スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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渡辺くん

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(渡辺 珀都)

 陸上部に入っている渡辺くんがなぜ今ここにいるのだろう。部活動に入っている生徒はこの時間ならまだ活動中のはずだ。
 そんな疑問に渡辺くんは答えた。

「今日は休み。整体行く日でさ」

 表情も間もあっさりとしていて、嘘や誤魔化しはなさそうだ。
 何となく渡辺くんは嘘が苦手そうだし、サボったりするタイプでもなさそうだから、本当のことなのだろう。

 
 真っ直ぐ整体院に行かないのは、わたしと同じく時間調整のためかな?

 普段は誰かといることの多い渡辺くん。仲の良い男子は部活か遊びに行ったのか。
 ひとりの中途半端な時間つぶしとしては、晴れた日の公園は有用なのだろう。

 
「ほら、たべな」

 
 いつの間にか渡辺くんはチュールを手にしていた。
 ネコは鬼気迫る顔でチュールをすすっている。かわいいなぁ。

 
「え、なんでチュール常備してんの? うける」
 
「うちネコ飼ってるから」
 
「じゃあその子の分無くなっちゃうじゃん? また買うの?」
 
「いや、これはこいつの分。ついでに買ってやってるんだ」

 
 この子のことを、前から認識していて、今日たまたま遭遇したのではなくて、この子に会うためにここに来たということ?

 
「四月にたまたま見つけてさ。その頃は今よりも小さくて細くて。……多分捨てられたんだよ。オレもネコ飼ってるからなんか放っておけなくて、少しだけどエサあげるようになって。飼ってやれないから中途半端なことすると無責任とか言われるのかもしれないけど、成長するまでは、でも自分で生きていかなきゃいけないから生きていく力が衰えない程度に、とか考えながら、たまに来てエサあげることにしたんだよ」

 
 最近は充分逞しく自分でエサも獲れているみたいだし、したたかに人間と付かず離れずでうまいことエサをもらったりもしているみたいだから、安心してるのだとネコを優しいまなざしで見つめながら言った。

 
 最近はエサやりの頻度は少し減らして、たまに来れるときはエサとおやつをあげることにしてるそうだ。
 

「野良猫の問題とか、地域猫活動とか、社会で活動したりいろいろ考えたりしなきゃいけないことはわかってんだけど、それを整えているうちに死んじゃったら話にならないじゃん? なんて言い訳しながら、勝手にやってる。自己満足って言われたって良い。それでこいつが少しでも生きられるなら」
 

 ああ、この人には身体を重くする「余計なもの」が少ないのだ。もしくは、「余計なもの」を振り払うだけのエネルギーがあるのか。

 素直。または単純。

 そういったものの純粋な強さを感じた。
 
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