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帰り道
しおりを挟む(姫田 祷)
帰りはいのりちゃんが車で送ってくれることになっていた。姫田姉妹と地元が一緒な特権だ。
駅から電車に乗るダンサーのビオラを駅まで送り、わたしは乗ったまま家まで送ってもらう。
ビオラが助手席、わたしは後部座席にめがみちゃんと並んで座った。
プッシュ式のスイッチでエンジンを起動させるいのりちゃん。
いのりちゃんの操作に従って自動車に魂が宿る。メーターパネルに光が灯り、ハイブリッドカーのエンジンが静かな駆動音を上げ、微かに車内を振動させていた。
音量を絞ったスピーカーから流れる音楽が緩やかに空間を満たしていく。
あ、これ練習でやった曲だ。
リオのカーニバルの『サンバ・ヂ・エンヘード』を数年分集めたプレイリストからランダムで曲が流れるようになっているらしい。
ビオラはサンバに詳しく豊富な知識を持っている。
掛かっている曲どこのエスコーラのものなのか、その曲が使われた年に優勝したエスコーラはどこか、など、いのりちゃんと話していた。
わたしは隣のめがみちゃんと、おいしいハード系のパン屋の話をしていたら、「三茶の?」と、ビオラが話題に入ってきた。
サンバだけじゃなく、幅広い知識があるようで、クルミとライ麦のバランスが絶妙なパンがお勧めで、チーズを載せてもよく合いワインのおともにちょうど良いという話をしていた。
わたしたちはまだアルコール飲めないんだけどな。いのりちゃんはもう飲めるのかな?
ビオラを近場の駅で降ろした車は、わたしたちの地元へと向かう。
「のんちゃん、エンサイオ楽しめた?」
運転席からいのりちゃんが話しかけてくれた。
助手席のビオラが降りて、わたしとめがみちゃんは後部座席にのままだから、いのりちゃんが職業運転手みたいになってしまっていた。ちょっと申し訳なかった。
「楽しかった! 音すごいね!」
練習しているダンサーも、練習着なのに華やかだったけど、そういう意味では本番よりは驚きは少ない。
一方、打楽器隊は練習でも音に関しては本番と遜色は無い。
もちろん打楽器隊も本番は揃いの衣装を身に付けるから、その点に関しては本番に較べれば統一感は無いが、矢張り打楽器隊の本体は『音』だ。その音に関しては練習であっても本番さながらの音を鳴らしている。
サンバ自体、まだライブで観たことは無かったが、演奏している中から聴いた打楽器の音量は想像をはるかに超えていた。
お祭りなどで聴く和太鼓の団体の演奏が音量的には近いか。しかしサンバの打楽器には高音や高速を担う楽器もあり、音の幅も広い。そして、小さく高音を鳴らす楽器も音量は大きい。それが一気に押し寄せるのだ。
「生のバテリアは迫力あるでしょ! でも大音量の中に身を置きすぎると音を感じる有毛細胞がへたっちゃって難聴の原因になったりするから、耳栓した方が良いかも」
「確かに、終わってからもしばらくは耳がマヒした感じだったー」
「前もって言っておけば良かったね」言いながらめがみちゃんが、「これお勧めだよ」と、自身で使用している耳栓を見せ、売っている場所を教えてくれた。さっそく買っておこう。
「るいぷるが組んできたグループ、これ、ほまれの企画の件だよね?」
エンサイオのとき、その場で組まれたグループだ。その場に不在だった者たちも勝手に。特に説明もないまま。
トークルームを開いてみると、ほまれちゃんのメッセージがいつつくらい連続で入れられていた。
エンサイオ中入れられなかった説明を、たぶん今慌ててほまれちゃんが入れているようだ。
「いのりちゃんは詳しく知ってるんですよね? ほまれちゃん、いのりちゃんに相談して進めてるって言ってた」
「うん、面白いイベントになりそうだよ! のんちゃんもがんちゃんもグループに入れられてるから、運営も手伝ってね。でも、とにかく演者として楽しんでもらいたいなぁ」
まだ入会したばかりなのにできるかなぁ。
そんな不安を、隣に座るめがみちゃんは、大丈夫だよと微笑み力付けてくれた。「楽器未経験の初心者の先輩」である自分が保証すると。
頼りない肩書きなのに、頼もしい説得力があった。
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