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序章
みっつの錘 みっつめ
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みっつめ。
「がんちゃん、宿題やってある?」
訊いてきたのは隣の席の柊だ。がんちゃんとは、わたしのこと。
姫田願子。
わたしの名前だ。
たった四文字で、どこから話せば良いのかわからないくらい盛りだくさん。
ボケの手数が多ければ良いと思われている漫才のコンテストのようだ。
母は祷が生まれたときから、次の子が女の子ならこの名前にしようと決めていたそうだ。
そんな名前が待っているとも知らず、ぬけぬけと生まれてきたわたしは、母の一存で予定した名前を与えられた。
母には母にしかわからない理想があり、父にはこだわりが無かったためにすんなりと決まった名前だ。
ちなみに男の子だったら、願太にするつもりだったらしい。
まず、字面。
祈りと願い。言いたいことはわかる。
でも願子はちょっと強過ぎはしないだろうか?
祷との比較というか、バランスとかは考えなかったのだろうか?
次に、初見の印象。
「いのり」と「がんこ」。
「いのり」、かわいらしい響き。
それは楚々とした可憐さをもつ女性に育つことだろう。
「がんこ」、真っ先にイメージするのは頑固。
頑なで固い。言葉通り頑固で融通の利かない面倒な人間に育つんじゃないかな。
わたしのこの性格が名前のせいだけとは言わないけど、ずっと背負ってきた名前だ。影響ないわけがない。
そして、実際の読み方。
なんと、「願子」と書いて、「めがみ」と読むのだ。
キラキラネームではないか。こんなに字面がキラキラしていないキラキラネームなんて存在して良いのだろうか。
最近は漢字通りに読めない名前も増えていて、名簿にフリガナが振ってあることも多いらしいが、漢字だけで記載されていれば、初見で読めない名前は大体読みやすい読み方をされるものだ。
まず、「がんこ」と呼ばれて、実際は「めがみ」ですってやりとりをすることで、「がんこ」で笑われ「めがみ」でも笑われることになる。
こんな精巧な罠のような名前ある?
罠だとしたら巧みすぎるだろう。二段構えで確実に殺すぞといった強い意志さえ感じる。この場合は、笑かし殺すってところか。
人の名前を、ひいては人生を使ってなんて仕掛けを組んでくれたのか。
字面は字面でやってくれた感が凄いが、音は音で全く負けていない。
「ひめためがみ」
どこをどう切り取っても夢見がちな乙女が出てきそうではないか。
母の趣味には合うのだろうが、お陰様ですっかりと捻くれてしまったわたしにとっては地獄でしかない。
尚、男の子だったときの「願太」は「ゲーテ」と読ますつもりだったそうだ。意味はわからない。
わたしの名前について母が嬉しそうに話をしていた時のこぼれ話だ。
わたしの名前に関する不満に基づいた問いに、嬉しそうに語る母を見て、これ以上このひとと話したくないと思ったわたしは、わたしの名の読み方の由来についてすら詳しくは訊かなかった。ましてこぼれ話などどーでも良い。
さて、そんな名前を背負わされたわたしは、往く道も戻る道も地獄のような選択肢だけがあった。
名前の字面も音も、どこをどう使ってもどうにもならない。
かくして、消極的な消去法の結果、今のわたしには似合っているしということで、「がんこ」若しくは「がんちゃん」と呼ばれることを選ぶに至ったのである。
呼ばれ慣れてくれば、がんちゃんってのも意外とかわいくて愛着が湧いた。
母は本来の読み方で呼ばせていないことが気に食わないようだが、だったら何であんな読み方を当てたのだと言いたい。
「いのり」が有りなら、単に「ねがい」でも良かったのではないだろうか。
以上、そんなみっつの、然程不幸とは言えないが、素直に生きていくには若干邪魔で重たい錘を抱えて、わたしは十六歳の年を迎えた。
「がんちゃん、宿題やってある?」
訊いてきたのは隣の席の柊だ。がんちゃんとは、わたしのこと。
姫田願子。
わたしの名前だ。
たった四文字で、どこから話せば良いのかわからないくらい盛りだくさん。
ボケの手数が多ければ良いと思われている漫才のコンテストのようだ。
母は祷が生まれたときから、次の子が女の子ならこの名前にしようと決めていたそうだ。
そんな名前が待っているとも知らず、ぬけぬけと生まれてきたわたしは、母の一存で予定した名前を与えられた。
母には母にしかわからない理想があり、父にはこだわりが無かったためにすんなりと決まった名前だ。
ちなみに男の子だったら、願太にするつもりだったらしい。
まず、字面。
祈りと願い。言いたいことはわかる。
でも願子はちょっと強過ぎはしないだろうか?
祷との比較というか、バランスとかは考えなかったのだろうか?
次に、初見の印象。
「いのり」と「がんこ」。
「いのり」、かわいらしい響き。
それは楚々とした可憐さをもつ女性に育つことだろう。
「がんこ」、真っ先にイメージするのは頑固。
頑なで固い。言葉通り頑固で融通の利かない面倒な人間に育つんじゃないかな。
わたしのこの性格が名前のせいだけとは言わないけど、ずっと背負ってきた名前だ。影響ないわけがない。
そして、実際の読み方。
なんと、「願子」と書いて、「めがみ」と読むのだ。
キラキラネームではないか。こんなに字面がキラキラしていないキラキラネームなんて存在して良いのだろうか。
最近は漢字通りに読めない名前も増えていて、名簿にフリガナが振ってあることも多いらしいが、漢字だけで記載されていれば、初見で読めない名前は大体読みやすい読み方をされるものだ。
まず、「がんこ」と呼ばれて、実際は「めがみ」ですってやりとりをすることで、「がんこ」で笑われ「めがみ」でも笑われることになる。
こんな精巧な罠のような名前ある?
罠だとしたら巧みすぎるだろう。二段構えで確実に殺すぞといった強い意志さえ感じる。この場合は、笑かし殺すってところか。
人の名前を、ひいては人生を使ってなんて仕掛けを組んでくれたのか。
字面は字面でやってくれた感が凄いが、音は音で全く負けていない。
「ひめためがみ」
どこをどう切り取っても夢見がちな乙女が出てきそうではないか。
母の趣味には合うのだろうが、お陰様ですっかりと捻くれてしまったわたしにとっては地獄でしかない。
尚、男の子だったときの「願太」は「ゲーテ」と読ますつもりだったそうだ。意味はわからない。
わたしの名前について母が嬉しそうに話をしていた時のこぼれ話だ。
わたしの名前に関する不満に基づいた問いに、嬉しそうに語る母を見て、これ以上このひとと話したくないと思ったわたしは、わたしの名の読み方の由来についてすら詳しくは訊かなかった。ましてこぼれ話などどーでも良い。
さて、そんな名前を背負わされたわたしは、往く道も戻る道も地獄のような選択肢だけがあった。
名前の字面も音も、どこをどう使ってもどうにもならない。
かくして、消極的な消去法の結果、今のわたしには似合っているしということで、「がんこ」若しくは「がんちゃん」と呼ばれることを選ぶに至ったのである。
呼ばれ慣れてくれば、がんちゃんってのも意外とかわいくて愛着が湧いた。
母は本来の読み方で呼ばせていないことが気に食わないようだが、だったら何であんな読み方を当てたのだと言いたい。
「いのり」が有りなら、単に「ねがい」でも良かったのではないだろうか。
以上、そんなみっつの、然程不幸とは言えないが、素直に生きていくには若干邪魔で重たい錘を抱えて、わたしは十六歳の年を迎えた。
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