スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら

文字の大きさ
上 下
9 / 218

始まりの予感

しおりを挟む
『今日、焼き肉なのですか?』
『エビが食べたいわ』
「巣をきちんとどうにか出来たらね」
 鼻息荒く大きな鼻面を押し寄せてくる。
 私はなんとか押し返す。約束した以上、焼き肉しなければ。ディレックスに行かねば。
 巣の掃討作戦に参加を伝えると、熊の職員さんは丁寧にお礼を言ってきた。私は戦わないけどね。ビアンカとルージュだけどね。
「晃太も来てよ」
「え、嫌や」
「支援魔法使えるやろ? 必要な時に、使ってもらわんと。来るよね?」
 有無を言わせない笑顔を浮かべると、しぶしぶな様子で頷いた。
 一旦席を外した、熊の職員さんが戻って来る。
「ミズサワ様、掃討作戦に参加する冒険者パーティーが一つ決まりました。後、必要数確保できましたら、出発の準備となります」
『人は必要ないのです。ルージュと2人で十分なのです』
『そうね、邪魔ね』
 お二人さん、お二人さん。
「あの、ビアンカとルージュはあまり冒険者の方にご足労頂かなくてもいいと」
 私はオブラートに包んで答える。
「そうですか。頼もしい限りです」
 いらない、というビアンカとルージュだが、巣の掃討後に、ゴブリンは証明として右耳を切り取らなくてはならない。我らには無理だ。それに証人いるしね。
「冒険者パーティーの方とご挨拶した方がいいですよね」
「そうですね。今、受け付けにいますので」
 熊の職員さんとご挨拶に向かう。
「彼らがBランクパーティーの『金の虎』です」
 おおおぉぉぉッ、猫の獣人さんだッ、耳、かわいかあッ。触りたかあッ。でも、よほど親しくないと、確か失礼になるらしい。我慢我慢。3人は猫の獣人さん、2人は人族さんだ。 
「リーダーのファング」
 大きな人だ。獣人の男性で、大きな剣を携えている。髪が立派な金髪だ。強そう。
「斥候のリィマ」
 スレンダーな獣人女性。きりっとして綺麗な人だ。
「タンクのガリスト」
 これまた大きな人。こちらは人族男性。盾を持っている。
「風魔法剣士のアルストリア」
 すらっとした獣人男性。腰に剣。顔に小さなタトゥーしてる。
「ヒーラーのフリンダ」
 最後はローブ姿の人族女性。穏やかそうな人だ。うん、私のイメージのヒーラーさん。
「こちらは、テイマーのユイさん。そして弟のコウタさん」
「よろしくお願いします」
 私達は頭を下げる。私と晃太はまったく戦力外だ。
「噂のテイマーか」
 リーダーのファングさんが、へえ、みたいな感じだ。まあ、当然だよね。もろに、一般人だしね。格好からしても、もへじ生活のシャツとズボンだしね。
「私と弟は戦力外だという自覚はあります。皆さんのお邪魔にならないようにしますので」
「ふーん」
 じろじろ見られる。
 今度は斥候の女性だ。
「いいんじゃない? 自覚あるなら」
 ちょっと鼻で笑うような言い方。
  グルルルルルッ
 唸り声を上げるビアンカとルージュ。
 一斉に下がる金の虎の皆さん。
「ちょっと2人とも、やめてん」
『気に入らないのです。ユイをバカにしたのです』
『ユイは私達のマスターなのよ』
 眉間にシワを寄せ、牙を剥き出し、唸り声を止めない2人。私の為だろうけど、ギルド内の空気が一気に悪くなる。
「止めてって、焼き肉なしにするよ」
『止めるのです』
『焼き肉、焼き肉』
 現金やね。
 牙剥き出しにしたのに、おねだりする時の目ですり寄って来た。この変わりようの激しさ。
「もう。皆さん、すみません。唸らないように言って聞かせますから」
「あ、ああ、こちらも失礼した」
 リーダーのファングさんが上ずった声で答えてくる。
「では、明日朝出発になります。ミズサワ様、ジェネラルがいた場所分かりますか?」
「ビアンカ、分かる?」
『分かるのです。森の中なら、私のフィールドなのです。巣ぐらい分かるのです』
「そうなん? ビアンカが巣の場所分かるそうです」
「そ、そうですか」
 熊の職員さん、びっくりみたいな感じだ。
「どれくらい歩くと? 姉ちゃんの歩行速度で」
 晃太が聞く。
『そうなのですね。朝出れば、昼前には着くのです。おやつ休みを入れてなのです』
 はいはい。おやつね。銀の槌のケーキやディレックスやもへじ生活のお菓子に味をしめたビアンカとルージュ。たまにゴロンとしておねだりしてくる。私の勝率はかなり低い。ほぼ連敗してる。
 帰ったら、買いに走ろう。
 熊の職員さんに説明して、明日の朝、アルブレンの門前で集合することになった。

 ログハウスに戻り、ゴブリンの巣の説明すると、母が反対した。
「なんで優衣と晃太が行かんといかんと?」
「お母さんの言いたいこと分かるけど、ビアンカとルージュが行くのに、主人の私が行かんのはね」
『大丈夫なのです。私とルージュがいるなら、何が来ても守れるのです』
『体調も大分いいし、ゴブリンぐらいで遅れは取ることもないわ』
 ビアンカとルージュは衰弱と栄養失調症か極度状態から、軽度になっている。本人にすれば、妊娠中から、もともとこれくらいだと。
『大丈夫なのです』
『心配ないわ』
 ビアンカとルージュの説得で、母はしぶしぶ納得した。
 それから、ディレックスやもへじ生活に通う。
 お肉や魚、野菜、ウインナー、パンを買う。
 日帰りにしたいが、野宿になった場合の為に食事の準備をした。後念のためにブランケットも準備。まさか冒険者の皆さんや警備兵の皆さんの前でルームは使えないしね。
 と、いうことでシチューを作った。ホワイトシチュー。
 母、父、晃太が焼き肉の準備。多分、帰って来たら焼き肉になる。
 うん、いい感じに玉ねぎ透き通って来た。
『焼き肉なのですか?』
『焼き肉?』
 ビアンカとルージュがルームとダイニングキッチンの境目で、そわそわしてる。
「巣ばちゃんとなんとかしたらね」
 私はシチューの素に鍋の煮詰めている汁を入れてある程度溶かし、牛乳を入れて更に溶かして鍋に投入。シチューの素が固まらないように混ぜる。味見、うん、まずまず。
 鍋一杯に作った。
「あ、おやつもいるね。お母さん、おやつ買って来るね」
「うん、分かった。お肉とエビ、野菜とか足りんけん。それもね」
「分かった。晃太、来てん」
「ん」
 私は小銭入れに金貨をびっしり入れて、晃太と異世界への扉を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら
現代文学
 マランドロはジェントルマンである!  サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。  サンバには男性のダンサーもいる。  男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。  サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。  マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。  少年が抱えているもの。  放課後子供教室を運営する女性の過去。  暗躍する裏社会の住人。  マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。  その時、彼らは何を得て何を失うのか。 ※表紙はaiで作成しました。

太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜 心のままに。  新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。  新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。  商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。  葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。  かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。  慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。  慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。  二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。 ※表紙はaiで作成しました。

サンバ大辞典

桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。 サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。 誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。 本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

処理中です...