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本章

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「驚いた。予算にまで踏み込んだ提案になってるんだね。うん、適正だと思う。内容も良いね」

 これを基に提案書を作るよと祷は笑顔で言った。

「担当の方もひとりの人間だから。見方次第で感じる価値は変わる。がんちゃんのアイデアが、姫田と阿波それぞれの担当にとって、値千金のものに見えるように仕上げるよ!」


 祷の表情に不安を感じさせるものは現れていなかった。自信があるのだろうか。
 やっぱり祷はすごいな。心強い。


 あとは任せちゃって良いのかな?
 あしたのエンサイオではプレゼン用のソロの叩き方をがんばろう。
 イベントが獲れたら、遠征でしかもかなり特殊な内容だ。ダンサーもバテリアも、普段とは異なる構成や準備が必要になる。
 ハルさんやメンバーのみんなにも承認を得ないと。



 それと。
 キョウさんにきちんと謝らないと。

 出たいと思っていたイベントに出られなくなったことが決まった直後のエンサイオで、わたしに寄り添ってくれたキョウさんに、わたしは八つ当たりのような言葉をぶつけてしまった。

 キョウさんが喪くした娘さんのことを持ち出して。
 許しを乞うのではなく、その心を傷つけたことを、ただ謝ろう。



 今、わたしは抱えていたものがだいぶ手離れしている。

 怪我の影響はもう無いと言って良いだろう。
 失った機会に対して得ていた諦めの感情は、新たな機会を得る行動に取り組むことで消えていた。
 その機会に挑むに当たってのタスクは、一旦祷が預かる状態になっている。

 余計なことは考えず、自分が言ってしまったこと、やってしまったことを真摯に受け止めて、キョウさんと話そうと思った。




「今日部活は?」

「無いよー。一緒に行こう」

 学校が終わり、柊と一緒にエンサイオに向かう。

「がんちゃん、討ち入り前みたいになってるよ?」

「えっ?」


 柊が言うには、すごく深刻な表情だったようだ。

 緊張、とは少し違うか。
 省みればみるほど、わたしがキョウさんに言った言葉は最低だ。

 取り繕うとか許されることを目的とせず、言いたいこと、言うべきことを言うとして、具体的になにを言えば良いのか。
 わたしの心の中を、その奥底をわたし自身がまだ理解しきれていないのだ。
 自分のことなのに、それを探るのはとても難しい。自分の中の余計な思いや考えが邪魔をしてきたりする。
 誰かに聞いて教えてもらうものでも無い。自分だけで自分を探り、時に邪魔をする自分と対峙する。

 それは討ち入りするくらいの顔にもなるだろう。覚悟を決め、意を決した顔だ。
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