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第十一章:「苦闘編」
第六十四話「情報戦の勝者」
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統一暦一二一一年六月十九日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
昨日、ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵の腹心、エルンスト・フォン・ヴィージンガーが騎士団本部を訪れた。
彼は私が暗殺者に狙われているという情報を得たので、主君ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵の命で忠告に来たと恩着せがましく言ってきた。
王国騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵は素直にその情報に感謝していた。そのため、マルクトホーフェン侯爵とヴィージンガーもなかなか上手く情報を使ってくると感心している。
このままでは伯爵が勘違いするので、ヴィージンガーが帰った後に真実を伝えた。
『アラベラ殿下が命じたことで間違いないようですね。止めようがないので、自分が関わっていないと宣言するためにヴィージンガー殿を寄こしたのでしょう……』
更にマルクトホーフェン侯爵が置かれた状況などを説明する。
『侯爵としてはこの状況でアラベラ殿下が暴走すれば、ようやく軍務省や騎士団本部への足掛かりができつつあるこの状況が無に帰すと思ったのでしょう。アラベラ殿下がマルグリット殿下を暗殺したことは公然の秘密ですので、そのことを皆が思い出せば、自分たちが支持されなくなると考えたのでしょうね』
『当然だな。しかし、わざわざ伝えたのは君の命を救いたいという気持ちもあったと思うのだが?』
『それはないと思います。もしそうであるなら、私の解任の話は出てきません。恐らくですが、先代のルドルフ卿と同じに見られるのを嫌ったのでしょう。あの方はいろいろと強引な手を使って陥れていらっしゃいましたから。だから、アラベラ殿下が暴走したと知り、自分の評判を高めるために利用したのです』
侯爵の思惑を教えると、伯爵は呆れたような表情をしていた。
『アラベラ王妃が暴走した影響を最小限に押し留めるだけでなく、自分の評判のために利用したというのか……そのような暴挙を止めてこそ、真の貴族であろうに……やはりマルクトホーフェン侯爵とは相容れぬな』
伯爵の誤解を解いた後、屋敷に戻り、妻のイリス、影のカルラとユーダと共に暗殺者への対応を協議した。
『マルクトホーフェン侯爵が関与していないなら、アラベラの暴走ということね。なら、排除しても問題ないわ。あの女が陽動なんて高度なことを考えるはずがないもの』
イリスは目の前で護衛対象だったマルグリット第一王妃を殺されていることから、アラベラのことを蛇蝎の如く嫌っている。
『アラベラ殿下が物事を深く考えないという点には同意だけど、今回のマルクトホーフェン侯爵のように利用する者がいないとは断言できないよ。特に帝国ならやりそうな気がしているね』
皇帝マクシミリアンとヨーゼフ・ペテルセン総参謀長は暗殺という手段を厭わずに使う。
そして重要なことは私の暗殺が成功する必要がないということだ。
私が狙われれば、反マルクトホーフェン侯爵派が必ず動く。そうなれば、グライフトゥルム王国内で大きな政治的な混乱が起きるだろう。
赤死病で大きな被害を受けなかった王国にただでダメージを与えられるなら、一応共闘関係にあるマルクトホーフェン侯爵が困ろうと関係なく謀略を仕掛けてくるだろう。
特に今回はアラベラを通じてマルクトホーフェン侯爵家の金が暗殺者に流れており、帝国からは一マルクも出ていないから、積極的に煽る可能性が高い。
そのことを説明すると、イリスは頷いていた。
『そうね……でも、あの暗殺者はどうするつもりなの? 放置するわけにはいかないと思うのだけど』
『マルクトホーフェン侯爵閣下に退治してもらうさ。実の姉の不祥事なんだからね』
それだけ言うと、カルラたちに視線を向けた。
『王都に噂を流してください。アラベラ殿下が私に暗殺者を仕向けたと。そして、マルクトホーフェン侯爵が金を出していたらしいと付け加えてください』
これらのことはすべてヴィージンガーから得た情報に基づいている。そのため、嘘ではないが、この噂が流れればマルクトホーフェン侯爵が積極的に関与したと思うはずだ。
『承知いたしました』
そう言ってカルラはニコリと微笑んだ。
そして、本日新たな情報が舞い込んできた。
休日ということで、屋敷で寛いでいると、ユーダの部下の影が現れた。
「領地に戻るはずだったマルクトホーフェン侯爵が急遽出発を取り止めました」
その後、王宮に潜ませていた影からも情報が入る。
「アラベラ王妃が王都に戻るとマルクトホーフェン侯爵が国王陛下に報告しました。陛下は認められぬとおっしゃられましたが、侯爵が押し切っております。また、グレゴリウス殿下に対し、次期国王としての教育が必要であるとも言っておりました」
その情報を聞き、すぐにカルラとユーダに指示を出す。
