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第十一章:「苦闘編」
第二十六話「手詰まり」
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統一暦一二〇八年九月二十九日。
グライフトゥルム王国南東部、シュヴァーン河ガレー船上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
ホラント・エルレバッハ元帥率いるゾルダート帝国第二軍団との戦いは、有利に進められている。
一週間ほど前の九月二十一日、ラザファム率いる第二騎士団第三連隊は、敵輜重隊と護衛の一個大隊を撃破し、補給物資を焼いた。
更にその四日後の九月二十五日、再び輜重隊を襲撃し、こちらも撃破に成功している。
この他にもヘルマン率いるラウシェンバッハ騎士団は、リッタートゥルムから百五十キロメートルほど東で、補給線を守る第三師団の偵察隊を攻撃し、三個中隊三百人近い偵察兵を葬った。
また、黒獣猟兵団の斥候隊もリッタートゥルム城の対岸に陣取る第一師団の偵察隊や伝令部隊を血祭りにあげ、帝国軍は既に千人近い戦死者を出しているはずだ。
一方、王国軍はラザファムの連隊で二十名ほどの戦死者と百名ほどの負傷者を出しただけで、ラウシェンバッハ騎士団と黒獣猟兵団に至っては戦死者ゼロという圧倒的な状況だ。
しかし、作戦の目的が完遂できないことが濃厚になりつつあると考えていた。
ヘルマンからの情報では、第二軍団は草原の民であるドンナー族と揉めたが、エルレバッハ元帥はすぐに参謀長を派遣し、酒と小麦などの食糧を贈ることで見事に収めている。更にゴットフリート皇子に会いに行き、帝国軍に攻撃しないよう頼みにいったらしい。
エルレバッハ元帥の素早い対応に後手に回ってしまった。気づいていれば、参謀長を殺害し、第二軍団と草原の民の間に不穏な空気を作ってやれたのだが、ラウシェンバッハ騎士団を東に派遣した関係で気づくことができなかった。
更に最近では軍団に損害が出ても防御に徹し追撃してこなくなった。そのため、夜襲を仕掛けるなどの嫌がらせ程度しかできなくなっている。
恐らくだが、エルレバッハ元帥はこちらの意図に気づいている。
そのことをラザファムとの定時連絡で触れた。
「エルレバッハ元帥は腹を括ったようだね。これだけ一方的に攻撃されても、護衛部隊を増やすだけで、積極的に討伐隊を出そうとしない。まあ、油断はできないけど。以上」
『そうだな。こっちでもハルトと話しているが、敵は防御に徹しているから、奇襲を仕掛けてもほとんど混乱しない。味方の損害が抑えられるからいいが、戦果が上がらない割に緊張を強いられるから、徐々に兵たちの士気が下がっている感じだ。以上だ』
ラザファム連隊は水軍を使った移動を繰り返し、敵を翻弄している。また、敵の偵察隊と伝令を黒獣猟兵団が始末しているので、直接的な危険はないが、敵地での長期間にわたる行動に疲労の色が見え始めていた。
「ホイジンガー閣下がそろそろヴェヒターミュンデに到着するから、一度リッタートゥルムに引き上げて仕切り直そうかと思っている。これについて意見が欲しい。以上」
マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵率いる王国騎士団一万四千は明後日の十月一日にヴェヒターミュンデ城に到着する予定だ。既に渡河作戦の準備は終わっており、それに合わせてこちらでも陽動作戦を行おうと考えていた。
『こちらとしても打つ手がない。兵たちの士気を考えれば仕切り直すことに否はないな。ヘルマンたちも引き揚げさせるのか? 以上』
「ラウシェンバッハ騎士団については、このまま作戦を継続させるつもりだ。以上」
伝令からの報告ではドンナー族傘下の別の氏族とも懇意になり、協力体制を構築したため、士気は低下していない。但し、そろそろ潮時という気もしているので、ラザファム連隊を再出撃させたら、迎えに行こうと考えている。
『了解した。撤退準備が完了したら連絡する。以上』
通信を切ったところで、目頭を押さえながら肩を回す。
揺れるガレー船の中で書類や地図を格闘しているため、目が疲れ、肩が凝る。
大きく伸びをしていると、ヴェヒターミュンデ騎士団の参謀長ルーフェン・フォン・キルマイヤー男爵が話し掛けてきた。彼の後ろにはいつも通り、参謀のフリッツ・ヒラーが付き従っている。
「疲れているようだね」
「ええ。ここまで打つ手を封じられると、気が滅入ってきます。前線で戦っているラザファムたちの方が厳しいのは分かっているのですが」
「着実に戦果を挙げても勝てない戦いがあるということが、ようやく理解できた気がするよ。以前の私なら敵に損害を与えれば勝利に近づくと単純に考えていたからな」
男爵の言葉にフリッツも頷いている。
「私もそうですよ。マティアス先輩の下で学べて、ようやく参謀の仕事が分かってきた気がします」
以前より自信が出てきたのか、目に力がある。
「それでどうするのかね。王国騎士団がヴェヒターミュンデに入ったとしても、エルレバッハは動かんだろう」
「そうですね……」
男爵の指摘に頷くことしかできない。
「ラザファムとハルトムートが戻ってきたら、相談しようと思っています。現場を見ている彼らならいい案を思いつくかもしれませんから」
「そうだな。それに君も疲れているようだ。一度城に戻ってゆっくり休んだ方がいい。撤退の指揮なら私でもできる。ここで君が倒れたら今後に響く」
男爵が言う通り、疲れが溜まっていた。
私はガレー船に乗っているだけだが、それでもここ十日ほどはリッタートゥルム城に戻らず、指揮を執り続けている。
特に黒獣猟兵団は夜襲を仕掛けることが多いため、深夜に起きている時間が長く、寝不足気味だ。
「そうさせてもらいます。護衛の者も心配していますし、男爵にお任せして先に戻らせていただきます」
本当ならラザファムたちを出迎えたいが、一度リッタートゥルムに戻り、ヴェヒターミュンデの状況を確認したいとも思っていたので、それに乗らせてもらった。
私はカッターボートに乗り換え、リッタートゥルム城に向かった。
■■■
統一暦一二〇八年九月二十九日。
ゾルダート帝国南西部、リッタートゥルム城対岸。帝国軍第二軍団ホラント・エルレバッハ元帥
我が軍団は天才ラウシェンバッハに翻弄され続けている。
第一師団だけでも既に二百名以上の戦死者を出し、それと同数の兵が負傷していた。
最も損害が大きいのは補給線を守る第三師団だ。
師団長のアウグスト・キューネル将軍は無能とは縁のない男だが、二個大隊がほぼ壊滅され、輜重隊三百名を失っている。また、ラウシェンバッハ騎士団による奇襲により、優秀な偵察兵三百名を失った。
第二師団の状況は伝令が機能しないため詳細は不明だが、我が軍団の損害は報告を受けているだけでも戦死者約千五百、負傷者約千、荷馬車約百輌という負け戦に等しい損失を出している。
しかもこれだけの損害を出しているにもかかわらず、敵にはほとんど損害を与えられていない。
我が軍団の損害の大きさよりも気になっていることがあった。それはこちら側に入り込んでいる敵がラウシェンバッハ騎士団だけでないという事実だ。
敵兵の死体を確認すると、獣人族ではなく、普人族の兵士だった。そして、その兵士は第二騎士団の徽章を付けていたのだ。
さすがに一個騎士団が入り込んでいるとは思わないが、少なくとも一千名単位で行動している。それにごく短期間で数十キロメートル離れた場所で襲撃が行われていることから、複数の集団がいる可能性が高い。
更に問題なのは、敵の位置を探れず、いつ奇襲を受けるか分からないことだ。
当初は偵察隊を出したが、すぐに敵によって全滅され、どのような敵に襲撃されたのかすら分からない。
その亡霊のような部隊に兵たちが怯え始めているのだ。
「また偵察隊が消息を絶ちました。厄介な敵ですな、ラウシェンバッハは」
第一師団長のクヌート・グラーフェ将軍が疲れた表情で声を掛けてきた。
