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かつて住んでいた、これから住む町
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この辺の町並みはあまり変わっていないな。あの家も、このポストも見覚えがある。
この道をまっすぐ進めば、そろそろ見えてくる。
道の先には、古民家ほどの風情はなく、農家の家ほど広い敷地でもない、大きい家だが屋敷と呼んでしまうと大袈裟になりそうな、でも造りはしっかりしていそうな民家が見えてきた。
古い日本邸宅は、一度リノベーション工事を入れているので、中身は見た目ほどには古くない。
最近の住戸についているような来訪者の録画ができるインターフォンを押さず、昔ながらの引き戸を開ける。カギはかかっていなかった。
「おばーちゃーん、来たよー!」
「おお、待ってたよ。歩きじゃ疲れたろ」
「んーん。荷物もあんまないし、散歩みたいな感じできたからへーき」
「歩けるうちは歩かんとな。ゆるりと町を眺めながら歩くのも悪くないだろ?」
楽なら良い、早ければ良い。というわけじゃない。負荷や余裕が人生の彩になるのだとおばあちゃんは笑った。
「荷物、部屋に入れといたから。荷解きはおいおいやんな。今日は十九時から『弥那宜』で歓迎会やるからね」
生活に必要な道具は予め配送してあった。大きな家具は先行して購入し搬入済みなので、道具といっても衣類などこまごまとしたものばかりで、段ボール五箱分くらい。しばらくは箱に入れたままでも良いと思っていた。
(歓迎会、か……)
『弥那宜』はおじいちゃんの蕎麦屋だ。
名字の柳沢から柳を取って弥那宜の字を充てた屋号で、「どこまでもあまねく良い」といった意味が込められている。
普段は二十一時まで営業しているが、今日はわたしの歓迎会のため早く閉じるのだそう。ちなみにフランチャイズのお店は「やなぎや」で展開し、原点である弥那宜とは分ける戦略を取るらしい。
結構時間あるな。
「ゆっくりしてるならお茶淹れようか」とおばあちゃんは言ってくれたが、「天気気持ちいいしまた駅らへんまで行ってくる」と、手荷物を置き、スマホと財布だけ持って家を出た。
「のんは元気で良いな」
おばあちゃんは嬉しそうにしていた。
温かいとまでは言えないが、軽装でも寒くない空気は軽やかで、新鮮さと少しだけ緊張感を含んでいるような風が肌に心地よい。
先ほどとは異なる道順で駅まで向かってみる。
(あ、この公園あの頃のままだ。なつかしー)
ありきたりな遊具は一通り揃っていて、更に木製のアスレチックもある公園だ。
アスレチックは当時から年季を感じさせる木材で組みあがっていたので、十年の年月を経ても特段「古びたな」とは思わせず、時がとまっているようだった。
春休み期間ということもあり、公園は子どもでにぎわっていた。
十年の年月は、この町では子どもの数の増減にあまり影響はなかったのかもしれない。
当時の様子が頭の中でオーバーラップした。
高台とも近く、高級住宅街の子どもたちもこの公園に訪れていて、一緒になって遊んだ。仲良くなった子もいた。
今ここで遊んでいる子たちも近隣の子と高級住宅街の子が混ざっているのだろうか。
当時子ども心に、分け隔てなんて感じなかった。今見る限りでも、特段の差や区別は見て取れない。
言っても高級住宅街の住人だって貴族やセレブなどではなく一般人が殆どだし、そうではないエリアの住人だっていわゆる貧困層ではないから、目で見て露骨にわかるような格差ってのはあまりないのかもしれない。
公園をきっかけに蘇った幼き日の思い出を反芻しながら駅までいく。
途中で当時は無かったオブジェがあったので記念に自撮りしておいた。
これから毎日この町で過ごすのだから、記念ってのもおかしいかな? と思ったが、まあ初日なんだからやっぱり記念だよねと思い直した。
この道をまっすぐ進めば、そろそろ見えてくる。
道の先には、古民家ほどの風情はなく、農家の家ほど広い敷地でもない、大きい家だが屋敷と呼んでしまうと大袈裟になりそうな、でも造りはしっかりしていそうな民家が見えてきた。
古い日本邸宅は、一度リノベーション工事を入れているので、中身は見た目ほどには古くない。
最近の住戸についているような来訪者の録画ができるインターフォンを押さず、昔ながらの引き戸を開ける。カギはかかっていなかった。
「おばーちゃーん、来たよー!」
「おお、待ってたよ。歩きじゃ疲れたろ」
「んーん。荷物もあんまないし、散歩みたいな感じできたからへーき」
「歩けるうちは歩かんとな。ゆるりと町を眺めながら歩くのも悪くないだろ?」
楽なら良い、早ければ良い。というわけじゃない。負荷や余裕が人生の彩になるのだとおばあちゃんは笑った。
「荷物、部屋に入れといたから。荷解きはおいおいやんな。今日は十九時から『弥那宜』で歓迎会やるからね」
生活に必要な道具は予め配送してあった。大きな家具は先行して購入し搬入済みなので、道具といっても衣類などこまごまとしたものばかりで、段ボール五箱分くらい。しばらくは箱に入れたままでも良いと思っていた。
(歓迎会、か……)
『弥那宜』はおじいちゃんの蕎麦屋だ。
名字の柳沢から柳を取って弥那宜の字を充てた屋号で、「どこまでもあまねく良い」といった意味が込められている。
普段は二十一時まで営業しているが、今日はわたしの歓迎会のため早く閉じるのだそう。ちなみにフランチャイズのお店は「やなぎや」で展開し、原点である弥那宜とは分ける戦略を取るらしい。
結構時間あるな。
「ゆっくりしてるならお茶淹れようか」とおばあちゃんは言ってくれたが、「天気気持ちいいしまた駅らへんまで行ってくる」と、手荷物を置き、スマホと財布だけ持って家を出た。
「のんは元気で良いな」
おばあちゃんは嬉しそうにしていた。
温かいとまでは言えないが、軽装でも寒くない空気は軽やかで、新鮮さと少しだけ緊張感を含んでいるような風が肌に心地よい。
先ほどとは異なる道順で駅まで向かってみる。
(あ、この公園あの頃のままだ。なつかしー)
ありきたりな遊具は一通り揃っていて、更に木製のアスレチックもある公園だ。
アスレチックは当時から年季を感じさせる木材で組みあがっていたので、十年の年月を経ても特段「古びたな」とは思わせず、時がとまっているようだった。
春休み期間ということもあり、公園は子どもでにぎわっていた。
十年の年月は、この町では子どもの数の増減にあまり影響はなかったのかもしれない。
当時の様子が頭の中でオーバーラップした。
高台とも近く、高級住宅街の子どもたちもこの公園に訪れていて、一緒になって遊んだ。仲良くなった子もいた。
今ここで遊んでいる子たちも近隣の子と高級住宅街の子が混ざっているのだろうか。
当時子ども心に、分け隔てなんて感じなかった。今見る限りでも、特段の差や区別は見て取れない。
言っても高級住宅街の住人だって貴族やセレブなどではなく一般人が殆どだし、そうではないエリアの住人だっていわゆる貧困層ではないから、目で見て露骨にわかるような格差ってのはあまりないのかもしれない。
公園をきっかけに蘇った幼き日の思い出を反芻しながら駅までいく。
途中で当時は無かったオブジェがあったので記念に自撮りしておいた。
これから毎日この町で過ごすのだから、記念ってのもおかしいかな? と思ったが、まあ初日なんだからやっぱり記念だよねと思い直した。
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