ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら

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高天暁

発つ鳥の想い

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 そう言うことじゃないのはわかったけれど、可能性を残すと言う意味でも、羽龍には佐田との仕事の継続を検討するように伝えるよと言うと、八木さんもそれはそれでありがたいと思ってくれたのか、少し照れた様子を隠すようにコーヒーを飲み干して、カップを置きながら小さな声で礼を言っていた。

「まあ、猿渡主任の背中を押しながら、新しい企画の提案でもしてみますよ。主事にも相談するかもしれませんから、連絡先消さないでおいてくださいね?」

 言いたいことを言い終えた八木さんは、そろそろ仕事に戻らないとと、荷物をまとめて店を出て行った。
 主事は時間たっぷりあるでしょうから、ごゆっくりされてってくださいと余計な一言を加えて。
 そういうのは後払いの店で、先に帰る方が伝票を引き受けながら言う言葉だ。

 八木さんの言う戻ってきてほしいとの言葉は本音だったろう。
 課員の様子も事実だと思う。
 けれど後半の話題は、それでも戻らないと言う俺へ、佐田というより、課のメンバーへの申し訳ないと言う気持ちを抱えたままの俺へ、その荷物を軽くするための身を削った告白だったようにも思えた。

 俺より在籍期間の長い八木さんは、けれど一般職と総合職の垣根を決して超えず、仮に相手が年下の新人であっても、常に敬語で事務的、全うすべき業務は全うし、仕事にはあまり私情は挟まないタイプだった。
 もちろん、完全に四角四面というわけではなく、先程の羽龍のくだりのように、感情を露わにすることもある。
 それでも、一線はしっかりと守っていて、佐田への感情なども滅多に表すことはなかった。会社員なんて多かれ少なかれ、会社や上司、時には同僚や後輩への愚痴を口にしてしまうものだ。それが八木さんにはほとんどなかった。
 口にしないだけで、欠片ほども不満を持っていないわけなどない。
 俺よりも長い在籍期間、それをずっと溜めてきたであろう八木さんは、俺に対しては八木に関する思う部分を、愚痴の体裁ではなく、確認や情報を渡して考えを訊くなどの会話を通して伝えていた。
 俺は俺で特殊な思惑を持って会社に所属していたから、会社に対して引いていた線のようなものが八木さんには見えて、佐田に関する話をしやすかったのかもしれない。

 ある意味、同志とも言えた俺への、心置きなく往く道を進める餞だったのではないだろうか。

 俺を察しの悪い人間だと捉えてるようだが、それくらいのことはわかるんだよ。八木さん。

 実際、気持ちは軽くなっている。
 願望をはっきり口にできる八木さん、したたかに上司に奢らせる伊達さん、目端の利く猿渡、なんだかんだ飄々とやっていくのであろう大上課長。
 なんだ、第一は充分強いチームではないか。俺がいなくても前途は明るいと思えた。

 気持ちは軽くなったが、元部下に身を削らせてこちらのケアをさせたような形になってしまった。
 これはマランドロとしては粋とは言えまい。自覚はないが察しが悪いなら、それも良くないだろう。


 マランドロたれ、か。なかなか道は険しそうだ。
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