スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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マグマ溜まり

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(ストレッチしている希)

 リビングにヨガマットを敷いてストレッチをしているマレ。その表情には苦悶の色が浮かんでいる。

 単にきつい柔軟なのだろうか。
 怪我の痛みは無いと言っていたが、それは日常生活でというだけで、負荷を掛けたら痛みが現れるのかもしれない。もしそうだとしたら、痛みを押して負荷をかけ続けるのは良くない気がするのだが……。

 
「大丈夫?」

 
「大丈夫って何が?」
 

 微かに声色に苛立ちが含まれている。

 
「ちょっと痛そうに見えたから。怪我、傷むの?」

 
 踏み込み過ぎてないか? でも、上っ面の話をしていても仕方がない。

 
「大丈夫だよ」

 
 マレはそっけなく言うと、ストレッチを続けた。
 黙々とストレッチを続けるその姿には、これ以上の会話は拒否する意志が現れているようだった。

 
 飲食店経営のうちはあまり夕食時に全員が揃うということは無い。
 おじいちゃんは店舗で賄いを食べて済ませることが多い。おばあちゃんも本来はそれで良いのだが、家が近いこともあり最近はなるべく家で食事をするようにしていた。多分わたしたちのために。

 家族で囲む食卓はあたたかいが、うちの場合は賑やかといった感じではない。
 おじいちゃんはいたとしても寡黙だし、おばあちゃんも基本的には余計なおしゃべりはしない。
 厳格な雰囲気を望んでいるわけではないが、食事は料理に集中すべきという考え方が根底にあるようだ。なのでテレビもつけていない。こちらも禁じられてはいないが、わたしもマレもそれほど見たい番組があるわけではないので、特に不便はない。

 
 そんな背景があるため、わたしやマレがしゃべらなければ食事は静かに進む。
 普段はそれなりにしゃべるが、今日はふたりともほとんど話さなかった。正確には、マレから話しかけることはなく、わたしは少し緊迫した空気を読んで話しかけるのをやめていた。
 むしろおばあちゃんが何かを察したのか、ふたことみこと、それぞれわたしとマレに話しかけていた。



 あまり会話が発生しない静かな夕食を終えると、マレはリビングと玄関を行き来しながら何かを探しているようだった。

 
 リビングで自分の鞄をひっくり返し、玄関でシューズボックスや小物を収納するキャビネットを開けていた。

 
「のぞみ。ピンクの小さな袋見なかった? ソーイングセットなんだけど」

 探しながら問われた。
 大きい音こそ立てていないが、動きのひとつひとつが荒れてきている。動きからぴりついた苛立ちが小さなプラズマのように迸り弾けている。

 
 片手ほどの大きさで、ピンク字にショップ名が記載された、バレエ専門ブランドのポーチ。
 見てはいないと答えると「そ」と、こちらも見ずに捜索行為に没頭するマレ。

 
「すぐ使いたいの? わたしの貸そうか?」

 
 バレエ専門店のものではないが、簡易的なソーイングセットの機能に大きな違いは無いだろう。

 
「いや、いい。トゥシューズと一緒に置いておいたと思ったんだけどな……部屋にあるかもしれないから、そっち見てみる」

 
 まあ必要無いなら良いけどさ。

 
 部屋に戻るマレについていくように、わたしも自室へと行った。
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