134 / 170
自己紹介(いのり、アリスン)
しおりを挟む(姫田 祷)
(アリスン・アシェル)
今回のイベントはある意味余興に過ぎない。そのための集まりの、気軽な決起会中ではあったが、期せずして実はハイレベルなエスコーラに所属しているのだという気付きに、私は秘かに気を引き締めていた。
そんな私の内心など関係なく、場は進んで行く。
「次は私だね。いのりです。大学二年生。がんちゃんの後を追ってスルド始めました。今ではブラジル行くくらい楽しんでます! 好きな食べ物はシチューとハムサンド。あと私もからしーふーど好きです。推しは……リスかなぁ? たぬき?」
いや、がんちゃんを見てるよね?
本人は積極的に開示をしていないが、妹に対する強い愛情は、彼女の個性のひとつとして認められているようだった。
いのりの凄さはこの自己紹介では語られなかった部分だろう。
経営、運営、企画、営業、集客、集金……おおよそ学生とは思えない分野の能力に長けていて、まだチーム歴は浅いながら、既に根幹を支えるメンバーのひとりになっているようだった。
ビジネス能力だけではなく、かつて吹奏楽部だったこともあるからか、音楽の分野でも多岐に亘る才能を発揮し、パフォーマーとしてもスルド奏者に加え、多彩な役割で人材が潤沢とは言えないチーム内にて必要な役割を臨機応変に担ってもいる。
今回のこの企画も、私が原案の発案者となっているが、いのりの扶けは多分に受けていた。
「シチューってぼたんなべのこと?」
「私イノシシじゃない! いや、イノシシだったとして、好物にイノシシの鍋挙げるのおかしいし、シチューって言ってるんだから鍋って訊くのおかしいし、イノシシだったとしてってのもよく考えたらおかしいし、いのこって呼んでるのるいぷるだけだからね?」
すごいなるいぷる。たった一言であんなに間違えているポイントがあるってことだ。いのりがあんな感じになるのも恐らくかなり珍しい。るいぷるのみになせる業だろう。
いのりからの長め指摘を受け、るいぷるはなぜか満足そうに「くぅー、たまらんのぅ」などと言っている。どういう情緒だろう。
いのりとるいぷるの騒がしさなど気にもせず、アリスンが立ち上がる。ふわりと金糸のような髪が揺れた。
立っただけなのに絵になるなぁ。
「アリスンです。スウェーデン出身です。ルイとは同じ高校の軽音部で一緒にバンドやっています。『ソルエス』でバンド隊に所属しているKOHとタローも一緒です。バンドではベースとヴォーカルです。好きな食べ物はサーモンで、推しはMINAMIです」
西洋のお人形さんのような見た目に反し、よどみない日本語ですらっと紹介を終えたアリスン。
「サーモン! わたしもそれすっきやん! あれ? わたし好きな食べ物とか言えてなくない? わたしも! サーモン! 好きなの! ねーねー、今度とろサーモンレアカツ丼食べいこーよー」
え、なにそれおいしそう。
なんでも代々木にあるシーフードバーで食べられるそうだ。美味しいものが食べられるお店やおしゃれそうなお店に詳しいところは、さすが広告代理店勤めの大人の女性だな。
と思ったが、まだサーモンのくだりでアリスンにだる絡みしているるいぷる。
そんなるいぷるにも、にこにこしながら「サーモンおいしいよね。いくらも良いよね」と、あくまでも平常心。あくまでもスタンスを崩さない。アリスンもなかなかのメンタルの持ち主なのかもしれない。
「あー、さーもんたべたぁい……買ってくればよかったぁ」
るいぷるは本気でサーモンが好きだったようで、もうずっとサーモンのことを言っている。もう誰も相手にはしていない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火
桜のはなびら
現代文学
マランドロはジェントルマンである!
サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。
サンバには男性のダンサーもいる。
男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。
マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。
少年が抱えているもの。
放課後子供教室を運営する女性の過去。
暗躍する裏社会の住人。
マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。
その時、彼らは何を得て何を失うのか。
※表紙はaiで作成しました。
千紫万紅のパシスタ 累なる色編
桜のはなびら
現代文学
文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。
周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。
しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。
そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。
二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。
いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。
※表紙はaiで作成しています
太陽と星のバンデイラ
桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜
心のままに。
新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。
新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。
商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。
葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。
かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。
慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。
慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。
二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。
※表紙はaiで作成しました。
サンバ大辞典
桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。
サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。
誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。
本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
スルドの声(反響) segunda rezar
桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。
長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。
客観的な評価は充分。
しかし彼女自身がまだ満足していなかった。
周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。
理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。
姉として、見過ごすことなどできようもなかった。
※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。
各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。
表紙はaiで作成しています
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
スルドの声(交響) primeira desejo
桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。
高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。
ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。
出会ったのは、スルド。
サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。
姉のこと。
両親のこと。
自分の名前。
生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。
※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる