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本章
54
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今しかできないこと。
言葉の意味だけで捉えれば、今というタイミングを限定されているようなものは無い。
でも、確定していない今以降の未来に、何の保証もないのだとしたら、今できること、すべきことを後回しにして、いざそのときにできなくなってしまうことはあり得る。
わたしはさっき、練習場で、祷の登場に動揺し、祷の言葉に混乱し、感情が昂るがままに任せて、大切にしようとしたスルドを放って飛び出してきた。
途方に暮れて歩いていたとき、わたしは投げやりになっていた。やっと見つけたと思っていた場所、夢中になれると思いはじめていたものを、自ら放り出そうとしていた。
もうどうでも良いと。どうせ祷に取られちゃうと。
今、すべきことはなんだろうか。
感情のまま全てを投げ出すことではないだろう。
思えば、わたしの家族に対しての在り方は、放棄や投げ出す種類のものだ。向かい合い受け止め合うものではない。
キョウさんは、相手がいるうちに、機会があるうちに、できたことをしなかったことについての後悔を語ってくれた。
キョウさんはもうできないそれが、わたしにはまだできるのだ。
それはわかる。わかるけど。
やっぱりイヤだ。
十年以上に亘って刻まれた、姉には敵わないという思いは理屈で消せるものではない。
学校から逃れ、家から逃れ、やっと辿り着いた趣味の場で、またその思いを抱え続けなければならないの?
逃げるのがダメなのだ。わかる。
向かい合う機会があるうちにすべきなのだ。わかる。
だけど、できない。どうしたら良いのかわからない。
祷は優しくて妹想いで良い姉だ。
だから、わたしだけに問題があるのだ。
だから、わたしがどうにかならなくてはいけないのだ。
でも、何をどうすれば良いのかがわからない。
後悔を抱えたキョウさんは、それでも今できることをしようと思ったと言う。
かつて放り出したバンドのメンバーに頭を下げて周ったらしい。
既にそれぞれ別の道で生きている、もう連絡も取り合わなくなっていたメンバーを探し出したキョウさんは赦しを求めず、ただ、詫びた。
紆余曲折はあっただろう。簡単なことではなかっただろう。赦す側にとっても、赦される側にとっても。
それでも、結果的にはバンドのメンバーはキョウさんを赦した。今ではバンドを再結成してたまにライブもしているそうだ。
もちろん、お互い忙しい日々の合間を縫って、スタジオで練習する日も設けている。
どうすれば良いかわからないなどと言っているうちは、まだ真摯さが足りないのかもしれない。
できることを、とにかくすることが大事なのかも。
なら、祷と話す?
きっとわたしの思いを理解して、配慮してくれる。
わたしの近くに居ないようにしてくれるかもしれない。
でも、これだと全然向かい合ったことになってない。
わたしが少しだけ無理して、同じ趣味を楽しむ?
なんで、無理しなきゃならないのって思いは、多分残る。わたしが子どもすぎるのだ。意固地になっているのだ。全部わたしが悪い。
わたしさえ、もっと祷みたいに性格が良くて大人だったなら......。
少し引いた涙が満ちたように溢れてくる。
情けなくて悔しくて止まらない。
どうしてわたしってこうなのだ。
感情ひとつコントロールもできやしない。
祷なら絶対こんなことにはならない。
「うううぅぅぅ......」
イヤだっ......泣きたくないのに、声なんて出したくないのに、我慢しようとすればするほどあふれてこぼれる。
「すっかり夜になっちまったナ」
キョウさんが立ち上がり、ひとふたり分の距離を詰めた。
立ったまま、遠くの海を眺めたまま、俯き泣いているわたしの頭に手を置く。
大きくて、暖かい手だ。
「とりあえずヨ、まずは我慢なんてしねーことだ」
どうせ周りには誰もいない。
辺りは暗くなってきた。
波の音は大きくなってきた。
思いっきり泣くにゃ良い環境だろ? と、頭をくしゃくしゃとしてくれたキョウさんに言われるがまま、わたしは思いっきり泣いた。
最近泣くことが増えた気がする。
子どもの頃以来、ほとんど泣いたことなんてなかったのに。
『ソルエス』に入ってからだと思う。
前にハルさんが言っていた。
さっきのキョウさんの話でもあった。
サンバは、感情の発露だと。
顔や言葉では感情を出している認識はなかったが、スルドを叩くたびに、きっとわたしの感情は刺激されていたのだ。
それが、わたしを今感情的にしている。
