スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

文字の大きさ
上 下
117 / 218

渡辺くん

しおりを挟む

(渡辺 珀都)

 陸上部に入っている渡辺くんがなぜ今ここにいるのだろう。部活動に入っている生徒はこの時間ならまだ活動中のはずだ。
 そんな疑問に渡辺くんは答えた。

「今日は休み。整体行く日でさ」

 表情も間もあっさりとしていて、嘘や誤魔化しはなさそうだ。
 何となく渡辺くんは嘘が苦手そうだし、サボったりするタイプでもなさそうだから、本当のことなのだろう。

 
 真っ直ぐ整体院に行かないのは、わたしと同じく時間調整のためかな?

 普段は誰かといることの多い渡辺くん。仲の良い男子は部活か遊びに行ったのか。
 ひとりの中途半端な時間つぶしとしては、晴れた日の公園は有用なのだろう。

 
「ほら、たべな」

 
 いつの間にか渡辺くんはチュールを手にしていた。
 ネコは鬼気迫る顔でチュールをすすっている。かわいいなぁ。

 
「え、なんでチュール常備してんの? うける」
 
「うちネコ飼ってるから」
 
「じゃあその子の分無くなっちゃうじゃん? また買うの?」
 
「いや、これはこいつの分。ついでに買ってやってるんだ」

 
 この子のことを、前から認識していて、今日たまたま遭遇したのではなくて、この子に会うためにここに来たということ?

 
「四月にたまたま見つけてさ。その頃は今よりも小さくて細くて。……多分捨てられたんだよ。オレもネコ飼ってるからなんか放っておけなくて、少しだけどエサあげるようになって。飼ってやれないから中途半端なことすると無責任とか言われるのかもしれないけど、成長するまでは、でも自分で生きていかなきゃいけないから生きていく力が衰えない程度に、とか考えながら、たまに来てエサあげることにしたんだよ」

 
 最近は充分逞しく自分でエサも獲れているみたいだし、したたかに人間と付かず離れずでうまいことエサをもらったりもしているみたいだから、安心してるのだとネコを優しいまなざしで見つめながら言った。

 
 最近はエサやりの頻度は少し減らして、たまに来れるときはエサとおやつをあげることにしてるそうだ。
 

「野良猫の問題とか、地域猫活動とか、社会で活動したりいろいろ考えたりしなきゃいけないことはわかってんだけど、それを整えているうちに死んじゃったら話にならないじゃん? なんて言い訳しながら、勝手にやってる。自己満足って言われたって良い。それでこいつが少しでも生きられるなら」
 

 ああ、この人には身体を重くする「余計なもの」が少ないのだ。もしくは、「余計なもの」を振り払うだけのエネルギーがあるのか。

 素直。または単純。

 そういったものの純粋な強さを感じた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜 心のままに。  新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。  新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。  商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。  葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。  かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。  慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。  慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。  二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。 ※表紙はaiで作成しました。

忘れさせ屋

水璃 奏
現代文学
「ペットって飼っているときはめちゃくちゃ楽しいけど、死んだときのショックがデカすぎるから飼いたくないんだよなー」と考えていたら思いついた話です。

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

処理中です...