46 / 155
本章
43
しおりを挟む
勢いで飛び出してしまった。
みんな楽しそうに話をしていたのに、わたしが子どもの癇癪みたいにしてその雰囲気をぶち壊してししまった。みんな驚いただろうな。引いてるかも。
どうしよう。もう戻れない。
幸い着替える前だったし、リュックも背負ったままだったから荷物は持っている。このまま帰ることはできる。
スルドは置いてきてしまった。
もう良いや……。
もう、どうでも良い。
どうせ祷にとられちゃうんだ。
取られちゃうって何が?
自分の思考が理に沿っていないことはわかる。
考えてることがめちゃくちゃだ。
取るも取られるもない。でも、そういう考えに塗り潰されてしまって、まともに物事を考えられない。
夢遊病のように歩いていたわたしを、現実に戻したのは、唸るような機械音だった。
地鳴りのように近づいてきた音が、わたしのそばまで来て小さくなり、今は鼓動のような短い音を連続させている。
「こんなとこに居たンか」
音の主は大きなバイク。
バイクに跨ったライダーがヘルメットを外して声を掛けてきた。キョウさんだ。
「わたし……ごめんなさい」
考えがまとまらない。まともな言葉が出てこない。
「オゥ。ちと付き合えヨ」
え? と顔をあげたわたしに、キョウさんはボウリングのボールのような何かをふわりと投げて寄越した。
慌ててキャッチする。ヘルメットだ。
戸惑ってるわたしにキョウさんは、イイからソイツを被って後ろに乗れと言ってきた。
そもそも茫然としていて、今は事態についていけず混乱しているわたしだから。
考えることができず、言う通りにした。
「しっかり掴まっとけヨ」
言うと同時に一際大きな唸りが上がる。馬の嘶きのようだ。
今までいたその場に引っ張られるような力を感じ、取り残されないようにキョウさんにしがみつく。
バイクはやがて速度を上げていく。
わたしはバイクと、キョウさんと、スピードと一体化したような感じで、スタートの時のような後ろに引っ張られる感じはもうなくなっていた。
バイクなんて生まれて初めて乗った。
早くてすごく怖い。でも、体感速度が速いだけで実際はそうでもないのだろう。横を自動車が追い抜いていく。
速度には程なく慣れていく。
キョウさんは道を変えた。
バイクは高速道路に入り、さらに速度を増した。
唸り声は甲高いものになり、体を通り過ぎていく風は質量を伴っている。
目の前は大きな背中。視界の両端は早送りのように流れていく風景。
速度が上がるほど、ヘルメット越しの視界がさらに狭まる。
気持ちいい。
先ほどと同様、何も考えられない状況には変わりはないが、今はどちらかといえば頭の中が空っぽになってしまって、考えることができない。
余計なことは、考えられない。
まとまらないまま頭の中でぐるぐると回っていた余計な言葉たちは、今は高速で過ぎ去っていく風たちと一緒に後方へと吹き飛ばされてしまった。
このまま、どこか遠くに行ってしまいたいと思った。
みんな楽しそうに話をしていたのに、わたしが子どもの癇癪みたいにしてその雰囲気をぶち壊してししまった。みんな驚いただろうな。引いてるかも。
どうしよう。もう戻れない。
幸い着替える前だったし、リュックも背負ったままだったから荷物は持っている。このまま帰ることはできる。
スルドは置いてきてしまった。
もう良いや……。
もう、どうでも良い。
どうせ祷にとられちゃうんだ。
取られちゃうって何が?
自分の思考が理に沿っていないことはわかる。
考えてることがめちゃくちゃだ。
取るも取られるもない。でも、そういう考えに塗り潰されてしまって、まともに物事を考えられない。
夢遊病のように歩いていたわたしを、現実に戻したのは、唸るような機械音だった。
地鳴りのように近づいてきた音が、わたしのそばまで来て小さくなり、今は鼓動のような短い音を連続させている。
「こんなとこに居たンか」
音の主は大きなバイク。
バイクに跨ったライダーがヘルメットを外して声を掛けてきた。キョウさんだ。
「わたし……ごめんなさい」
考えがまとまらない。まともな言葉が出てこない。
「オゥ。ちと付き合えヨ」
え? と顔をあげたわたしに、キョウさんはボウリングのボールのような何かをふわりと投げて寄越した。
慌ててキャッチする。ヘルメットだ。
戸惑ってるわたしにキョウさんは、イイからソイツを被って後ろに乗れと言ってきた。
そもそも茫然としていて、今は事態についていけず混乱しているわたしだから。
考えることができず、言う通りにした。
「しっかり掴まっとけヨ」
言うと同時に一際大きな唸りが上がる。馬の嘶きのようだ。
今までいたその場に引っ張られるような力を感じ、取り残されないようにキョウさんにしがみつく。
バイクはやがて速度を上げていく。
わたしはバイクと、キョウさんと、スピードと一体化したような感じで、スタートの時のような後ろに引っ張られる感じはもうなくなっていた。
バイクなんて生まれて初めて乗った。
早くてすごく怖い。でも、体感速度が速いだけで実際はそうでもないのだろう。横を自動車が追い抜いていく。
速度には程なく慣れていく。
キョウさんは道を変えた。
バイクは高速道路に入り、さらに速度を増した。
唸り声は甲高いものになり、体を通り過ぎていく風は質量を伴っている。
目の前は大きな背中。視界の両端は早送りのように流れていく風景。
速度が上がるほど、ヘルメット越しの視界がさらに狭まる。
気持ちいい。
先ほどと同様、何も考えられない状況には変わりはないが、今はどちらかといえば頭の中が空っぽになってしまって、考えることができない。
余計なことは、考えられない。
まとまらないまま頭の中でぐるぐると回っていた余計な言葉たちは、今は高速で過ぎ去っていく風たちと一緒に後方へと吹き飛ばされてしまった。
このまま、どこか遠くに行ってしまいたいと思った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンバ大辞典
桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。
サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。
誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。
本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!
ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火
桜のはなびら
現代文学
マランドロはジェントルマンである!
サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。
サンバには男性のダンサーもいる。
男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。
マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。
少年が抱えているもの。
放課後子供教室を運営する女性の過去。
暗躍する裏社会の住人。
マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。
その時、彼らは何を得て何を失うのか。
※表紙はaiで作成しました。
スルドの声(反響) segunda rezar
桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。
長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。
客観的な評価は充分。
しかし彼女自身がまだ満足していなかった。
周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。
理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。
姉として、見過ごすことなどできようもなかった。
※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。
各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。
表紙はaiで作成しています
太陽と星のバンデイラ
桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜
心のままに。
新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。
新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。
商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。
葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。
かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。
慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。
慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。
二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。
※表紙はaiで作成しました。
スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
千紫万紅のパシスタ 累なる色編
桜のはなびら
現代文学
文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。
周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。
しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。
そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。
二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。
いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。
※表紙はaiで作成しています
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる