スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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 がんちゃんが濡れた瞳で私を見ていた。
 驚かせちゃったかな。

「あれ、ごめん、あはは、なんで泣いてるんだろうね? おかしいね、私。
でも、ありがとう。一緒にって言ってもらって嬉しいよ」

 こんなにきちんと涙を流したのは久しぶりだ。
 制御もできず、思わずって状況に限定するなら幼児の頃まで遡らなくてはならないだろうか。
 自分でも意図していない状態に、思わず涙を手で拭ってしまった。子どもみたいだ。こすると目が腫れてしまって良くないのにな。

「今まで、避けるようにしてて本当にごめんなさい」

 がんちゃんがもう一度、きちんと頭を下げた。
 そんな追い討ちみたいなこと言わないで。
 せっかく拭ったのに。

 これ以上は無理だ。
 涙は溢れてしまっていても、それは思わず流れてしまっているだけで、態度や会話は平静さを保てているが、これ以上は耐えられそうにない。

 がんちゃんの謝罪を、真摯に受け容れた意思表示も兼ねて、話を先に進めよう。

「次の練習の日に入会届出すね。がんちゃんの楽器は私が持っていくよ」

 あの大きさの楽器を持ち運ぶのは大変だろう。がんこの楽器は車で持って行ってあげよう。
 練習の予定表を見せてもらったが、ほぼ全部出られる見込みだ。どうしても出られない時や著しく遅れる時などは申し訳ないがチーム所有の楽器を借りて練習してもらおう。

 この期に及んでベネフィットの提供で受け容れられやすくしようなんて考えが頭をよぎった私こそ、がんちゃんの素直さを見習って生き方を改めた方が良いかもしれない。

 行きはお互い学校から直接向かい、帰りは一緒に帰ることにした。


「練習はね、エンサイオっていうんだよ」

 がんこがふにゃりとした緩んだ笑顔で言った。
 正確には、打楽器奏者の『バテリア』とダンサーが合同で行う練習のことをエンサイオというそうだ。
『ソルエス』では、チームで設定した練習日のことを単にエンサイオと呼んでいた。


「そうなんだ。サンバのことはがんちゃんが先輩だね。いろいろ教えてね」

 がんちゃんのこんな無邪気な笑顔も、がんちゃんと私が、それぞれ裸の心で向き合ったから見ることができた。

 がんこを変えたのは、サンバだ。
 私は変わったのだろうか? 今日の今日で、変えられたのだとしたら、私を変えたのもまた、サンバだ。

 サンバのリズム。
 サンバの音。
 サンバの音とリズムで踊るダンス。
 サンバに込められた国も時代も異なる人々の想い。
 サンバに魅せられて集まった『ソルエス』のメンバーたち。

 ひとは変化して成長していくのなら、がんこと私はその入り口に立ったばかりだ。
 その道行きを、姉妹横並びで進めるとは思ってもいなかった。

 未来への期待に、私はがんこに微笑んだ。がんこも笑っている。

 私も、がんこも、もう涙は止まっていた。




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