「マクシミリアン陛下と先帝コルネリウス二世陛下が警戒されただけのことはある。どの程度の兵を指揮しているのかすら分からぬが、これほど見事に一個軍団を翻弄している。私では到底できぬことだ」
「私も同じことを考えていますよ。ですが、このままでよろしいのですか? 我が師団は健在です。敵を誘き寄せて、一気に殲滅することもできないわけではないと思いますが」
その言葉に力なく首を横に振る。
「通常の敵なら将軍の策を採用しただろう。だが、敵の位置すら分からんし、襲撃を受けたという連絡を受けて急行しても姿を見ることすらできん。誘き寄せる策を逆手に取られ、大きな損害を出しかねん」
私の指摘にキューネルも思うところがあったのか、悔しげな表情で頷く。
「そうですな。ですが、そろそろ敵の本隊がヴェヒターミュンデに到着する頃です。ここで手を拱いていては皇都方面に向かわれる恐れがありますぞ」
その点は私も懸念しているが、積極策を採る気はなかった。
「我々の戦略は王国軍を皇都に向かわせないことだ。第一師団がここにいる限り、王国軍は積極的に進軍できない。陛下もふた月ほどで皇都を攻略してくださるはずだ。それまでは根競べが続く。兵たちには勝利が近づいていると伝えて、士気の維持に努めてほしい」
キューネルは私の言葉に頷いた。
その後、第三師団が輜重隊の護衛を大隊から連隊に切り替えたという報告が入った。
(これで簡単には手は出せまい……)
そう考えていたが、ラウシェンバッハ騎士団は私の想像を遥かに超えていた。
連隊に守られた輜重隊に対し、夜襲を仕掛けてきたというのだ。
幸い警備を厳重にしていたことから損害はほとんどなかったが、これによって輜重隊とその護衛部隊が緊張を強いられるようになった。
そして、十月五日にフェアラート守備隊から王国軍が渡河を開始したと報告してきた。
更にその四日後、フェアラートの町が王国軍一万に占領された。
「どうなされますか? 王国軍は一万。フェアラートの城壁は低いですから、我が師団でも十分に奪還できますが」
「動かぬ。一万では皇都に向かっても意味がないのだ。彼らはこちらが動くことを期待している。それに乗る必要はない」
「そうですな」
キューネルは仕方ないという表情で頷いた。
グライフトゥルム王国南東部、シュヴァーン河ガレー船上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
ホラント・エルレバッハ元帥率いるゾルダート帝国第二軍団との戦いは、有利に進められている。
一週間ほど前の九月二十一日、ラザファム率いる第二騎士団第三連隊は、敵輜重隊と護衛の一個大隊を撃破し、補給物資を焼いた。
更にその四日後の九月二十五日、再び輜重隊を襲撃し、こちらも撃破に成功している。
この他にもヘルマン率いるラウシェンバッハ騎士団は、リッタートゥルムから百五十キロメートルほど東で、補給線を守る第三師団の偵察隊を攻撃し、三個中隊三百人近い偵察兵を葬った。
また、黒獣猟兵団の斥候隊もリッタートゥルム城の対岸に陣取る第一師団の偵察隊や伝令部隊を血祭りにあげ、帝国軍は既に千人近い戦死者を出しているはずだ。
一方、王国軍はラザファムの連隊で二十名ほどの戦死者と百名ほどの負傷者を出しただけで、ラウシェンバッハ騎士団と黒獣猟兵団に至っては戦死者ゼロという圧倒的な状況だ。
しかし、作戦の目的が完遂できないことが濃厚になりつつあると考えていた。
ヘルマンからの情報では、第二軍団は草原の民であるドンナー族と揉めたが、エルレバッハ元帥はすぐに参謀長を派遣し、酒と小麦などの食糧を贈ることで見事に収めている。更にゴットフリート皇子に会いに行き、帝国軍に攻撃しないよう頼みにいったらしい。
エルレバッハ元帥の素早い対応に後手に回ってしまった。気づいていれば、参謀長を殺害し、第二軍団と草原の民の間に不穏な空気を作ってやれたのだが、ラウシェンバッハ騎士団を東に派遣した関係で気づくことができなかった。
更に最近では軍団に損害が出ても防御に徹し追撃してこなくなった。そのため、夜襲を仕掛けるなどの嫌がらせ程度しかできなくなっている。
恐らくだが、エルレバッハ元帥はこちらの意図に気づいている。
