スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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(柳沢 望)

 マレが『弥那宜』で仕事を頑張っていたから。
 すぐ触発されてしまうわたしはちょろいのかもしれない。
 でも、良い方向で影響を受けるなら、それは決して悪いことではないはずだ。


 ホールは手際の良さ、効率の良さが求められる。それと同等かそれ以上にホスピタリティも必要だ。
 作業や処理は目的ではないのだ。
 全ては、そこで過ごすお客様が、快適に美味しい食事を楽しむため。ひとりならばひとりの時間を、誰かと一緒なら、その誰かとの時間が良いものとなるように。

 意識をすれば動きが変わる。表情が変わる。声のトーンが変わる。


 
「のんちゃん、ありがとう! きょうののんちゃん、いつも以上に細かいところに気付いてくれて、動いてもくれて。頼もしいよ」
 

 めがみちゃんが下げた食器を運びながら声を掛けてくれた。

 
「ね。動きがスピーディーで効率も良いからすぐ片付いちゃった。私やることなくなった!」

「ありますよやること!」
店長が少し慌てた様子で口を挟んだ。

「乃木さんはバットの整理お願いします。のんちゃんのお陰でホール落ち着いてるからちょっと早いけどがんちゃんとのんちゃんは休憩入っちゃって」
 
「え? 私は?」
 
「乃木さんは来たばかりでしょう。バットの整理もお願いしてますよね?」
 
「え? 私は?」
 
「なんで俺の言ったことなかったことにしようとしてるんですか! もー、良いですよ、今日は落ち着いてますし。十分だけずらしてください。そしたら休憩入って良いですよ。今日の感じなら五十分くらいなら俺と田邉くんだけで余裕でしょうし」
 
「やったぁ、言ってみるもんだ。がんちゃん、のんちゃん、十分後ねー! ふたりにちょっと取材したいんだぁ」
 
 乃木さんすごいな。
 シフト的に特別待遇なのは乃木さんとお店との契約にもあることと聞いていたから、今更特に驚くものではないが、仕事内容に関して、店長は乃木さんを特別扱いはしていない。それをしてしまうと、他の従業員に偏りが出るからだ。
 しかし今日の乃木さんは要求を通した。
 店長としては従業員やお客様、お店の売上に影響を与えない範囲ならある程度許容してくれるのだろう。そして、その観点で乃木さんを特別扱いしていないということは、わたしでも誰にも迷惑が掛からないなら融通を効かせてくれるのだろう。
 めがみちゃんと同じ日にエンサイオやイベントに参加するケースが増えるため、めがみちゃんとセットにしてくれたのも、めがみちゃんがわたしのトレーナーであることはわかりやすい理由として掲げてくれているだけで、単純に店長の配慮による融通だった。

 ありがたいなぁ。
 だからこそ、頑張らないと。

 マレの頑張りに触発されているだけじゃない。頑張らなきゃならない理由もあるのだ。
 
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