グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~

愛山雄町

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第十一章:「苦闘編」

第十五話「ラザファム連隊出撃」

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 統一暦一二〇八年九月四日。
 ゾルダート帝国南西部、シュヴァーン河北岸。ラザファム・フォン・エッフェンベルク連隊長

 昨日、私は第二騎士団第三連隊と共にリッタートゥルム城を出陣した。
 我が連隊はガレー船十隻、カッターボート四十艘に分乗し、昨日は七十キロメートル、本日は朝から三十キロメートル移動し、正午頃、リッタートゥルム城から約百キロメートル上流の小さな入り江に入った。

シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペからの報告では、この辺りに帝国軍の斥候隊はいない。小さな村が二ヶ所あるけど、そこにも帝国軍の姿はないそうだ」

 マティの言葉に頷き、命令を発した。

「第三連隊上陸せよ!」

 その言葉でガレー船の帆柱に三枚の小さな旗が上がる。水軍が使う信号旗で、岸に接舷するという合図だ。

 カッターボートが移動を開始し、兵士たちが勢いよく上陸していく。
 訓練の成果もあり、二十分ほどですべての兵士が上陸を終えた。

「私はここから指示を出すよ。ラズとハルトは気を付けて」

 マティがそう言って送り出してくれた。

 入り江から森までは急峻な上り坂で高さは三十メートルほどある。完全装備の上、食糧などの補給物資を背負っている兵士たちは苦労して登っていた。

「意外にきついな」

 ハルトが愚痴を零すが、足取りは軽い。
 登り切った先は地図通り森になっているが、それほど鬱蒼とした感じはなく、思ったより明るかった。

 汗を拭きながら、通信の魔導具の確認を行う。

「こちらエッフェンベルク。ラウシェンバッハ参謀次長、通信状態を確認したい。以上」

 すぐにマティから返事が来る。

『こちらラウシェンバッハ。通信状態は良好。以上』

「了解した。では、各大隊、黒獣猟兵団斥候隊との通信を確認後、進軍を開始する。以上」

 今回の作戦では、各大隊と斥候隊に二十キロメートルまで通話が可能な通信の魔導具が配備され、各中隊には五キロメートルまで可能な簡易型が配備されている。

 これほど多くの通信の魔導具が配備されている軍はないだろう。黒獣猟兵団の斥候隊の能力を考えると、発見されることなく二十キロメートル以内に敵が近づくことはまず不可能だ。

 通信の魔導具の状態を確認した後、進軍を開始した。
 歩き始めて思ったことは、この辺りの森や草原には人の手がほとんど入っていないということだ。

 適度な森があって、シュヴァーン河に注ぐ小さな川もあるから水も豊富だ。更に草原もあり、開墾に適しているように見えた。
 そのため、思わず疑問を口にしてしまう。

「この辺りは全然開発されていないな。魔獣ウンティーアが多いという話も聞かないが、どうしてなんだろうな?」

 その疑問にハルトが答えてくれた。

「マティに聞いた話だが、この辺りはリヒトロット皇国時代から草原の民の勢力圏と認識していたらしくて、トラブルを恐れた皇国が入植をしなかったらしいな。それにシュヴァーン河は王国が実効支配しているから、無理にここに入植するより、グリューン河を利用できるエーデルシュタインの北の方が皇国としてもよかったらしい」

「なるほど。だが、帝国がこの辺りに前線基地を作り、水軍を配備したら面倒なことになるな」

「その点はマティも気にしていたな。まあ、対応策は考えてあると言っていたが、予算の関係でいつになるか分からないのが不安らしい」

 既に気づいて動いているところがマティらしいと思った。

 その日は十キロメートルほど東に行軍して草原で野営を行う。

「第三大隊は川岸まで行って食糧を受け取れ」

 輜重隊を連れていないので天幕などの野営道具はないが、マティが指揮する水軍が並行して同行しているため、船から食糧を調達できる。そのため、食事は意外に豪華だ。

 ちなみに兵士たちが背負っている食糧はもう少し内陸寄りに入ったところで使うものだが、不測の事態に対する備えでもある。

『こちらラウシェンバッハ。定時連絡を行う。斥候隊の報告では、帝国第二軍団の哨戒部隊らしき一個大隊五百名が先行している。このまま東に進めば、明後日の午後に接触する可能性が高い。こちらからは以上だが、第三連隊から報告すべき事項はないか。以上』

