スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

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【幕間】 マレ 〜手放したもの〜

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 わたしにはバレエしかない。それだけを追求し、突き詰めてきた。

 ダンスの技術を追求するだけではない。
 バレエは異国の文化だ。

 その歴史や背景を学ぶことで、演目で表現されているストーリー、登場人物の価値観や考え方、想い思惑、感情を理解し、身体を使って表す。
 ヴァリエーションは決まっているから、大きくはみ出した表現はできないしする必要もない。正しく理解すれば、自ずとそのヴァリエーションの意図を追求することになる。
 ただ、その範疇にあって、ダンサーの表現者たる意図や解釈を載せることで、そのダンサーのダンスに昇華されるのだ。

 異国の文化を理解するには、言葉を識らなくてはならない。
 異国の文化を学ぶなら指導者や資料なども本場やその文化の先進国の言語に依存しているだろう。
 本気で学ぶなら現地で、ということになるなら語学の取得は尚必須だ。その場合加えてコミュニケーション能力や適応力も求められる。
 それを、例えば学生なら、学生の本分を全うしながら追求しなくてはならない。

 
 挙げればきりがないが、身体づくりとダンス技術の習得、維持だけでも空き時間のほとんどを費やす必要がある。
 その他必須のスキルを身に着けようと思えば、生活の、大げさに言えば人生に於ける取捨選択をせざるを得ない。

 
 わたしは、「それ以外」のほとんどを削った。

 
 学力は進級進学さえできれば足りる程度あれば良い。
 但し、物事を理解し、追求するなら論理的な思考力、人の営みや感情を汲み取り読み取る想像力が求められる。
 表現されている物語は在る時代、在る国でのことを切り取ったもの。
 全体的な流れを理解しておくに越したことが無い。世界の歴史や政治、経済の流れを知らなくて良いわけがない。
 物理の影響下の中で身体を作り、使うなら、物理学や数学、栄養学の能力や知識も要るだろう。
 要は、総合力が要るのだから、結局まずは勉強で基礎を身に着けていくしかない。
 時間を割けない中でそれを果たすなら、自ずと授業を集中して受け、バレエに充てられないような休み時間や通学時間などを使って予習復習をするしかない。

 
 家族の時間は、一緒に住んでいることで得られる日常的な関りがあるから皆無になったわけではない。
 普段の練習や単発のワークショップ、コンテストなど、父や母には送り迎えをしてもらえることもある。そこでも会話はあるし、コンテスト結果や先生からの提案、わたしの希望などを常に更新しながら、「この後どうしていくのか」を相談させてもらってもいる。
 この後というのは、進学のタイミングなど近い将来における進路についてだ。
 バレエはとてもお金がかかるが、本気で学ぶならバレエが隆盛しているいくつかの国のいずれかに留学できた方が良い。学費の免除や奨学金が得られるかどうかなど、条件によって何ができるかも変わってくる。
 お金を出してくれるのは親なのだから、常に相談はさせてもらっていた。
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