上 下
17 / 132

燻り

しおりを挟む
 偶然の出会いに頬を綻ばせているバイト先の先輩。
 その無邪気な笑顔があの頃の笑い顔に重なる。

 
 無垢な笑顔だ。何の苦労も悩みも感じさせない、笑顔。

 
 お金持ちの家で育って。
 素敵なお姉さんがいて。
 本人は何もしてないのに、いつもたくさんの友だちに囲まれて。

 
 わたしは一緒に遊んだ友だちだったけど。
 めがみちゃんを気に入らないと思う感情は確かにあった。

 
 ほどなくして引っ越したわたしは、その町で過ごした幼き日の記憶は日に日に薄れていき、比例するように抱いた感情も小さく、認識できないものになっていった。
 一方、いのりちゃんはわたしのことを気にかけてくれていて、しばらくは手紙のやり取りが続いていた。いつしか年賀状のみの送り合いになり、それもそのうち途切れてしまったが。



 この前カヨは冗談混じりにわたしのことを「お嬢」なんて言ってたけど、めがみちゃんにこそ、その言葉は相応しい。
 物語に出てくるような深層のご令嬢ってほど大袈裟なものではないが、背景や環境で評価すれば充分に当てはまる。
 幼い頃と同じような笑顔で微笑んでいるこの人に苦労は似合わない。きっと健やかに過ごしてきたのだろう。
 バイトが必要になるような経済状況ではないだろうから、社会勉強か何かだろうか。まあその辺の動機に関してはわたしも困窮をあげているわけではないが、それでも決して経済的に余裕があるなんてことはない。お金を稼ぎたいという、バイトをする上で真っ当な動機を持っている。道楽で働きたいわけではないのだ。

 などと。

 めがみちゃんの現在も、目的も、考えや気持ちも、なにも知らないまま想像でそんなことを考えてしまうわたしの中には、残っていたのかもしれない。

 認識できないほど小さくなっていた、けれど、決して消えたわけではなかった感情が。

 その感情の名は、今ならわかる。
「嫉妬」、だったのだろう。
 今なお燻っているのだとしたら、過去形にはできないか。


 あー、やだやだ!
 格好良く稼ごうと思って入ったバイトだ。
 おばあちゃんみたいに、筋の通った格好良い大人になろうと思っていたのに。
 まさか子どもの頃に抱いたわがままな嫉妬心を呼び起こされる羽目になるだなんて。

 幸いというか、それはそれでモヤる気持ちは湧くものの、めがみちゃんはあの頃のことをあまり覚えていない。大枠では覚えていても、細かい部分は記憶していないようだ。
 わたしの方からわざわざ過去の話を振らなければ、その話題に波及することはないように思えた。

 嫉妬心など完全に消えているなら、懐かしい話に幼馴染同士の共通の話題として純粋に盛り上がることができるのかもしれないが、あいにくわたしは心の奥底に未熟な嫉妬心の存在を認めてしまった。それをわざわざ刺激する必要はない。
 醜い心が消えないものは仕方がない。最初から聖人君子なんて目指してない。それを見ない振りせずきちんと認めて、変に暴れ出したりしないようコントロールしながら、共生すれば良いのだ。


 認めるうえで、消化すべきことできることは、済ませておくに限る。


「めがみちゃん、よりがんちゃんの方が良いのかな? そもそも、先輩だから姫田さん?」

「呼びやすい呼び方で良いよ。敬語も別にいらないからね」

 笑顔のめがみちゃん。それなら遠慮なく、敢えて幼い頃の呼び方で。

「じゃあめがみちゃん。あの頃、めがみちゃんの名前、いじったことあった。今更だし今言われても困るかもしれないけど、ごめんなさい」

「そーだった? 結構いろんな子に言われてたから、そういうことがあったのは覚えているけど、誰になにを言われたかなんて覚えてないから、気にしないで」

 相変わらず笑顔のめがみちゃん。
 自分の気持ちが軽くなるためとも取れる謝罪も笑顔で受け入れてくれた。

 ああ、立派な人だな。
 健やかで豊かに育った人は、心にも余裕があるのかもしれない。
 ノブレスオブリージュってやつ、か。


 消えない心の奥底の燻りが。
 なぜだか少し疼いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...