ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら

文字の大きさ
上 下
33 / 39
東風治樹

維蕗の母親の反応

しおりを挟む
 母親の反応は、ある意味安心でき、ある意味厄介と言える動揺した素振りのないものだった。
 大いに驚いた様子を見せており、本当に知らなかったのだと思えた。本当に知らないのならば、原因は不明のままだが、最悪のケースである母親による虐待の疑いは持たなくても良くなる。
 しかし、嘘だったとしたら真実が何であれ難易度の高い解決方法が求められる問題となる。少なくともすぐに見破られない嘘や演技を繰り出しているのなら、一筋縄ではいくまい。
 

 さて、ではもう一段踏み込んでみるとしようか。

 
「維蕗のこの様子では、お風呂はもうひとりで入ってるのでしょうね」

「そうなんですよ。お風呂は明るいから平気みたいで。深さが二段階あるユニットバスで、半身浴設定にしておけば浅い方なら安心かなと思って好きにさせているんです。万が一の時には操作パネルでリビングと通話もできますしね」

「なるほど。やはり自立心が強いな。
今日も治療を頑張っていたし、私から些細なプライズを渡してあげたいのですがよろしいですか? ロビーにアイスの自販機がありましてね」

「いえ、そんな、申し訳ないですよ」

「他の子どもの患者さんにもさせていただいていることですから。ご家庭の食育上問題がなければですが」

「特に制限をしているわけではありませんから……でも、本当によろしいのでしょうか?」

「がんばったのは維蕗ですから。
私としては報いたいのです。痛かっただろうに、本当に我慢強く治療がしやすかったのですよ」

 嘘ではない。実際にやり易くて助かったと思っている。

「そういうことでしたら……」

 横で聞いていた維蕗は、母親が受け入れたことに喜びを表している。
 それまではソワソワはしていたがねだるような動きは見せていなかった。やはり親の教育は行き届いているのだろう。しかしそこに萎縮の様子は見えない。杞憂である可能性が高くなり心が軽くなった。

「よし、種類いっぱいあるからな。自分で選ぶと良い」

 小銭を渡すと、維蕗は嬉しそうにロビーへと走っていった。病院内は走らないように声を掛けると、早歩きになった。
 迷わずに買ったとしても3分あるかないかか。

「維蕗の件でひとつ、お伺いしたいことがあります」

 なんでしょうか? と母親は目で訴える。

「背中に少し大きな痣があるのですがお気づきでしたが?」

「え? いえ、知りませんでした……お風呂もですが、着替えもひとりでしていましたから……その、ひどいけがなんでしょうか? 親なのに把握していなくてお恥ずかしい限りですが、状態はどのような? 良くないんですか?」

 痣については認知していない。
 息子の怪我の事実に少なからず動揺が見え、把握していないことへの後ろめたさはありつつ、心配しているそぶりもある。
 もしこれが演技なら、母親側から真実を探り当てるのは不可能に近いだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンバ大辞典

桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。 サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。 誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。 本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...