上 下
80 / 144

吹きあふれこぼれ落ちて

しおりを挟む
 わたしたちはやっぱり双子だ。
 ぶつかるなら同じ力でぶつかり合う。相手が引かないなら自分も引かない。

 その行き着く先が破滅しかないと分かっていても。

「ふたりとも、何を騒いでるんだ」
 
 だからこの声は、最後の砦となってくれた。
 食事のあと一度店に行っていたおばあちゃんがいつの間にか家に戻り、わたしたちの部屋のある二階まで上がってきていた。
 
「だって!」「マレがっ!」
 
 同時に口を開いたわたしたちをひと睨みで黙らせるおばあちゃん。
 おばあちゃんが本気で怒ると、職人気質の塊のようなおじいちゃんの百倍怖い。

 
「ほんと、ふたりともそっくりだね。さすが一卵性双生児だ。まずは順番に話を聴こうじゃないか。どっちが話す? 決められないならじゃんけんでもするかい?」

 
「……いいよ、のんが話しなよ」

 
「ん……大きい音して、心配して声かけたら喧嘩になったの……」

 
 売り言葉に買い言葉を重ねた結果だということはわかっている。

 ひどいこと言われた。未だにショックだし悲しくて悔しくて、怒りを維持していないと多分涙が出てしまう。
 だけど、ひどいことを言った自覚もある。ここで事細かく話して、わたしが放った言葉の刃で、もう一度マレを傷つけることになるのは避けたいと思った。

 
「声を掛けただけでかい?」

 
「びっくりしたから、思わずいきなり扉開けちゃって、それで怒鳴られたから、わたしもムっとしちゃって……」

 
「そうか。他に言いたいことは?」

 
 わたしは首を横に振った。

 
「マレ」
 
 おばあちゃんはマレの言葉を促す。

 
「わたしが大きい音出して、のぞみを怒鳴りつけて……あと、侮辱するようなこと言った……」

 
「どうしてそんなことを言ったか、言えるかい?」

 
「............」


 俯くマレ。おばあちゃんは急かすような素振りは見せない。


「わたしっ……頑張ってたのに!」


 やがて口を開いたマレは、くしゃくしゃの顔で涙に塗れていた。


「色んなもの捨てて! 諦めて! そこまでしていたのに、踊れなくて。もう、踊れなくなっちゃったらどうしようって……今も。今だって、きっとみんな……」

 
 質問には回答していないマレが話し終えるのを待ちながら、おばあちゃんは扉の近くに落ちていたトゥシューズを見ていた。

 
「シューズ、投げたのかい?」

 
「トゥシューズは潰さなきゃいけないの。だからハンマーで叩いてたんだけど……ゴムとリボンも縫わなきゃならないのにソーイングセットは見つかんないし、ほぐしてもどうせ履けないしって思ったらなんか頭に血が上っちゃって、気が付いたら投げつけてた」

 
「マレ。道具はな」

 
「わかってるよっ! 道具を大切にしない人は一流にはなれないんでしょ? 大切にしてるよ。大切にしてたよ! それなのに、こんなっ……それに、トゥシューズは潰さなきゃいけないんだから、壁にぶつけたって良いんだよ」

 
「……それは正しい潰し方かい?」

 
「そういう潰し方をするダンサーはいるよ」

 
 おばあちゃんが問いたいことはそういうことではない。

 
「……正しくない、です。やり方がというより、目的が。わたしは道具に八つ当たりした。のんにも」

 
「焦らなくて良い、なんて言っては無理を強いることになるか?」

 
「わたし、どうしたら良いかわかんない!
練習できなくても現地で学べることはある。同じ空気に身を浸しておくことだって重要だと思う! 離れる時間が長ければ長いほど錆ついちゃうよ……!」

 
 おばあちゃんは黙ってマレを見ている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あいうえお絵本

水あさぎ
絵本
オノマトペで楽しくあいうえお♪ リズムにのってレッツあいうえお♪

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

サンバ大辞典

桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。 サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。 誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。 本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜 心のままに。  新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。  新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。  商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。  葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。  かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。  慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。  慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。  二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。 ※表紙はaiで作成しました。

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら
現代文学
 マランドロはジェントルマンである!  サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。  サンバには男性のダンサーもいる。  男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。  サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。  マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。  少年が抱えているもの。  放課後子供教室を運営する女性の過去。  暗躍する裏社会の住人。  マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。  その時、彼らは何を得て何を失うのか。 ※表紙はaiで作成しました。

処理中です...