「宮廷の公式発表前に、アラベラ殿下は陛下の許しも得ずに王宮に戻ってくるという噂を流してください。更に陛下がお認めにならないとおっしゃられたのに侯爵が強引に認めさせたということ、グレゴリウス殿下を次期国王にすることを暗に主張したとも付け加えてください」
これらの情報も事実であり、侯爵は否定できない。
横で聞いていたイリスが感心している。
「昨日流した噂と一緒になると、面白いことになるわね。侯爵の最大の政敵、“千里眼のマティアス”を暗殺しようとしただけでなく、実の姉のアラベラを復権させ、グレゴリウス王子を次期国王にして傀儡にする。先代のルドルフ以上に強引な政治家という印象を与えることができるわ」
彼女の言葉にカルラたちが頷いている。
「意図は理解いたしました。脚色はしませんが、そのような方向で噂が広がるように指示します」
それだけ言うと、二人は出ていった。
「これで侯爵も暗殺者を始末するしかないわ。そのことを大々的に公表して、あなたが流させた噂を否定するしかないのだから」
「侯爵に対してはそれでいいと思うのだけど、問題はアラベラ殿下だね。あの人は物事を深く考えないから何をするか予想できない。国王陛下を暗殺してグレゴリウス殿下を即位させるような強引なことをしでかさないとも限らないから」
「ありそうな話ね。でも、千里眼のマティアスが予想できないというのもある意味凄いと思うわ」
そう言って笑っている。
この情報操作は非常に上手くいった。
マルクトホーフェン侯爵は二日後の二十一日に公式発表を行ったが、その頃には宮廷内だけでなく、平民街にも噂は広まっていた。
休日ということで貴族の園遊会などが多くあり、出入りの商人を使って広めたことが成功に繋がっている。
また、マルクトホーフェン侯爵が領地に戻るのをやめた上、慌てて宮廷に向かったことは知られており、信憑性が増したことも噂の信憑性を高めている。
「今頃、侯爵たちは頭を抱えているはずよ。いい気味だわ。あなたに情報戦を仕掛けてくるのは百年早いわね」
イリスがそう言って笑っている。
「ヴィージンガー殿がどの程度対応してくるかだね。王都にいる貴族へのコネクションも結構あるようだし」
「そうね。来週にはアラベラが王都に到着するでしょうから、また何かやらかす前に対応しようと慌てて動きそう」
影に調べさせたところ、アラベラが王都に到着するのは六月二十八日頃だ。
「いずれにしても、あの暗殺者たちは処分されるか、逃げ出すはずだ。これで鬱陶しさはなくなりそうだね」
マルクトホーフェン侯爵はこれ以上自分たちの評判を落とさないため、何らかの処置を採るはずだ。
もし何もしなくても、暗殺者たちは自分たちの存在が王都で噂になっていると聞けば、衛士隊が動き出す前に撤退する。
いずれにしてもこれでこの問題は解決するはずだ。
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昨日、ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵の腹心、エルンスト・フォン・ヴィージンガーが騎士団本部を訪れた。
彼は私が暗殺者に狙われているという情報を得たので、主君ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵の命で忠告に来たと恩着せがましく言ってきた。
王国騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵は素直にその情報に感謝していた。そのため、マルクトホーフェン侯爵とヴィージンガーもなかなか上手く情報を使ってくると感心している。
このままでは伯爵が勘違いするので、ヴィージンガーが帰った後に真実を伝えた。
『アラベラ殿下が命じたことで間違いないようですね。止めようがないので、自分が関わっていないと宣言するためにヴィージンガー殿を寄こしたのでしょう……』
更にマルクトホーフェン侯爵が置かれた状況などを説明する。
『侯爵としてはこの状況でアラベラ殿下が暴走すれば、ようやく軍務省や騎士団本部への足掛かりができつつあるこの状況が無に帰すと思ったのでしょう。アラベラ殿下がマルグリット殿下を暗殺したことは公然の秘密ですので、そのことを皆が思い出せば、自分たちが支持されなくなると考えたのでしょうね』
『当然だな。しかし、わざわざ伝えたのは君の命を救いたいという気持ちもあったと思うのだが?』
『それはないと思います。もしそうであるなら、私の解任の話は出てきません。恐らくですが、先代のルドルフ卿と同じに見られるのを嫌ったのでしょう。あの方はいろいろと強引な手を使って陥れていらっしゃいましたから。だから、アラベラ殿下が暴走したと知り、自分の評判を高めるために利用したのです』
侯爵の思惑を教えると、伯爵は呆れたような表情をしていた。
『アラベラ王妃が暴走した影響を最小限に押し留めるだけでなく、自分の評判のために利用したというのか……そのような暴挙を止めてこそ、真の貴族であろうに……やはりマルクトホーフェン侯爵とは相容れぬな』
伯爵の誤解を解いた後、屋敷に戻り、妻のイリス、影のカルラとユーダと共に暗殺者への対応を協議した。
『マルクトホーフェン侯爵が関与していないなら、アラベラの暴走ということね。なら、排除しても問題ないわ。あの女が陽動なんて高度なことを考えるはずがないもの』
