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本章

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 話し始めてもうすぐ一時間経ちそうだ。
 意味のないやりとりなのにあっという間だ。今日は荷造りは諦めた方がいいかもしれないな。
 こういうことがあるから、やっぱり先行して進めておくのは正解だったんだよ。柊は大丈夫なんだろうか。

 話題はいつの間にかパンダの話になっていた。ゴルフと同様、特別に興味関心があるというわけではないにも関わらず、なんでパンダの白黒だけ異様に可愛いのか、白でも黒でも一色になったらダメなのかを大いに論じあった。
 が、流石に少し疲れて来たのか、会話が途切れ、少し間ができた。

「わたし、高校入って最初の友達がんちゃんで良かった」

 え?

「がんちゃんはすごいね」


 急にそういうことを言う。


「どうしたの?」

「んーん、なんかね、そう思ったの。思い返したら、がんちゃんは最初からカッコよかったっけ」

 なに、急に! と、照れて返すが柊のテンションや話し方は変わらない。

「頭も良くて、伝えたいこととか言うべきことを、ちゃんと言葉にして伝えてて、でも、言いたい放題とかそういうんじゃなくて、ちゃんと相手に届いて、相手も受け取ってくれるっていうか」

 わたしはそういうのできないから、感情に任せて言いたいことを言ってしまうから、ケンカになっちゃうこともある。言いたいことは言えたかもしれないけど、望んだ結果にはならなくて口惜しい思いをしたり、相手を傷つけてしまって後悔したりしちゃうのだと、特に悲壮な様子は感じさせない声で語っている。

「この前のプレゼンも格好良かった。少し泣きそうになったけど、我慢して踊ったんだから」

 がんちゃんの友だちでいられてとても誇らしい、と、さすがに恥ずかしかったのか、少し小さな声で言う柊。



 何を言っているの。

 本当、何を言っているのだろう。柊は。


 いつもきらきらと輝いていて。

 いつだってまっすぐで一生懸命で。

 素直で無邪気で、みんなに愛されて。

 わたしみたいな燻りや屈折とは無縁の。


 そんな柊に、わたしは最初から憧れていた。ずっと憧れていた。


 柊のようになりたいと、思った。


 弾けるような笑顔で、弾けるように踊っていた柊。

 それをわたしは、ロープで仕切られた向こう側で見ていたんだ。

 手が触れられそうな距離で踊っていた柊は、頼りないロープ一本隔てて、とても遠い存在のように思えた。

 何も無いわたし。
 何も求めていないわたし。
 ただ、あるがまま流れるがままに生きながら、今を凌ぎ、いつか、どこかにいければ。
 家族がいる家から出られればと、家族と離れられたらと、それだけを願っていたわたし。


 そんな鬱屈とは無縁の笑顔で踊る同級生は、きっと遠い存在だった。と思っていた。


 けれどその日、先ほどまで観客の歓声を一心に浴びていたアイドルの如き輝きを放っていた柊が、わたしの手を取ってくれた。
 普段の教室でするのと同じように。

 強い力で引っ張られたわたしは、そこでサンバという引力にさらに引き込まれることになるのだ。


 何よりも得難いものを、たくさんもらったのは、わたしの方だ。





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