は深い。普段は緩み切った顔をしているのに、イベント直前になると急にスイッチが入ったようになる。そして本番では、人が変わったかの如き表情で、溢れんばかりの輝きを放つ。
 今もまた、イベント直前の時のような雰囲気があった。この子は殊更本番に強そうだ。

 この場にいる全員が、一騎当千の戦士のようだ。
 準備は万端と言えるだろう。

 
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