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東風治樹

維蕗の母

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 決めたなら即実行だ。何もなければそれで良い。何かあるなら早く解明するに越したことはないのだから。
 維蕗を迎えに来た母親に尋ねてみたところ、矢張りというか案の定というか、「知らなかった」と言う回答だった。さて、そこに何か隠されていただろうか。
 維蕗の母親とのやりとりを思い出してみる。

「あれ? 先生? すみません、わざわざお見送りしてくださったんですか?」

「いえ、維蕗とはテンカの話で盛り上がってしまって。診療中だけでは話し足りず見送りがてら話を続けていたんですよ。
知ってます? テンカ。
私が子どもの頃も流行ってたんですけどね、あまり変わってないと思っていたら、ところどころ変わっていて、でも余分では無くて洗練されてるんですよ。子どもの遊びなのに感心するばかりで」

「そうなんですか。わたしは知らなかったんですけど、維蕗は夢中になってますね。わたしが子どもの頃はポートボールにはまってましたけど、あれは授業で習って覚えたものですから、子ども発祥の遊びとはまた少し違うのかしら」

「ありましたね! ポートボール。
私もポートボールも夢中になりました。バスケの下位互換のように思われますが、あれはあれで奥深い。
ゴールが人ですよ? 意志を持ち、動く。
ゴール自体も戦略に加えられるのはバスケには無い要素です」

 母親は穏やかに笑っている。とても子どもを虐待するような親には見えない。

「子ども向けであっても洗練されたスポーツと違って、子どもが生み出した遊びはやはりどこかスリリングさを求めるがあまりリスクを伴う要素があります。
維蕗にも重々言って聞かせましたが、お母さんからも重々気を付けて遊ぶように伝えてください。それにしても、維蕗は強いですね。突き指したての頃は相当痛かったと思いますが、泣き言ひとつ言わなかったのですから」

「へー! そうだったの、維蕗? えらかったね」

 やはり、ただの優しい母親のように見える。

「家では結構甘えてるんですけどね。ひとりで寝られないとか」

「そんなの言わなくても良いじゃん!」維蕗の抗議を「ごめんごめん」と微笑みながらいなす母親。関係性も悪くなさそうだ。

「あはは、九歳の子どもならそんなものですよ。むしろ、それを言われて抗議する維蕗は自立心が強いともいえる。
恐怖心に勝てず甘えてしまってはいるが、本当はひとりで寝るべきだと考えているからこその言葉でしょう」
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