スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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 別に家族から蔑ろにされているなんて、いじけてはいなかった。
 掛けられている手間や想いの比重が異なるのは承知していたし、当たり前だとも思っていた。
 だから特別な不満は持っていなかった。持っていないと思っていた。

 けれども、差があることへの認識はしっかりとあった。

 不満はないし、あったとしても理解と納得で塞げていた。

 でも、お父さんが言葉にしてくれたことで。
 マレがわたしを気にしていたことも伝えてくれたことで。


 なにかが滞りなく流れるためには阻害となる塊が、じんわりと溶けていくような感じがした。


「わかったよ。うん、わかった。お父さんの気持ちもお母さんの気持ちも、マレの気持ちも。みんながわたしのこと考えてくれているってわかって嬉しい。それが負い目や引け目になるなら気にしないで欲しい。わたしはわたしで結構好きにさせてもらっているし、今後何かあれば思う存分わがままも言うから」
 

 事実、気付かないようにしていた部分はある。
 それによって知らず知らずのうちに溜まり固まった想いもあっただろう。
 でもそれだけじゃない。
 毎日楽しく過ごしているのも事実だし、何にも縛られることなく自由に過ごさせてもらっているのも事実だ。

 決して負荷と不遇を押し付けられているわけじゃない。

 
「忙しいのに時間使ってくれてありがとね。でもこんなに長々と話してても大丈夫?」
 
「大丈夫じゃないな。既に何件もコールが入っている。でも良いさ。娘との特別な時間には替えられない」

 
 愛とかもそうだけど、ちょくちょく恥ずかしい表現使うんだよな、お父さん。
 フランスに染まったのだろうか。

 
「望は平気か? そろそろ寝る時間だろう? 繋がったとき、計算してたと言っていたが宿題か?」
 
「ん、もう少ししたら寝る。収支計算してた」
 
「収支?」
 
「バイト代足りないなーって思って」
 
「生活費が足りないということは無いだろ?」
 うん、必要充分な額をもらっている。心配させないよう明るい声で肯定の返事を返した。
 しかしお父さんの質問は止まらない。
 
「何か欲しいものでもあるのか?」
 
「んー、まあ」
 
「おい、そういう時こそ頼ってくれよ。なにが欲しい? いくらするものなんだ?」
 
「ええと、楽器なんだけど……」
 
「あぁ、希から聴いたな。サンバはじめたんだって? そういうのも言ってくれたら良いのに……まあ良い、それくらいは出させてくれよ。いくら必要なんだ?」
 
「買うのまだ決まってなくて、大体五万円~十万円くらいで、今数万円あるから、あと五万くらいあれば高いの欲しくなってもなんとか買えるかなーと」
 
「そうか、十万あれば良いんだな?」
 
「や、今貯金が数万はあるから差額……」
 
「まず、楽器で十万な! 他に活動費で必要は無いか?」
 
「ちょっと、大丈夫だって!」
 
「別に金さえ出せば良いなんて思っているわけじゃないぞ? ただ、せっかく望が見つけた取り組みだ。金のせいで制限を受けるなんてことには絶対にしたくない。せめて楽器代は満額受け取ってくれよ。なにするにしたって交通費だの細かいお金も出ていくんだから」

 お父さんは有無を言わせるつもりはなさそうだ。

 まあ、そういうことなら、甘えようかな。
 
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