32 / 39
東風治樹
維蕗の母
しおりを挟む
決めたなら即実行だ。何もなければそれで良い。何かあるなら早く解明するに越したことはないのだから。
維蕗を迎えに来た母親に尋ねてみたところ、矢張りというか案の定というか、「知らなかった」と言う回答だった。さて、そこに何か隠されていただろうか。
維蕗の母親とのやりとりを思い出してみる。
「あれ? 先生? すみません、わざわざお見送りしてくださったんですか?」
「いえ、維蕗とはテンカの話で盛り上がってしまって。診療中だけでは話し足りず見送りがてら話を続けていたんですよ。
知ってます? テンカ。
私が子どもの頃も流行ってたんですけどね、あまり変わってないと思っていたら、ところどころ変わっていて、でも余分では無くて洗練されてるんですよ。子どもの遊びなのに感心するばかりで」
「そうなんですか。わたしは知らなかったんですけど、維蕗は夢中になってますね。わたしが子どもの頃はポートボールにはまってましたけど、あれは授業で習って覚えたものですから、子ども発祥の遊びとはまた少し違うのかしら」
「ありましたね! ポートボール。
私もポートボールも夢中になりました。バスケの下位互換のように思われますが、あれはあれで奥深い。
ゴールが人ですよ? 意志を持ち、動く。
ゴール自体も戦略に加えられるのはバスケには無い要素です」
母親は穏やかに笑っている。とても子どもを虐待するような親には見えない。
「子ども向けであっても洗練されたスポーツと違って、子どもが生み出した遊びはやはりどこかスリリングさを求めるがあまりリスクを伴う要素があります。
維蕗にも重々言って聞かせましたが、お母さんからも重々気を付けて遊ぶように伝えてください。それにしても、維蕗は強いですね。突き指したての頃は相当痛かったと思いますが、泣き言ひとつ言わなかったのですから」
「へー! そうだったの、維蕗? えらかったね」
やはり、ただの優しい母親のように見える。
「家では結構甘えてるんですけどね。ひとりで寝られないとか」
「そんなの言わなくても良いじゃん!」維蕗の抗議を「ごめんごめん」と微笑みながらいなす母親。関係性も悪くなさそうだ。
「あはは、九歳の子どもならそんなものですよ。むしろ、それを言われて抗議する維蕗は自立心が強いともいえる。
恐怖心に勝てず甘えてしまってはいるが、本当はひとりで寝るべきだと考えているからこその言葉でしょう」
維蕗を迎えに来た母親に尋ねてみたところ、矢張りというか案の定というか、「知らなかった」と言う回答だった。さて、そこに何か隠されていただろうか。
維蕗の母親とのやりとりを思い出してみる。
「あれ? 先生? すみません、わざわざお見送りしてくださったんですか?」
「いえ、維蕗とはテンカの話で盛り上がってしまって。診療中だけでは話し足りず見送りがてら話を続けていたんですよ。
知ってます? テンカ。
私が子どもの頃も流行ってたんですけどね、あまり変わってないと思っていたら、ところどころ変わっていて、でも余分では無くて洗練されてるんですよ。子どもの遊びなのに感心するばかりで」
「そうなんですか。わたしは知らなかったんですけど、維蕗は夢中になってますね。わたしが子どもの頃はポートボールにはまってましたけど、あれは授業で習って覚えたものですから、子ども発祥の遊びとはまた少し違うのかしら」
「ありましたね! ポートボール。
私もポートボールも夢中になりました。バスケの下位互換のように思われますが、あれはあれで奥深い。
ゴールが人ですよ? 意志を持ち、動く。
ゴール自体も戦略に加えられるのはバスケには無い要素です」
母親は穏やかに笑っている。とても子どもを虐待するような親には見えない。
「子ども向けであっても洗練されたスポーツと違って、子どもが生み出した遊びはやはりどこかスリリングさを求めるがあまりリスクを伴う要素があります。
維蕗にも重々言って聞かせましたが、お母さんからも重々気を付けて遊ぶように伝えてください。それにしても、維蕗は強いですね。突き指したての頃は相当痛かったと思いますが、泣き言ひとつ言わなかったのですから」
「へー! そうだったの、維蕗? えらかったね」
やはり、ただの優しい母親のように見える。
「家では結構甘えてるんですけどね。ひとりで寝られないとか」
「そんなの言わなくても良いじゃん!」維蕗の抗議を「ごめんごめん」と微笑みながらいなす母親。関係性も悪くなさそうだ。
「あはは、九歳の子どもならそんなものですよ。むしろ、それを言われて抗議する維蕗は自立心が強いともいえる。
恐怖心に勝てず甘えてしまってはいるが、本当はひとりで寝るべきだと考えているからこその言葉でしょう」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
スルドの声(交響) primeira desejo
桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。
高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。
ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。
出会ったのは、スルド。
サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。
姉のこと。
両親のこと。
自分の名前。
生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。
※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。
スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
サンバ大辞典
桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。
サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。
誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。
本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる