スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら

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【幕間】 祷 cor primária do céu 9

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(穂積と祷)


 ブラジルはサンパウロへ向けて、羽田を発った祷たち。

 直行便は無いので、中東のハブ空港を経由する。
 アブタビ空港に降り立った祷たちは、サンパウロ行きの便の時間との兼ね合いもありほぼ一日ヤス島で過ごすことにしていた。
 十二時間のフライトの疲れを一旦癒す名目だが、全員がっつり観光する気満々なので、結果としてはここを発つ深夜の飛行機でゆっくり眠れることだろう。

 
 フランスが誇る世界最大級のルーブル美術館。
 フランス国外で唯一その名を冠した『ルーブル・アブタビ』は単にルーブル美術館の(廉価版的な)別館ではない。
 ルーブル美術館やベルサイユ宮殿美術館から貸し出された本物の美術品も多数展示されているだけでなく、ルーブル・アブタビ独自の展示品は博物学的好奇心をも満たす。


 
「やっぱり中東の展示物多いね」

「へぇ、知らない文明がいっぱいある」


 
「なるほどねー。俺なんて審美眼ないから芸術作品見せられても『へぇ』とか、『あ、これは見たことある』とかしか思わないけど、世界がどういう歩みを辿ってきたのかがわかるな。学生の頃に見たかった」

「マッサン世界史得意だったの?」

「逆だね。文明単位とか、中国やヨーロッパといったエリア単位で分断して学ばされたから、いまいち繋がりがわかってなかった。
こうやっていつ、世界のどこで、どのような文明が興ってきたのか。時系列と場所がわかりやすく可視化されてると理解しやすいわ」

 

「この建物自体すごくない?」

「この天井やばー!」

「有名な建築家の設計みたい。『光の雨』だって」


 
「どう? なんか参考になった?」

「んんんんん……マルガは?」

「私は、まあ。宿題課されてるわけじゃないし」

「こういうのは『観て』『感じ』さえすれば良いんだよね。直接的なインスピレーションを受けて媒体やインテリアに落とし込めれば、そりゃあ『成果』なんだろうけどさ、それだと単品だもんね。自分の中を最高峰のアートを通したことによる、『ルーブル・アブタビ』後の私は、アブタビ前の私とは何かが違っているはず」

「あはは、さすがジアン。それっぽいこと言わせたらそれっぽい感じになるねー」

「インチキみたいな言い方しないでよ。広告って別に嘘じゃないからね? でもさ、アートってそういうことだと思うよ? 知識とか背景とかなぜそれが評価されているのかとかを語るんじゃなくて」

「まーね。芸術の前で小理屈捏ねてんのはセンスないとは思う」


 
「ここ、なんかのレポートにする?」

「うん、せっかくだからね。でも、文章はあまりいらないと思う。観て楽しんで感動する場所だからさ。ここ、フラッシュ使わなければ写真OKみたいだし、色々撮って画像中心の記事にしようよ。画像のスライドとか短めの動画もいっぱい取っておいて配信しよう」

「じゃ、さっそく撮ろー。はい、いのり顔つくって! いくよー。……いぇー。美術館に来てるよー! あー、ほら、ナポレオンいる!」

「ここが私のぉっ、あなざーすかいっ」

「あはははははは、いのりうけるっ」
 

 年齢も職業もばらばらな五人だったが、芸術の前ではそれぞれの人生と経験に基づく感想は抱きつつ、芸術たちはただ平等にその場に在った。
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