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スルド練習
しおりを挟む(柳沢望 自主練前のカフェでのひと時)
わたしの指導係は『プリメイラ』のソータだが、今スルドで完全な初心者はわたしだけだ。『ソルエス』のスルドメンバーたちは総がかりでわたしの面倒を見てくれていた。もちろん、年次の浅いめがみちゃんやいのりちゃんは指導を受ける立場も継続していたが。
とにかくここまでされては、楽しみがまだ見いだせないなんて言ってはいられないし、せっかくやるのだから早くイベントにも出たかった。
イベントに出るということになれば練習も気合が入るし、イベントによる楽しみも享受できる。
積極的な自主練を辞さない気持ちになっていたわたしは、いのりちゃんとめがみちゃんの自宅に来ていた。
使われていない一部屋をいのりちゃんがスタジオ化していて、そこで自主練をすることになったのだ。撮影用の機材が置かれ、壁面は防音仕様になっていた。
(やっぱりお金持ちのおうちは違うなぁ)
しかしこの部屋そのものはいのりちゃんの両親の家の一部だが、機材や設備などはいのりちゃんが自費で設えたものだ。
いのりちゃんはただのお金持ちのお嬢さんじゃない。
そのことがなんだか少し嬉しく誇らしくあった。
スルドを鳴らす。
かなり大きな音が部屋中に響く。
反響しすぎず吸音しすぎずちょうど良い音で演奏しやすかった。
この音が、部屋の外では気にならない程度の音量に抑えられているらしい。いのりちゃんもめがみちゃんも遠慮なく楽器を鳴らしていた。
このスタジオでは動画撮影なんかもできる。
ルカやササがサンバをするかはかなり微妙だが、いのりちゃんの動画と何らかのコラボができる程度のネタさえあれば、一緒に作るということはできそうだ。本気でなんか考えるように伝えてみよう。
「のんちゃん、楽器も音楽も経験無いって割には筋良いよね」
「うん、わたしすぐ抜かれちゃいそう。がんばんなきゃ」
「めがみちゃん上手じゃん! 基本的な動きだからこそ、わかりやすい格差があると絶望感しかないんだけど」
「最初は周りがみんな特別うまく見えるもんだよ。反復練習してるとある日突然身に付いたりするからね。なんて言うんだろ? 意識してやっていたものが、ある時を境に急に無意識でできるようになってるみたいな?」
そうなのかな。だとしたら少しは希望が持てる。
めがみちゃんもまた、少し前に初心者としてスルドを始めた立場だ。それが今やベテランに混ざって演奏していてもなんら遜色のないプレーヤーに成長している。その成長までの道筋は身近なロールモデルとして参考になるはずだ。
「わー、がんちゃんさすが、せんぱいみたーい」
「なんでバカにすんのっ?」
「えー? してないんだけどなぁ」
「笑ってんのが腹立つ」
「えー」
「ふー、基礎もまだまだだから、テルセイラやるとなると大変だよね、きっと」
果ての無さそうな道行きに、少しげんなりする。
「でも、私ものんちゃん筋良いと思うよ。のんちゃんならできそう」
え、うれしい。
いのりちゃんは実のないお世辞なんて言わない。だからその言葉は素直に受け止める。
「のんちゃんテルセイラ志望?」
「んー、うん、格好良くって」
「うんうん、テルセイラ格好良いよね! キョウさんがやってるの観て、あれ自体がショーになりそうだったもん」
「動き複雑だから、難しそう……」
「簡単じゃなさそうだけど、テルセイラってプリメーラやセグンダの二倍から三倍くらい人数必要だから、のんちゃんがテルセイラになったらチームとしても厚みが出るよ」
それに、私たちがプリメイラとセグンダだから、のんちゃんがセグンダでユニットみたいになって演奏しても面白いよね、といのりちゃん。
うわ、それはかなり魅力的だ! 俄然テルセイラやりたくなってきた。
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