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序章

紳士とは

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 アキとウリのふたりは俺が代表を務めるサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』に、ある縁をきっかけに男性ダンサーとして加わることになった。
 男性ダンサーには、『マランドロ』と呼ばれるスタイルがある。
 パナマハットを粋に被り、白いスーツでキメた伊達男風のダンサーだ。俺もマランドロとしてパフォーマンスをしている。


 サンバといえば『パシスタ』と呼ばれる、見目の麗しい羽飾りの女性ダンサーが花形だろう。
 今まではマランドロは俺しかいなかったので、パシスタのエスコートや添え物的なポジションで構成していた。
 この度、このスーツスタイルの似合う見栄えの良いマランドロ候補をふたりも得るにあたり、かつてから構想のあったマランドロショーも現実味を帯びてきていて、にわかに俺を昂らせている。
 早速心身ともに彼らをマランドロに仕立て上げる算段だ。
 時間がないことは俺が一番理解している。だからこそ、やっつけでやりたくはないのだ。


 だがまあ、ふたりが焦るのは無理もない。
 入会したての初心者が、数ヶ月後には大きな舞台に立たねばならないのだ。

 サンバ独特の軽やかなステップ『サンバ・ノ・ペ』の習得だけでも並大抵ではない。
 そのうえで、振り付けやフリーのソロを踊り切るだけの技量も身につけなくてはならないのだから。それは一分一秒でも練習に費やしたいことだろう。

 しかし、文化を、起源を、理念を理解し身に溶かし込むことは、ダンスをより深く表現するためにも必要だ。
 無論、理解を深めるために、伝え方を工夫するのは伝え手の義務だと言えるだろう。

 バイクでの例えではピンと来なかったようだが、さてどうしたものか。

「ウリ、スキューバには詳しいか?」

「無理に例えなくて良い! 言いたいことはわかったから続けてくれ」
 急かすような言い方のアキだが、その手にはしっかりペンが握られている。
 アキのノートには既にマランドロに関する記述がびっしりと書き込まれていた。

 なんだ、やる気は充分ではないか。
 海と生命、呼吸、独特の静寂、魂が身体から解放されたような浮力、そっと隣にある死......人間の根源に迫りうるスキューバの哲学はマランドロの理に通じるのではと思ったが、識ることの意味を理解しているのであれば、下準備は不要なようだ。
 
 ならば、続けよう。
 

 紳士の解釈は日本にも浸透していよう。
 礼儀正しく、相手を尊重し、立ち居振る舞いが優雅であること。
 紳士は男性に与えられる言葉だ。ジェンダー論を打たれてしまえば時代遅れの考え方と言われてしまうかもしれないが、男として女性をエスコートする、いわゆるレディファーストも欠かせない。
 これは、男だから、女だからという表面的な解釈ではなく、守るべきものへの優先順位と解してほしい。
 マランドロは女性がやっても良いのだから。
 その心が、マランドロであれば男女の別は関係ないのだ。
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