スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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気づき

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 何を言われるのかとドキドキしていたからか、お父さんが話し始めるまで何秒も空いていないはずなのに、妙に待った感覚を持った。

「おまえには負担かけてるよな。ごめんな。電話口で申し訳ないけど、もう一度ちゃんと言いたくて」


 両親がマレのフランス留学に照準を絞って数年前から準備していたことは知っていた。
 そもそも、マレがバレエを始めてからは、彼女がバレエを万全な環境で挑めるよう整えていたし、その世界で頭角を表すようになってからは両親も心血を注いでサポートするようになっていた。


 ずるい。


 そう思ったことは何度でもある。


 しかし両親は、わたしにも好きなことを好きなように、好きなだけやって良いと言ってくれていた。何なら期待もしてくれていた。
 だけどわたしには、その「好きなこと」が特に無かった。


 無いのだから仕方がない。


 両親としては差別するつもりはなく、同じようにサポートする気はあっても、サポートされるようなことをわたしがやっていないのだから、わたしが差し伸べられた手を取っていないだけのこと。


 フランス行きにしてもそうだ。


 両親はわたしも一緒にと言ってくれた。
 日本に残りたいと言ったのはわたしだ。
 日本に残るわたしの生活をサポートできないことを両親はしきりに謝っていた。
 自分で選んだのだし、当初は一人暮らしって話もあり、何なら楽しみですらあったし、お金の面なども充分にケアしてくれるとのことで、特別な不満なんて抱かなかった。心の奥底に少し寂しさがあるのは認めていたが、それも自らの選択の結果なのだからと押さえ込んだ。


 選んだのはわたし。
 両親が双子の姉妹に与えようとしていた平等を受け取らなかったのもわたし。

 わたしがわたしの意思に従って選んだ生き方と、それによってもたらされた結果に、何の不満も持っていない。


 しかしお父さんは。
 そのことをこそ、謝りたいのだと言った。

 そう思わせてしまった背景について。

 当たり前のように。
 マレを前提とした選択肢を提示し、選ぶ。

 それは本当の意味での自由意志などではないことを。
 それを強いてしまったこと。当たり前のような環境にしてしまったことを。


 マレがいなければ。

 何かに打ち込むという選択を選ばなかったとしても、両親が手をかける割合を減らす対象となる子どもにはならなかっただろう。


 マレがいなければ。

 フランスに行く両親について行くという選択肢が前提になどならなかっただろう。

 
 仮定の話なんてしても意味がない。
 意味のない話で、気づかなくて良いことを気づかせなくったって良いではないか。

 いや、気づいていても、気づいていないものとして封じたものを、わざわざ破る必要などないではないか。

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