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本章

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 勢いで飛び出してしまった。

 みんな楽しそうに話をしていたのに、わたしが子どもの癇癪みたいにしてその雰囲気をぶち壊してししまった。みんな驚いただろうな。引いてるかも。

 どうしよう。もう戻れない。
 幸い着替える前だったし、リュックも背負ったままだったから荷物は持っている。このまま帰ることはできる。
 
 スルドは置いてきてしまった。

 
 
 もう良いや……。
 もう、どうでも良い。

 どうせ祷にとられちゃうんだ。

 
 取られちゃうって何が?

 
 自分の思考が理に沿っていないことはわかる。
 考えてることがめちゃくちゃだ。
 取るも取られるもない。でも、そういう考えに塗り潰されてしまって、まともに物事を考えられない。
 
 

 夢遊病のように歩いていたわたしを、現実に戻したのは、唸るような機械音だった。

 地鳴りのように近づいてきた音が、わたしのそばまで来て小さくなり、今は鼓動のような短い音を連続させている。
 
「こんなとこに居たンか」
 
 音の主は大きなバイク。
 バイクに跨ったライダーがヘルメットを外して声を掛けてきた。キョウさんだ。
 
「わたし……ごめんなさい」

 考えがまとまらない。まともな言葉が出てこない。

「オゥ。ちと付き合えヨ」

 え? と顔をあげたわたしに、キョウさんはボウリングのボールのような何かをふわりと投げて寄越した。
 慌ててキャッチする。ヘルメットだ。

 戸惑ってるわたしにキョウさんは、イイからソイツを被って後ろに乗れと言ってきた。

 そもそも茫然としていて、今は事態についていけず混乱しているわたしだから。
 考えることができず、言う通りにした。

「しっかり掴まっとけヨ」

 言うと同時に一際大きな唸りが上がる。馬の嘶きのようだ。
 今までいたその場に引っ張られるような力を感じ、取り残されないようにキョウさんにしがみつく。

 バイクはやがて速度を上げていく。
 わたしはバイクと、キョウさんと、スピードと一体化したような感じで、スタートの時のような後ろに引っ張られる感じはもうなくなっていた。

 バイクなんて生まれて初めて乗った。
 早くてすごく怖い。でも、体感速度が速いだけで実際はそうでもないのだろう。横を自動車が追い抜いていく。

 速度には程なく慣れていく。
 キョウさんは道を変えた。

 バイクは高速道路に入り、さらに速度を増した。
 唸り声は甲高いものになり、体を通り過ぎていく風は質量を伴っている。
 目の前は大きな背中。視界の両端は早送りのように流れていく風景。
 速度が上がるほど、ヘルメット越しの視界がさらに狭まる。

 気持ちいい。

 先ほどと同様、何も考えられない状況には変わりはないが、今はどちらかといえば頭の中が空っぽになってしまって、考えることができない。

 余計なことは、考えられない。
 まとまらないまま頭の中でぐるぐると回っていた余計な言葉たちは、今は高速で過ぎ去っていく風たちと一緒に後方へと吹き飛ばされてしまった。


 このまま、どこか遠くに行ってしまいたいと思った。
 
 
 
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