スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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【幕間】 祷の空白12

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 ブラジルはリオにて、二月に盛大に開催されたリオのカーニバル。

 そこに参加するのはサンバの本場ブラジルに在って名門・強豪とされるエスコーラばかり。
 規模を数字で表すなら、ひとつのエスコーラ当たりで数千人がパレードに臨み、山車や衣装など、円換算で億を超える予算が費やされている。

 
 彼からの連絡は、そんな有力なエスコーラが使用した質の高い衣装を、一部譲り受けることができるらしいということ。
 ただし、送料を考えると船便で数百万という金額が見込まれた。
 それであるなら、数人でブラジルに渡り、使えそうな衣装や素材、部材などを持って帰ってくるという少々乱暴な計画が組まれた。

 
 行ける人が行くという建付けで、チームからメンバーへ依頼や任命という形はとっていない。
 一斉配信のメールにて募集された任意の手上げに於いて、手を挙げる返信をしたメンバーの中に、祷がいた。
 

 大学二年生というのは全属性の中で言えば比較的予定に都合がつけやすい部類だろう。

 治樹としては祷に無理をさせないという判断をしていたので心配はあった。
 しかし、専門医より日常生活に戻って良いという評価を得ている祷の行動を制限する理由はもうない。むしろ、祷の性質を考えれば仕方がなかったとはいえ、厳しく制限を掛けていたという負い目も治樹にはあった。
 祷の能力自体は高く評価しており心配は無く、同行メンバーも安心感のある布陣だったため、祷のブラジル行きを許可した。



 入院時の反省を踏まえ、ブラジルに行くことになったと比較的速やかに願子報告した祷だったが、
 
「うそでしょ⁉︎ あれ、応募してたの? だったらその時言ってよ!」

 
「応募時点では確定じゃなかったし……」

 
「姉妹でやってるんだしさぁ、応募するってこと自体共有しとくもんじゃない⁉︎」

 
「がんちゃんも行きたかった?」

 
 行きたかったかと問われれば行きたいに決まっている。が、大学生程には融通の効かない新学期始まって早々の高校生が、急遽決まった滞在期間三週間の海外案件に参加するのは無理があった。

 
 そんなことはあらかじめわかっていたことなので、確認を端折った祷と、いけないことなんて最初からわかっていたけど、「行こうと考えている」ということを共有してほしかった願子との間に、今回もずれが生じていた。

 
「全然わかってないじゃん! 合理的ルートに乗っていないものの切り捨て方が早すぎるんだよ」
 
 行きたかったのに行けなかったことを怒ってるんじゃないからね! そんな八つ当たりみたいなわがまま言ってると思われてることも気に入らない! と、憤懣やるかたない願子。

 
 ぐうの音も出ない姉への追撃の手は止まない。

 
「あれだけ言ったのに! 気持ちの問題なんだって。祷も分かったって言ってたのに!」

 
「ごめんね?」

 
「簡単に謝んないでよっ! 謝ればどうにかなるって感じも嫌! お姉ちゃん嫌い!」

 
「えっ⁉︎ やだやだやだ、ごめんねごめんねごめんね? 嫌いにならないでぇ」

 
「なっ……情けないっ……ふぅ……もう良いよ、ほんと、絶対無理しないでよ? お土産、期待してるからね?」

 
「うん、任せて! 気合い入れてがんちゃんが喜ぶお土産買ってくるから!」

 
「だからっ、気合とか入れないで! 次倒れたり入院したりしたら、ほんとに知らないからね? すごく嫌いになるよ?」

 
「わ、わかった! 肝に銘じます」

 
 そうして祷は、ブラジルへと向かっていった。
 荷物こそそれなりの量ではあったが、入院する日と同様、近所のポストに投函に行くかのごとく気軽な様子で。

 
 
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