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サプライズエンサイオ
しおりを挟む(柳沢 望)
エンサイオ会場は最寄駅から歩いて十五分くらい。少々距離がある。
徒歩での移動中気が急いてしまって、最後は少し小走りになっていた。
スルドの演奏はダンサーほど「運動」という感じではないが、それなりに体力も筋力も使うし、集中力もいるから見た目以上に疲れる。そういう意味では良いウォーミングアップになったのではないだろうか。
「こんばんはー!」
重い扉を開け、少しだけ息を弾ませながら練習場へと入る。
「あ、来たね! のん、こっちー!」
入って早々いのりちゃんに呼ばれた。
とりあえず入室の勢いのままいのりちゃんの元へと小走りで移動した。
「前に話したほまれだよ。強豪チームでテルセイラを任されていた達人! 太鼓の達人!」
おお、この人が。
「ドンドン」言ってるアイツを連打で打ち飛ばすような激しいタイプには見えない、穏やかそうな人だ。甘えた考えだという自覚はあるが、教えてもらうなら厳しいよりも優しい人が良い。
「ソータが指導係外れるわけじゃないけど、ほまれも教えてくれるって。今日はソータ来てないし、さっそく教えてもらおう」
いのりちゃんは相変わらずの勢いだが、話が早くてありがたい。
いのりちゃんから近しい年齢の女性の奏者に教えてもらえるよう頼むって言ってくれていたときから楽しみにしていたのだ。
「はいっ! のんです! よろしくお願いします!」
いのりちゃんの勢いに乗って、元気に挨拶をした。
教えてもらう立場だ。される前に挨拶できて良かった。
「えっ、あ、はい! 色部誉です。よろしくお願いします! ちょっといのり、私達人ってわけじゃ……」
少しぽやーっとした様子のほまれさん。わたしの挨拶で我に返ったように挨拶を返してくれた。敬語なのはわたしに引きずられたからか。
困ったような抗議の言葉も言い終わらぬうちに、いのりちゃんに「謙遜しなーい!」と背中を叩かれているほまれさん。見た目通り、穏やかで優しい人っぽい。
「のん、ちゃん?」
不思議そうな顔をしたほまれさんに尋ねられた。
「あは、良く呼ばれる愛称をそのままネームにしました」
のぞみと言う名前でのんと呼ばれるのは珍しくはないと思うのだが、のぞみという音の中で「ん」が出にくいと言えば出にくい。
これまで周囲にのぞみという名の子が居なかったら、居てもその愛称が使われてなかったら、ちょっと不思議に思うのかもしれない。
「……のんちゃんって姉妹いる?」
ほまれさんからの質問が続く。
何でわかったんだろう?
「? はい、双子の姉が」
疑問符を内包したわたしの答えは少々歯切れが悪かった。
「え? 姉妹いるって聞いたことあった気がしたけど、双子だったんだ?」
いのりちゃんも驚いていた。
「いのりちゃんは会ったこと無かったっけ?」
わたしにとっての幼馴染であるいのりちゃん。だからといって双子の姉ともそうであるわけではなかった。
「……無いか、あの頃あの子習い事していて一緒に遊んでなかったし」
記憶を辿れば、その時期、マレは既にバレエ教室に入会していた頃だった。
「……双子のお姉さんって、もしかしてマレって名前じゃない? 習い事ってバレエ? 私、バレエやっていてマレと一緒だった」
ほまれさんの表情は、驚きから真剣なものに変わっていた。
姉妹がいるかと尋ねられたとき。
なぜわかったのかと不思議に思う一方。
心の奥底の方で、意識できないくらいの小さな予感があった。
この人はマレを知っている人なのだと。
だから、マレの名をピンポイントで出されたとき、とても驚いて声を失ったが、やはり心の奥底の方では、「やっぱり」という思いも生じていた。
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