スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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決意のがんちゃん(LINK:primeira desejo86-87)

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 今日のエンサイオはまあまあの山場となる。がんちゃんにとって。
 越えるべき山はふたつ。

 両方とも、傍から見れば、難易度が高いと言うほどではない。
 しかし当人にとってはそれなりに大事だ。

 私は私で、直近で自己の管理不足を露呈させる恥ずかしい失態を晒してしまったが、がんちゃんにもまた、リカバーすべき過去があった。


 今日は私とがんこはそれぞれ出先から向かうので、入り時間は揃っていない。
 私が練習場に着いた時には、まだがんちゃんは来ていなかった。
 学校の終わる時間と移動時間を考えれば、もう来ていてもおかしくないのだが。


 チカと並び、スルドの練習を開始する。
 やや上の空になりそうな気持ちを律し、集中するが......。

 まさか敵前逃亡はしないだろうけど......と僅かに湧き上がった疑念を頭から振り払っていたら、がんちゃんが練習場に入ってきた。
 その面持ちは、心無しか悲壮な決意のようなものを感じさせた。


 チカに合わせてスルドを打ちながらも、がんちゃんの様子を目で追ってしまう。
 キョウさんとなにやら話をしている。がんこのその表情は尚硬い。

 
 なあなあにすることだってできた。
 いつも通り挨拶をして、練習を開始すれば、きっとキョウさんは何事も無かったかのように練習を進めただろう。
 でも、がんちゃんはそうはしなかった。

 
 がんちゃんが願ってやまなかったイベント出演の、断念が決まった日。
 おそらくがんちゃんはフォローしようとしてくれたキョウさんに、八つ当たりのような言葉をぶつけた。詳しくは訊かなかったが、その日の帰り道、車の中の暗さや対向車のライトによる陰影の影響も大いにあったと思うが、がんちゃんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。レアながんちゃんを見られた歓び以上に、その悲痛な様子に私も心を傷めたものだ。

 
 まあこういう場合、深刻なのは意外と本人だけだったりする。

 なんと言ってもキョウさんは大人だし、がんちゃんをそんな風にさせてしまった自身を悔いることはあっても、がんちゃんに対してわだかまる想いを抱えてはいなかっただろう。
 だから、がんちゃんが何事も無く接してくれれば、それだけでもほっとしたかもしれない。
 
 そんなキョウさんだから、がんちゃんの決死の覚悟を受け止める度量も持っているようだ。なんていうと、告白を受けるみたいになってしまうが。
 ひとことふたこと伝え終えたがんちゃんは、キョウさんを伴って練習場を出て行った。

 
 本人以外にとっては深刻ではない事でも、本人にとっては悲壮な決意を伴う大事だったはずだ。
 勇気を振り絞ったがんちゃん。
 行動を起こした時点で良い結果にしかならないのは目に見えているし、結論なんてひとつしかないが、それも当事者ではないからいえること。渦中にあるがんちゃんは今まさに心を奮い立たせてその場に立っているのだ。

 
 がんばって、がんちゃん。

 
 スルドの音は、練習場の扉を閉めていても外まで届くはず。
 ふたりはおそらく練習場のすぐ近くにあるソファベンチで話しているだろう。

 がんちゃんを応援する思いを込めて打ったスルドの音が、あの子に届くと良いのだけど。
 



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