スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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押し間違え

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 お父さんの質問は止まらない。
 手を掛けてかなかった娘への支援の機会を逃したくない。それもあるだろう。
 もうひとりの娘と違い、特に何にも熱中してこなかった娘が、なにやら活動を始めたというのも喜ばしいのかもしれない。

「大会とかあるのか? 遠征費必要なら言えよ? 日程も教えてくれな。都合付けられたら観に行くから」
 
「大会、とは違うけどイベントとかはあるよ。まだ始めたばっかで出られるイベントないけど。出られるイベントあったら一応教えるけど大会じゃないからね。ふつうのお祭りとかで披露する感じだよ」
 
 それに、マレと違ってこの道を究めよう、この道で生きていこうなんて、少なくとも今の時点では思ってはいない。
 マレも、お母さんも、おじいちゃんも、どちらかと言えばお父さんとおばあちゃんも、そっち側だからぴんと来ないのかもしれないが、誰もが求道者になるわけではない。

 
 何かを始めようとすると、そういう感じになる気がしてたから嫌だったのかもしれない。

 なんてことを、冗談交じりに言ったら、お父さんはまた恐縮してしまった。
 これは素直にお金を受け取らないと終わりそうもないな。

 
「お金、遠慮なく貰うね。満足のいく楽器買って練習がんばるよ。披露の機会は多いからさ、どこかでタイミング合ったら見に来てね」

 
 お父さんは、お母さんと仕事を調整して絶対観に行くと言ってくれた。

 
「……ありがとうな、望」
 
「お金貰うのこっちだけど? こちらこそありがとう。正直どうしようかと思ってたから助かる―」
 
「ああ、そう言ってもらえると俺も嬉しい。じゃ、そろそろ切るぞ。母さんのことよろしく頼むな」
 
「おばあちゃんにお世話になりっぱなしなのわたしの方じゃん。今はマレも一緒にね。でもおばあちゃん、良く笑ってる」
 
「そうか、なによりだ。父さんは弟子の育成とフランチャイジーの研修プログラム作成でしばらく余裕無さそうだからな。母さんはフランチャイズ化の事業計画関連はもう落ち着いているはずだから、望が居てくれると嬉しいはずだ」
 
「まあ多少家事の手伝いくらいはしてるけど、あまり役立ってるとは……おばあちゃんの精度に較べれば足引っ張ってるまであるよー」
 
「そういうことじゃなくてな。いや、とにかく、居て、話してくれるだけで良いんだよ」
 
「まあ良く話すよ。わたしおばあちゃん好きだしさ」
 
「うん、頼むな」
 
「? うん、任せて……?」

 
 思ったより長引いた電話は、わたしにとって何かが変わったことを伝えはしなかったが、何が変わったわけでは無くても、少し心が軽やかになった感じがした。

 多分お父さんもお母さんもマレも、意地悪な言い方をすれば、与える者と与えられる者同士が持つ、与えられない者への罪悪感を施しで払拭したとも取れる。
 でもそれはわたしも同じだ。
 わたしはわたしで、得た環境で生じた負い目や引け目を、わたしの論理で他者を慮る体裁を取って解消した。

 大事なのは、それをお互い本音で伝え合い、自覚し合えたことだと思う。

 
 わたしもマレも、得た環境は誰かから押し付けられたものではなく、自ら選んだものだから。

 
 だから本来、双方とも他者から「可哀そう」だの「申し訳ない」だの思われる筋合いはない。
 それでも、得た側としてはもう一方が得ていないように見えるから、負い目や引け目が生まれるのだ。
 それを健全に解消することは、はた目には偽善や欺瞞に見えても、悪いことではないはずだ。

 
 翌日、お父さんから入金したとのメッセージが届いたので口座を見てみたら、二十万円ほど増えていた。

 スマホでネットバンクから送金したお父さんに依れば、≪押し間違えた≫ということだ。

 白々しいが、面倒くさいし手数料も掛かるからというお父さんに乗っかり、これもまたお互いの負い目の解消なのだと思いながら、ありがたく受け取ることにした。
 
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