そのことをラザファムとの定時連絡で触れた。
「エルレバッハ元帥は腹を括ったようだね。これだけ一方的に攻撃されても、護衛部隊を増やすだけで、積極的に討伐隊を出そうとしない。まあ、油断はできないけど。以上」
『そうだな。こっちでもハルトと話しているが、敵は防御に徹しているから、奇襲を仕掛けてもほとんど混乱しない。味方の損害が抑えられるからいいが、戦果が上がらない割に緊張を強いられるから、徐々に兵たちの士気が下がっている感じだ。以上だ』
ラザファム連隊は水軍を使った移動を繰り返し、敵を翻弄している。また、敵の偵察隊と伝令を黒獣猟兵団が始末しているので、直接的な危険はないが、敵地での長期間にわたる行動に疲労の色が見え始めていた。
「ホイジンガー閣下がそろそろヴェヒターミュンデに到着するから、一度リッタートゥルムに引き上げて仕切り直そうかと思っている。これについて意見が欲しい。以上」
マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵率いる王国騎士団一万四千は明後日の十月一日にヴェヒターミュンデ城に到着する予定だ。既に渡河作戦の準備は終わっており、それに合わせてこちらでも陽動作戦を行おうと考えていた。
『こちらとしても打つ手がない。兵たちの士気を考えれば仕切り直すことに否はないな。ヘルマンたちも引き揚げさせるのか? 以上』
「ラウシェンバッハ騎士団については、このまま作戦を継続させるつもりだ。以上」
伝令からの報告ではドンナー族傘下の別の氏族とも懇意になり、協力体制を構築したため、士気は低下していない。但し、そろそろ潮時という気もしているので、ラザファム連隊を再出撃させたら、迎えに行こうと考えている。
『了解した。撤退準備が完了したら連絡する。以上』
通信を切ったところで、目頭を押さえながら肩を回す。
揺れるガレー船の中で書類や地図を格闘しているため、目が疲れ、肩が凝る。
大きく伸びをしていると、ヴェヒターミュンデ騎士団の参謀長ルーフェン・フォン・キルマイヤー男爵が話し掛けてきた。彼の後ろにはいつも通り、参謀のフリッツ・ヒラーが付き従っている。
「疲れているようだね」
「ええ。ここまで打つ手を封じられると、気が滅入ってきます。前線で戦っているラザファムたちの方が厳しいのは分かっているのですが」
「着実に戦果を挙げても勝てない戦いがあるということが、ようやく理解できた気がするよ。以前の私なら敵に損害を与えれば勝利に近づくと単純に考えていたからな」
男爵の言葉にフリッツも頷いている。
「私もそうですよ。マティアス先輩の下で学べて、ようやく参謀の仕事が分かってきた気がします」
以前より自信が出てきたのか、目に力がある。
「それでどうするのかね。王国騎士団がヴェヒターミュンデに入ったとしても、エルレバッハは動かんだろう」
「そうですね……」
男爵の指摘に頷くことしかできない。
「ラザファムとハルトムートが戻ってきたら、相談しようと思っています。現場を見ている彼らならいい案を思いつくかもしれませんから」
「そうだな。それに君も疲れているようだ。一度城に戻ってゆっくり休んだ方がいい。撤退の指揮なら私でもできる。ここで君が倒れたら今後に響く」
男爵が言う通り、疲れが溜まっていた。
私はガレー船に乗っているだけだが、それでもここ十日ほどはリッタートゥルム城に戻らず、指揮を執り続けている。
特に黒獣猟兵団は夜襲を仕掛けることが多いため、深夜に起きている時間が長く、寝不足気味だ。
「そうさせてもらいます。護衛の者も心配していますし、男爵にお任せして先に戻らせていただきます」
本当ならラザファムたちを出迎えたいが、一度リッタートゥルムに戻り、ヴェヒターミュンデの状況を確認したいとも思っていたので、それに乗らせてもらった。
私はカッターボートに乗り換え、リッタートゥルム城に向かった。
■■■
統一暦一二〇八年九月二十九日。
ゾルダート帝国南西部、リッタートゥルム城対岸。帝国軍第二軍団ホラント・エルレバッハ元帥
