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オープン
しおりを挟むさあ、いよいよお店がオープンする。
体形が私とあまり変わらないしょーちゃんからドレスを借りて(しょーちゃんからは、辞めたらもう使わないから入店が決まったら自分でドレスを買うまでのつなぎとして、使えそうなドレスは全部譲ると言ってくれた)身につけた。黒いバックオープンのミディドレス。肩も背中も出ていてハリウッドセレブかって感じだ。セクシーだけど色味がシックなので上品さや大人っぽい雰囲気が強い。
うん、大丈夫。抵抗はない。
髪のセットは要さんに教えてもらった。ハーフアップにして毛先を巻き、サイドは少し編み込んだ。それだけであっという間にキャバ嬢みたいな雰囲気になった。
メイクはナチュラルに上品に。でも目ヂカラは少し意識して、さりげなく盛る。
「おおー! 誉ちゃん、すごい似合うねそれ! 私が着ると西洋の喪服みたいだなぁって思ってたけど、誉ちゃんが着てると超高級店みたいじゃん! 逆にこんな店じゃ場違い?」
失礼ねっ、とママはしょーちゃんを小突きながらも、仕上がった私を褒めてくれた。
そういうママは、パールホワイトにゴールドをあしらったゴージャスなドレスで、もとより漂わせていた色香に妖艶さと華やかさが加わっていた。今日はドレスだが、こういうお店のママらしく、和装のこともあるらしい。
要さんやしょーちゃんもまた、花や蝶に例えられるキャストに相応しい出立ちに変身していた。
しょーちゃんは自虐みたいなことを言っていたが、大人の魅力はやっぱりしょーちゃんの方があると思う。
なのに、アンバランスなキュートさもあってちょっと蠱惑的な妖しさが潜んでいる。
要さんも知性と高潔さを湛えた強い眼差しはそのままに、品と凛々しさに満ちた清廉な美しさが際立っていた。
美しくもともすればとっつきにくい印象は、背は私より少し低い要さんから垣間見える可愛らしさが打ち消してくれている。
化粧やドレスアップを戦闘準備と表現する人がいるが、まさに万全な臨戦態勢といった様相だ。
準備は万端。私はしょーちゃんの横に立つ。
オープン時は最初のお客様を全員で迎えるのだ。
今日の体制はママ、しょーちゃん、要さんにもうひとり、千景さんと言うキャストと体験の私。
千景さんは三十歳の既婚者。三歳になる息子さんがいる。千景さんも本名でお店に出ていた。
忙しく着替えやメイクを整える時間帯であまりたくさん話すことはできなかったが、「困ったことがあったら私にも訊いてね。祥子いい加減なところあるし」と笑っていた千景さんも、良い人なのだろう。
このお店は完全指名制ではないし、月ごとに売上で順位を出したりもしていないから、キャスト同士の足の引っ張り合いは無いと要さんが言っていた通り、その手の人間関係に悩むことは無さそうで安心した。
そしてもう一名、ホール全般を司る穣さん。読み方はミノルだが、みんなからはジョーと呼ばれている。
渋い執事と言った風情の紳士で、物静かで普段はキャストの陰に徹しながら、いざという時は頼りになりそうな雰囲気を出していた。
なんでも業界では有名な伝説の黒服だとか、最強の黒服だとか言われているらしい。何が最強なのかは不明だ。教えてくれたしょーちゃんも詳しくは知らないとのこと。
以上六名。これは充実した体制らしい。日によってはママがキャストに入ってキャストが三名という日もあるそうだ。
今日はオープン時間に予約が何件か入っていたので、開店と同時に接客がはじまる。
しょーちゃんが事前に馴染みの客何組かに連絡していたようで、そのうちの一人もオープン時に五人の団体で予約してくれているらしい。
私はしょーちゃんのヘルプとして、その団体客につくことになっていた。その後の客の入りにもよるが、最初は要さんも入ってくれる予定だ。
緊張する。でも、ふたりがいてくれる。心強い。
時間だ。
同時にこういうお店特有の重そうな扉が開いた。
予約客が時間前に店前で待っていたのだろう。
「「「three ducksへ、ようこそーっ!」」」
最初のお客様へは、ママも含めた全キャストの掛け声で迎え入れることになっていた。
私も習った通りやった。
やれてた、よね?
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