イリスは目の前で護衛対象だったマルグリット第一王妃を殺されていることから、アラベラのことを蛇蝎の如く嫌っている。
『アラベラ殿下が物事を深く考えないという点には同意だけど、今回のマルクトホーフェン侯爵のように利用する者がいないとは断言できないよ。特に帝国ならやりそうな気がしているね』
皇帝マクシミリアンとヨーゼフ・ペテルセン総参謀長は暗殺という手段を厭わずに使う。
そして重要なことは私の暗殺が成功する必要がないということだ。
私が狙われれば、反マルクトホーフェン侯爵派が必ず動く。そうなれば、グライフトゥルム王国内で大きな政治的な混乱が起きるだろう。
赤死病で大きな被害を受けなかった王国にただでダメージを与えられるなら、一応共闘関係にあるマルクトホーフェン侯爵が困ろうと関係なく謀略を仕掛けてくるだろう。
特に今回はアラベラを通じてマルクトホーフェン侯爵家の金が暗殺者に流れており、帝国からは一マルクも出ていないから、積極的に煽る可能性が高い。
そのことを説明すると、イリスは頷いていた。
『そうね……でも、あの暗殺者はどうするつもりなの? 放置するわけにはいかないと思うのだけど』
『マルクトホーフェン侯爵閣下に退治してもらうさ。実の姉の不祥事なんだからね』
それだけ言うと、カルラたちに視線を向けた。
『王都に噂を流してください。アラベラ殿下が私に暗殺者を仕向けたと。そして、マルクトホーフェン侯爵が金を出していたらしいと付け加えてください』
これらのことはすべてヴィージンガーから得た情報に基づいている。そのため、嘘ではないが、この噂が流れればマルクトホーフェン侯爵が積極的に関与したと思うはずだ。
『承知いたしました』
そう言ってカルラはニコリと微笑んだ。
そして、本日新たな情報が舞い込んできた。
休日ということで、屋敷で寛いでいると、ユーダの部下の影が現れた。
「領地に戻るはずだったマルクトホーフェン侯爵が急遽出発を取り止めました」
その後、王宮に潜ませていた影からも情報が入る。
「アラベラ王妃が王都に戻るとマルクトホーフェン侯爵が国王陛下に報告しました。陛下は認められぬとおっしゃられましたが、侯爵が押し切っております。また、グレゴリウス殿下に対し、次期国王としての教育が必要であるとも言っておりました」
その情報を聞き、すぐにカルラとユーダに指示を出す。
「宮廷の公式発表前に、アラベラ殿下は陛下の許しも得ずに王宮に戻ってくるという噂を流してください。更に陛下がお認めにならないとおっしゃられたのに侯爵が強引に認めさせたということ、グレゴリウス殿下を次期国王にすることを暗に主張したとも付け加えてください」
これらの情報も事実であり、侯爵は否定できない。
横で聞いていたイリスが感心している。
「昨日流した噂と一緒になると、面白いことになるわね。侯爵の最大の政敵、“千里眼のマティアス”を暗殺しようとしただけでなく、実の姉のアラベラを復権させ、グレゴリウス王子を次期国王にして傀儡にする。先代のルドルフ以上に強引な政治家という印象を与えることができるわ」
彼女の言葉にカルラたちが頷いている。
「意図は理解いたしました。脚色はしませんが、そのような方向で噂が広がるように指示します」
それだけ言うと、二人は出ていった。
「これで侯爵も暗殺者を始末するしかないわ。そのことを大々的に公表して、あなたが流させた噂を否定するしかないのだから」
「侯爵に対してはそれでいいと思うのだけど、問題はアラベラ殿下だね。あの人は物事を深く考えないから何をするか予想できない。国王陛下を暗殺してグレゴリウス殿下を即位させるような強引なことをしでかさないとも限らないから」
「ありそうな話ね。でも、千里眼のマティアスが予想できないというのもある意味凄いと思うわ」
そう言って笑っている。
この情報操作は非常に上手くいった。
マルクトホーフェン侯爵は二日後の二十一日に公式発表を行ったが、その頃には宮廷内だけでなく、平民街にも噂は広まっていた。
休日ということで貴族の園遊会などが多くあり、出入りの商人を使って広めたことが成功に繋がっている。
また、マルクトホーフェン侯爵が領地に戻るのをやめた上、慌てて宮廷に向かったことは知られており、信憑性が増したことも噂の信憑性を高めている。
「今頃、侯爵たちは頭を抱えているはずよ。いい気味だわ。あなたに情報戦を仕掛けてくるのは百年早いわね」
イリスがそう言って笑っている。
「ヴィージンガー殿がどの程度対応してくるかだね。王都にいる貴族へのコネクションも結構あるようだし」
「そうね。来週にはアラベラが王都に到着するでしょうから、また何かやらかす前に対応しようと慌てて動きそう」
影に調べさせたところ、アラベラが王都に到着するのは六月二十八日頃だ。
「いずれにしても、あの暗殺者たちは処分されるか、逃げ出すはずだ。これで鬱陶しさはなくなりそうだね」
マルクトホーフェン侯爵はこれ以上自分たちの評判を落とさないため、何らかの処置を採るはずだ。
もし何もしなくても、暗殺者たちは自分たちの存在が王都で噂になっていると聞けば、衛士隊が動き出す前に撤退する。
いずれにしてもこれでこの問題は解決するはずだ。
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