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第十一章:「苦闘編」

第三話「同行者」

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 統一暦一二〇八年八月六日。
 グライフトゥルム王国東部ヴェヒターミュンデ城。参謀長ルーフェン・フォン・キルマイヤー男爵

 千里眼のマティアス殿がヴェヒターミュンデ城に到着した夜、俺は主君であるルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ伯爵に呼び出された。

「ルーフェン、ハルトと共にマティアスの作戦に協力してやってくれないか」

「ご命令とあらば。ですが、何をすればよいのでしょうか?」

 俺は騎士団の参謀長を務めているが、王国軍の頭脳であるマティアス殿に協力できることがあるとは思えないためだ。

「お前とハルト、そしてもう一人派遣する参謀は、マティアスの指揮下に入るから、彼の指示に従えばよい」

 そこでお館様の意図が何となく分かった。

「つまり、ラウシェンバッハ殿の下で参謀の仕事を学べということでしょうか?」

 お館様は笑みを浮かべて頷かれた。

「その通りだ。マティアスのやることを見るだけでも、学ぶことは多いはずだ。お前には苦労を掛けるが、よろしく頼む」

「了解しました」

 お館様に頼まれれば否はないが、気が重い。

 俺はヴェヒターミュンデ伯爵家に属する男爵家の当主であり、そのため参謀長という重職に就いている。しかし、俺自身は王立学院の入試に落ち、兵学部に行っておらず、基礎的な知識が不足している。

 そんな俺が参謀長になったのは四年前の騎士団改革の時だ。
 ヴェヒターミュンデ騎士団も王国騎士団と同じ編成になり、その際に“一番冷静なのはお前だ”と、お館様に言われて止む無く参謀長になったに過ぎない。

「もう一人の参謀はどういたしましょうか?」

「俺としてはやる気がある奴なら誰でもいいと思っている。お前の方で希望者を募ってくれ」

「承知しました」

 その後、細かな話を確認した後、お館様の部屋から下がった。
 翌日、参謀たちを集めた。
 といってもヴェヒターミュンデ騎士団に参謀は俺を含めて五名しかいない。

「昨夜お館様からご指示があった。ラウシェンバッハ参謀本部次長の作戦に協力するため、俺とイスターツ部隊長、そしてもう一人参謀を派遣する。出発は四日後の八月十一日。目的地はとりあえずリッタートゥルムで、そこから帝国領内での情報収集に当たり、王国第二騎士団第三連隊が行う後方撹乱作戦を立案する。お前たちの中でこの任務に従事したい者がいれば手を上げてくれ」

 俺の言葉を聞き、部下たちは互いの顔を見合わせている。
 部下たちも参謀といっても叩き上げの隊長が多く、千里眼のマティアスの指揮下に入っても役に立たないのではないかと考えているのだ。

「その任務を希望します」

 そう言ったのはフリッツ・ヒラーだ。
 フリッツは昨日二十四歳になったばかりの若者だが、うちの騎士団にしては珍しく、王立学院の兵学部を卒業している。

 卒業といっても席次七十位と成績は振るわず、王国騎士団に入ることができなかった。そのため、寄り親であるお館様が彼を騎士団に迎え入れている。

 入団後、小部隊の隊長になったが、兵たちを掌握しきれず、騎士団の事務を担当していた。四年前の改革で参謀になったが、あまりパッとしないままだ。

「そう言えば、お前はラウシェンバッハ殿の後輩だったな。面識はあるのか?」

「はい。私はラウシェンバッハ先生の一年後輩です」

 ラウシェンバッハ殿が兵学部の助教授になった後に戦術を学んだと聞かされる。
 面識があるならやりやすいかもしれないと思い、彼に決めた。

「よし。ではフリッツで決定だ。引継ぎをしておけ」

 そう言ったものの、うちの騎士団の参謀の役割は限定的で、事務方の取りまとめ役に近く、俺もフリッツも引き継ぐことはあまりない。

 四日間の準備期間が必要なのは、歩兵部隊長であるハルトムートのためだ。今のところ、帝国軍が攻めてくるという情報はないが、万が一戦闘になった場合を考え、第一大隊長に指揮を引き継ぐ必要があるのだ。

 八月十一日の早朝、俺はハルトムートとフリッツと共に、水軍の輸送船に乗り込んだ。
 ちなみにラウシェンバッハ殿は四日前に出発しており、今頃偵察隊を帝国領内に送り出しているはずだ。

 シュヴァーン河を遡上していくが、俺たちにやることはない。
 涼しい川の風を受けながら、甲板の帆の陰で涼んでいると、フリッツがやってきた。

「私たちは何をすればいいんでしょうね。ラウシェンバッハ先生の手伝いと言っても全然思いつかないんですが」

「それは俺も同じだ」

 そう言って苦笑するが、そこであることを思いついた。

「ハルトムートに聞いてみるか。あいつならラウシェンバッハ殿と仲がいいし、彼が何をしようとしているのかある程度分かっているだろうから」

「それはいいですね。イスターツ先輩は何と言っても“世紀末組エンデフンタート”の実技のトップでしたから」

 “世紀末組エンデフンタート”はラウシェンバッハ殿を始めとする王立学院高等部に一二〇〇年入学した者たちの通称で、傑出した才能の持ち主がひしめいていたと言われる世代だ。俺のように学院にすら入れなかった者からすれば、雲の上の存在といえるだろう。

