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【幕間】 祷の空白 プロローグ〜1
しおりを挟む(姫田 祷)
その日は、望という名を与えられたわたしが、祈りと願いという意味を持つ名の姉妹、姫田祷と願子の姉妹との再会を果たした日。
その日は、私の運命を少しだけ変えるきっかけになる日となった。
それはわたしの物語で語られていくだろう。
ここで綴られるのは、わたしにそのきっかけを与えた、姉妹の姉、祷についてだ。
幼馴染であるわたしたち三人。
ほんのひとときではあるが、わたしは同じ地域に住む姫田姉妹と公園などで遊ぶ仲だった。
正確に言えば、子どもながらに妙な魅力とカリスマ性と指導力とリーダーシップを発揮していたいのりちゃんが、公園で遊ぶ子どもたちを次々と仲間にしていって、いつの間にか大所帯でみんなで遊ぶようになっていたという構図だ。
わたしはその頃、いのりちゃんに憧れていた。
引っ越しをして疎遠になった姉妹とは、高校入学後、入ったバイト先でたまたまトレーナーとなったのが姉妹の妹めがみちゃんだった。
わたしはめがみちゃんとのやり取りの中で、いのりちゃんに会いたいことを伝えていた。
それが今日、叶うのだ。
席について、簡単な改めての自己紹介を終えて早々、めがみちゃんは姉への不満を口にした。
「のんちゃんにはこの前話したけど、このひと、ホントどうかと思う」
「だからごめんってぇ」
困ったようないのりちゃんの顔にはどうやら反省の色はあまりない。
「みんなどれだけ心配したか! わたしだって……」
これはしばらくめがみちゃんに許されそうもないなぁ。
いのりちゃんの数年の様子は、彼女のSNSで知ることができた。
けれど、ここ直近については空白があった。
当事者同士による当時の様子が語られた。
~~スルドの声 外伝~~ 祷の空白
病院の自動ドアが開き、気圧差で吹き付けた風が緩くまとめた髪を揺らした。
少し風があり、厳しさを感じさせなくなっている空気が遠からず訪れる春を期待させる。軽やかな風を向かいに受けながら駅へと向かう姫田祷の表情は暗くはなかった。
祷が出てきたのは心臓専門の病院だ。地域の総合病院の系列で、隣接して建っている。心臓に関する検査や専門医の問診に特化した機能や施設を持つ病院だが、隣の総合病院と比較しても同程度の規模感があった。
設備だけでなく、ここの専門医は名医が多いと評判が良かった。
地元に近い場所にそのような病院が存在していることは、祷にとって幸運だった。
祷にはこれまで特に大きな病歴は無く、かかりつけ医と呼べるような医者はいなかった。
必要に迫られ病院に行く際は、地元の総合病院か、学校など生活圏の近くにある個人病院や総合病院など、症状に適した診察が受けられ宇病院を、主に立地によってのみ探し、受診していた。
たいていの場合、前回病院に行ってから一年以上経っているため、どの病院にしようが初診扱いになる。そもそも生活の中に病院に行くという行為がほとんど発生しない祷にとっては、便利さ以上に病院に求める要素なんて無かった。
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