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乃木さんのお願い

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(乃木 埜乃子)

 乃木さんは微笑んで、わたしとめがみちゃんの目を覗き込む。「どう?」と言いたげな表情だった。

 少し間を取り、再び話し始める乃木さん。


「あまりにニッチ過ぎる分野に切り込むって作品も結構あるし、そういうのが流行ったりもするのだけど……そこまで攻めるなら、どちらかと言えば本格的なお仕事モノとか競技モノになってく気もするんだよね。
多少ライトに行くなら、特異であり一般の人から見れば非日常の世界だけど、まあまあ知名度はあるって分野に照準を合わせて、その競技者と普段の生活のギャップを描くってのも安定感あるからねぇ。
どこにでもいる女の子が実は派手で露出度の高い衣装を身に付けたサンバダンサーってのも固いとは思うんだよね。
JK×大太鼓もギャップとしてはアリだけど、JK×サンバ、だけど大太鼓、と若干交通渋滞感もあるのが悩みどころでさぁ」

 
 まだ全然何も決まっていない状況というなかで、乃木さんはサンバを題材にしたいとは思ってくれているようだった。
 ただ、どういう切り口、見せ方にするかは迷っているみたい。
 
「そういうわけで、ふたりに取材したいんだよね」
 
 サンバの情報、エスコーラの情報、どういう分野でどういう文化で、そして、その世界に身を置いている人ならではのその世界の日常。
 それならば、めがみちゃんだけで良いし、もっと言えばめがみちゃん経由でより歴の長いサンビスタを紹介もできる。

 しかし乃木さんの思惑はもう一段深いところにあった。
 
「登場人物に、がんちゃんとのんちゃんをモデルにしたキャラクターをつくりたいんだよー。主役にするかは何ともだけど、主要人物にはしたい」
 
 こんな感じで、と、メモ帳代わりに持って来ていたA6サイズのクロッキー帳にサラサラと女の子を描いた。一枚目に描かれたのはショートカットの女の子。二枚目にはサイドーテールの女の子。めがみちゃんとわたしだ。特徴を良く捉えている一方、程よくデフォルメされたキャラクターが可愛い。
 
 キャラクターに魂を吹き込むため、わたしたちふたりに、パーソナルな取材をしたいのだそうだ。
 
 趣味嗜好。好きなもの嫌いなもの。過去の出来事。未来への想い。

 なるほど、そういうことならーー。

 元々取材を受けていためがみちゃんにとっては何かが変わるわけではない。受けるという空気感を醸しながらわたしの方を見ている。
 わたしもめがみちゃんを見つめ、頷いた。



 今日の時間では深堀り訊かれることはなく、一通りの表層の情報を攫っていった乃木さん。
 
「じゃあ、わたしたちは先に戻りますね」
 めがみちゃんがタイミングを見て切り出した。
 先に休憩に入ったわたしたちの休憩時間はもうそろそろ終わりだ。
 
「うん、ありがとう! こんな感じでしばらくは情報集めさせてね。登場させるふたりはこれ以上に可愛く描くから!」
 先ほど描いたふたりのラフイラストをクロッキー帳から外し、めがみちゃんとわたしに渡してくれた。
 
 わ、嬉しい。
 
 自分がモデルのキャラクターがプロの作家の手で媒体になり、世の中に流通するって考えると、なんかすごい。

 そもそも企画自体が形になるかもわからない、だいぶ曖昧なものではあるのだろうけれど、過剰な期待はしないようにしながらも、楽しみにはさせてもらおうと思った。
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