 船の上でも真面目に剣術の訓練を行っていたハルトムートに話しかけた。

「時間があれば、今後について話をしたいんだが」

 ハルトムートはすぐに剣を置き、汗を拭く。

「構いませんよ。と言っても今後については俺もよく分かっちゃいませんが」

 そう言ってニコリと微笑む。

「それでもラウシェンバッハ殿が何をしようとしているのか、ある程度予想しているんじゃないか?」

「まあ一応は」

「それを聞かせてくれないか。俺たちじゃ想像すらできん」

 正直な思いを口にした。

「構いませんが、間違っていても勘弁してくださいよ、参謀長」

 人好きのする顔でそう言ってくる。こいつは美男子というわけじゃないが、妙に憎めない奴で、こちらも自然と笑みが零れる。

「作戦会議の場でも言っていましたが、あいつが狙っているのは帝国軍に危機感を持たせることです。それも一個軍団では対応できないほど深刻なものを」

「目的は皇都攻略作戦を中止に追い込むことだったな」

「ええ。それも知将ホラント・エルレバッハ元帥だけじゃなく、政戦両方の天才、皇帝マクシミリアンと、切れ者のヨーゼフ・ペテルセン総参謀長を騙さないといけないんです。そうなると大胆な策をやらないといけません」

「そうだな。だが、僅か一個連隊で一個軍団では対応できない状況を誤認させるというのは無理があるんじゃないのか?」

「常識的に考えれば、参謀長のおっしゃる通りですが、マティに常識は通用しません」

 そう言って笑う。

「イスターツ先輩はマティアス先輩が何をしようとしているのか分かっているのですか?」

 フリッツが疑問を口にする。

「ある程度はな」

「それは何なのだ?」

 じれったくなり先を促す。

「参謀長も知っていると思いますが、ラウシェンバッハ騎士団がリッタートゥルムに向かうという噂が流れています。恐らく既に出陣を偽装しているはずで、今月末くらいには皇帝の耳にも入るでしょう……」

 噂でしか聞いたことはないが、ラウシェンバッハ騎士団は獣人族の兵士で作られた精鋭で、兵士の戦闘力は大陸一という話だ。上手く使えば帝国軍の一個軍団と渡り合えると聞いている。

「確かに精鋭だと聞いているが、二ヶ月前の共和国軍との合同演習ではケンプフェルト元帥にコテンパンにやられたと聞いている。皇帝の耳に入っても危機感は持たないんじゃないか」

「普通ならそう思うんですが、マティの恐ろしいところはその情報をあえて流しているところなんです」

「意味が分からんな」

 不利な情報をあえて流す理由が全く分からない。

「確かに騎士団としては共和国軍一万に完敗しましたが、兵士の戦闘力はケンプフェルト元帥直属部隊に匹敵するという噂を流しています。実際、俺も戦ったことがありますが、竜牙流の皆伝の俺でも勝てない奴がゴロゴロいるんです」

「お前でも勝てない奴がゴロゴロいるだと……」

 ハルトムートは我が騎士団でも一二を争う剣術士であり、その言葉に絶句する。

「そして重要なことは、帝国軍はケンプフェルト元帥の直属部隊に一度やられているということです。四千五百人の達人が帝国領内に入り込んだらと考えれば、危機感を持つでしょうね」

 そこで先日の作戦会議のことを思い出した。

「確かにそうだが、ラウシェンバッハ殿は一個騎士団を投入することは補給の面で問題があるから、現実的じゃないのと言っていなかったか?」

「ええ。ですが、逆に言えば、補給の問題さえクリアできれば、一個騎士団を投入しても問題はないんです」

「なるほど。そう言う見方もあるのだな」

 確かにその通りだと納得する。

「つまり、マティはラザファムの連隊を使ってラウシェンバッハ騎士団を支援するように見せかけるんじゃないかと思っています」

「具体的にはどうやると思っているんですか?」

 フリッツも私と同じ疑問を持ったようで質問した。

「その辺りは行ってみないと分からないが、俺なら一個連隊をシュヴァーン河の上流で渡河させ、補給を行っているように見せるだろうな。その上で敵の斥候隊を始末して目を潰す。あとは獣人たちが移動した痕跡を残せば、ラウシェンバッハ騎士団が帝国領内深くに侵入したのではないかと考えるだろう」

「確かに俺なら簡単に騙されるな。だが、相手はエルレバッハだ。ラウシェンバッハ殿の策を見破るんじゃないか?」

「むしろエルレバッハだから騙せると思いますよ」

 またまた分からなくなった。

「どういう意味だ?」

「奴は目の前でマティの策を見ています。見事な手際で二個師団を引き込み、捕虜にしました。ですから、何らかの策が行われているはずだと思うでしょう。あとは判断に迷うようにいろいろと手を打つと思いますが、その辺りは偵察の結果を見て、彼が考えるでしょうね」

 俺とフリッツは声が出なかった。
 ラウシェンバッハ殿はもちろん、ハルトムートも天才だと思い知らされたからだ。
 そのことを言うと、ハルトムートは笑い出した。

「ハハハハハ! 俺は天才じゃないですよ。天才と言えるのはマティとイリスでしょうね。俺とラズは奴らの考えは理解できても、最初から思いつきません。まあ、マティに言わせれば、俺とラズは指揮官向きで、自分たちは参謀向きだということらしいですが」

 なるほどと思ったが、そうなると俺は参謀に向いていないなと思ってしまう。

「いずれにせよ、面白いものが見られることは間違いないですよ」

 そう言ってハルトムートは笑っていた。
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