「エッフェンベルクだ。こちらは順調で特に報告すべきことはない。敵の哨戒部隊に対する方針が決まっていれば、共有してほしい。以上だ」

 敵は我が連隊の半数、ヘルマン率いるラウシェンバッハ騎士団の大隊が合流すれば、三倍近い戦力差になる。また、こちらの方が索敵能力が高いことと、ラウシェンバッハ騎士団の獣人たちによる奇襲が可能であることから、完勝することは難しくない。

『ラウシェンバッハ騎士団と合流できれば、敵に奇襲を掛ける。但し、敵が大隊を囮にしていないとも限らないため、他の部隊が近くにいないことが確認できたのちに作戦の実行を決定する。以上』

「ラウシェンバッハ騎士団はいつ合流できるんだ? 草原に行ったと聞いているが。以上」

 私に代わり、ハルトムートが質問した。

『現在、大平原の南部に縄張りを持つドンナー族と接触している。予定では明日の午後には通信可能な範囲に戻るはずだ。そこで位置が特定できる。以上』

 ヘルマンはマティの指示で草原の民であるドンナー族に接触しているが、これは帝国に対する謀略の一環だ。何をやるかは聞いているが、相変わらず容赦がないとハルトと共に苦笑いした記憶がある。

「了解した。具体的な作戦が決まれば連絡してくれ。こちらからは以上だ」

 通信を終え、野営の状況をハルトと視察する。
 今回は一個騎士団五千名近くが移動しているように見せかけるため、炊事用の簡易の竈を通常の五倍作っている。そのため、いつもより多くの炊煙が立ち昇っていた。

「教本には敵の規模を確認する方法として書いてあったが、こんなことで本当に敵を騙せるのか?」

 部下に聞こえない小声で、ハルトに疑問をぶつけた。

「マティの話じゃ、帝国の斥候部隊は竈とトイレの数で確認することが、徹底されているらしいな。食う方と出す方の両方を確認すれば、大体の数は分かるし、斥候隊ごとに基準が変わると指揮官が判断に迷うから、長期間騙すつもりがないならこれで十分だそうだ」

「言わんとすることは分かるが、住民に聞けば、ある程度予想が付きそうだが?」

 その問いにもハルトがすぐに答えた。

「この辺りの村人は百人を大きく超える人間を見ることは稀なんだそうだ。それに訓練を受けていない奴に、千人を超える人の列の正確な数なんか分からない。だから、千人でも五千人でも無茶苦茶多い兵隊がいたとしか報告されない。俺も言われるまで気づかなかったが、確かに兵学部で演習を行うまで、見ただけで人数なんて分からなかったと思い出したよ」

「なるほど。私はエッフェンベルク騎士団を見慣れていたから何となく分かっていたが、それが普通の感覚なのだな。相変わらず、そう言った細かいところまで気が回るな、マティは」

 最後は苦笑いが浮かんだ。

「俺もそう思うよ。それに相手がエルレバッハということも関係しているらしいな」

 言っている意味が分からず、思わず聞き返す。

「エルレバッハだからというのは、どういう意味だ?」

「エルレバッハはマティが奇策を使ってくることを警戒している。それなのに情報通りに一個騎士団が移動した跡が残されていた。マティなら人数を誤魔化すとか、移動方向を偽装するとかするはずだと思っているのにだ」

 それで言わんとすることを理解した。

「当たり前すぎて逆に罠を疑うということか……確か、ここより西ではヘルマンが草原に大軍が入ったような偽装をしていたな。そうなると、あえて一個騎士団分の痕跡を見せていると考えるかもしれないということか。もっと多くの兵が入り込んでいるかもと疑えば、判断に迷うはずだからな」

「そう言うことだ。エルレバッハは知将だが、常識的な将だそうだ。あらゆる可能性を考え、それに対応できるように準備し、隙を作らないらしい。そのあらゆる可能性って奴を無限に増やしてやって、混乱させるというのがマティの策なんだ。いつも思うが、あいつだけは敵に回したくない」

 ハルトが苦笑するが、全く同感だ。

「ということは、近づいてくる大隊も単に殲滅するだけじゃなく、何か仕掛けると考えていいな」

「そうだな。それが何かは俺にはさっぱり分からんが」

「それは私もだ」

 そう言って二人で笑いあった。
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