我が軍団は天才ラウシェンバッハに翻弄され続けている。
第一師団だけでも既に二百名以上の戦死者を出し、それと同数の兵が負傷していた。
最も損害が大きいのは補給線を守る第三師団だ。
師団長のアウグスト・キューネル将軍は無能とは縁のない男だが、二個大隊がほぼ壊滅され、輜重隊三百名を失っている。また、ラウシェンバッハ騎士団による奇襲により、優秀な偵察兵三百名を失った。
第二師団の状況は伝令が機能しないため詳細は不明だが、我が軍団の損害は報告を受けているだけでも戦死者約千五百、負傷者約千、荷馬車約百輌という負け戦に等しい損失を出している。
しかもこれだけの損害を出しているにもかかわらず、敵にはほとんど損害を与えられていない。
我が軍団の損害の大きさよりも気になっていることがあった。それはこちら側に入り込んでいる敵がラウシェンバッハ騎士団だけでないという事実だ。
敵兵の死体を確認すると、獣人族ではなく、普人族の兵士だった。そして、その兵士は第二騎士団の徽章を付けていたのだ。
さすがに一個騎士団が入り込んでいるとは思わないが、少なくとも一千名単位で行動している。それにごく短期間で数十キロメートル離れた場所で襲撃が行われていることから、複数の集団がいる可能性が高い。
更に問題なのは、敵の位置を探れず、いつ奇襲を受けるか分からないことだ。
当初は偵察隊を出したが、すぐに敵によって全滅され、どのような敵に襲撃されたのかすら分からない。
その亡霊のような部隊に兵たちが怯え始めているのだ。
「また偵察隊が消息を絶ちました。厄介な敵ですな、ラウシェンバッハは」
第一師団長のクヌート・グラーフェ将軍が疲れた表情で声を掛けてきた。
「マクシミリアン陛下と先帝コルネリウス二世陛下が警戒されただけのことはある。どの程度の兵を指揮しているのかすら分からぬが、これほど見事に一個軍団を翻弄している。私では到底できぬことだ」
「私も同じことを考えていますよ。ですが、このままでよろしいのですか? 我が師団は健在です。敵を誘き寄せて、一気に殲滅することもできないわけではないと思いますが」
その言葉に力なく首を横に振る。
「通常の敵なら将軍の策を採用しただろう。だが、敵の位置すら分からんし、襲撃を受けたという連絡を受けて急行しても姿を見ることすらできん。誘き寄せる策を逆手に取られ、大きな損害を出しかねん」
私の指摘にキューネルも思うところがあったのか、悔しげな表情で頷く。
「そうですな。ですが、そろそろ敵の本隊がヴェヒターミュンデに到着する頃です。ここで手を拱いていては皇都方面に向かわれる恐れがありますぞ」
その点は私も懸念しているが、積極策を採る気はなかった。
「我々の戦略は王国軍を皇都に向かわせないことだ。第一師団がここにいる限り、王国軍は積極的に進軍できない。陛下もふた月ほどで皇都を攻略してくださるはずだ。それまでは根競べが続く。兵たちには勝利が近づいていると伝えて、士気の維持に努めてほしい」
キューネルは私の言葉に頷いた。
その後、第三師団が輜重隊の護衛を大隊から連隊に切り替えたという報告が入った。
(これで簡単には手は出せまい……)
そう考えていたが、ラウシェンバッハ騎士団は私の想像を遥かに超えていた。
連隊に守られた輜重隊に対し、夜襲を仕掛けてきたというのだ。
幸い警備を厳重にしていたことから損害はほとんどなかったが、これによって輜重隊とその護衛部隊が緊張を強いられるようになった。
そして、十月五日にフェアラート守備隊から王国軍が渡河を開始したと報告してきた。
更にその四日後、フェアラートの町が王国軍一万に占領された。
「どうなされますか? 王国軍は一万。フェアラートの城壁は低いですから、我が師団でも十分に奪還できますが」
「動かぬ。一万では皇都に向かっても意味がないのだ。彼らはこちらが動くことを期待している。それに乗る必要はない」
「そうですな」
キューネルは仕方ないという表情で頷いた。
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