わたしにとって、サンバは、スルドは、もうわたしの感情と結びついていて、簡単には剥がせない、離したくないものになっていた。
言葉の意味だけで捉えれば、今というタイミングを限定されているようなものは無い。
でも、確定していない今以降の未来に、何の保証もないのだとしたら、今できること、すべきことを後回しにして、いざそのときにできなくなってしまうことはあり得る。
わたしはさっき、練習場で、祷の登場に動揺し、祷の言葉に混乱し、感情が昂るがままに任せて、大切にしようとしたスルドを放って飛び出してきた。
途方に暮れて歩いていたとき、わたしは投げやりになっていた。やっと見つけたと思っていた場所、夢中になれると思いはじめていたものを、自ら放り出そうとしていた。
もうどうでも良いと。どうせ祷に取られちゃうと。
今、すべきことはなんだろうか。
感情のまま全てを投げ出すことではないだろう。
思えば、わたしの家族に対しての在り方は、放棄や投げ出す種類のものだ。向かい合い受け止め合うものではない。
キョウさんは、相手がいるうちに、機会があるうちに、できたことをしなかったことについての後悔を語ってくれた。
キョウさんはもうできないそれが、わたしにはまだできるのだ。
それはわかる。わかるけど。
やっぱりイヤだ。
十年以上に亘って刻まれた、姉には敵わないという思いは理屈で消せるものではない。
学校から逃れ、家から逃れ、やっと辿り着いた趣味の場で、またその思いを抱え続けなければならないの?
逃げるのがダメなのだ。わかる。
向かい合う機会があるうちにすべきなのだ。わかる。
だけど、できない。どうしたら良いのかわからない。
祷は優しくて妹想いで良い姉だ。
だから、わたしだけに問題があるのだ。
だから、わたしがどうにかならなくてはいけないのだ。
でも、何をどうすれば良いのかがわからない。
後悔を抱えたキョウさんは、それでも今できることをしようと思ったと言う。
かつて放り出したバンドのメンバーに頭を下げて周ったらしい。
既にそれぞれ別の道で生きている、もう連絡も取り合わなくなっていたメンバーを探し出したキョウさんは赦しを求めず、ただ、詫びた。
紆余曲折はあっただろう。簡単なことではなかっただろう。赦す側にとっても、赦される側にとっても。
それでも、結果的にはバンドのメンバーはキョウさんを赦した。今ではバンドを再結成してたまにライブもしているそうだ。
もちろん、お互い忙しい日々の合間を縫って、スタジオで練習する日も設けている。
どうすれば良いかわからないなどと言っているうちは、まだ真摯さが足りないのかもしれない。
できることを、とにかくすることが大事なのかも。
なら、祷と話す?
きっとわたしの思いを理解して、配慮してくれる。
わたしの近くに居ないようにしてくれるかもしれない。
でも、これだと全然向かい合ったことになってない。
わたしが少しだけ無理して、同じ趣味を楽しむ?
なんで、無理しなきゃならないのって思いは、多分残る。わたしが子どもすぎるのだ。意固地になっているのだ。全部わたしが悪い。
わたしさえ、もっと祷みたいに性格が良くて大人だったなら......。
少し引いた涙が満ちたように溢れてくる。
情けなくて悔しくて止まらない。
どうしてわたしってこうなのだ。
感情ひとつコントロールもできやしない。
祷なら絶対こんなことにはならない。
「うううぅぅぅ......」
イヤだっ......泣きたくないのに、声なんて出したくないのに、我慢しようとすればするほどあふれてこぼれる。
「すっかり夜になっちまったナ」
キョウさんが立ち上がり、ひとふたり分の距離を詰めた。
立ったまま、遠くの海を眺めたまま、俯き泣いているわたしの頭に手を置く。
大きくて、暖かい手だ。
「とりあえずヨ、まずは我慢なんてしねーことだ」
どうせ周りには誰もいない。
辺りは暗くなってきた。
波の音は大きくなってきた。
思いっきり泣くにゃ良い環境だろ? と、頭をくしゃくしゃとしてくれたキョウさんに言われるがまま、わたしは思いっきり泣いた。
最近泣くことが増えた気がする。
子どもの頃以来、ほとんど泣いたことなんてなかったのに。
『ソルエス』に入ってからだと思う。
前にハルさんが言っていた。
さっきのキョウさんの話でもあった。
サンバは、感情の発露だと。
顔や言葉では感情を出している認識はなかったが、スルドを叩くたびに、きっとわたしの感情は刺激されていたのだ。
それが、わたしを今感情的にしている。
わたしにとって、サンバは、スルドは、もうわたしの感情と結びついていて、簡単には剥がせない、離したくないものになっていた。
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