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第九章:「暗闘編」
第七話「マクシミリアン復帰」
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統一暦一二〇五年十月八日。
ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。マクシミリアン・クルーガー元帥
幽閉先のノルトフェルス砦から帝都ヘルシャーホルストに戻ってきた。
父である皇帝コルネリウス二世陛下は、兄ゴットフリートの失態である第三軍団敗北を知ると、迷うことなく一気に動いた。
九人いる枢密院議員、いわゆる元老のうち、私の処刑を訴えた五名が解任された。
新たに就任した枢密院議員は父を支持する者たちで、元内務尚書ハンス・ヨアヒム・フェーゲラインら皇帝の権力を制限しようとする者たちを少数派に追いやることに成功する。
フェーゲラインも自分の息の掛かった者を議員にしようと画策したが、父と内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトが電光石火で動いたため、完全に後手に回った。フェーゲラインは父の手腕に脱帽し、抵抗することをやめている。
解任された五人は、皇位継承権所有者に対する誹謗中傷と帝国軍に混乱を与えた罪で、現在投獄されている。今後は財産を没収された上、元老が有するあらゆる特権を剥奪されて帝都から放逐される予定だ。
処刑という選択肢もあったが、軍に一定の影響力を持つ者たちであったこと、残ったフェーゲラインらが頑なになることなどを考慮し、放逐に留めている。
許されることになった私だが、父の軍事顧問という肩書で皇宮内に席を与えられた。
「とりあえず、お前の思惑通り、鬱陶しい元老たちを処分できた。フェーゲラインは残ったが、奴は愚かではない。当面は大人しくしているだろう」
父の言葉に素直に頭を下げる。
「ありがとうございます」
「今後は余のため、帝国のために一層尽力してくれ。特に今回は王国にいいようにやられたからな」
その言葉に苦笑が浮かぶ。
「それにしても、あのグライフトゥルム王国にこれほどしてやられるとは考えていませんでした」
「そうだな。余もお前もゴットフリートも、ラウシェンバッハという若造にしてやられた。だが、このままでは済まさぬ。お前もそう考えているのだろ?」
私は大きく頷く。
「もちろんです。これまでやられた分はきっちり返さねば、至高の座を争う者として示しがつきませんから」
「その割には楽しそうに見えるぞ。お前がそのような表情をするとは、今まで知らなかったな」
父の言葉に軍務尚書のシルヴィオ・バルツァーと内務尚書のヴァルデマール・シュテヒェルトが頷いている。
自分では意識していなかったが、言われてみれば、ラウシェンバッハとの対決を楽しんでいる気がする。
「楽しんでいるのかもしれません。これほど長期間、私のことをコケにしてくれた若者ですから、どうやって仕返しするか、いろいろと考えていました」
父は真剣な表情に変えて頷いた。
「ラウシェンバッハというか、グライフトゥルム王国にはきちんと借りを返さねばならん。だが、その前に捕らえられた第三軍団の兵たちのことがある。この交渉をお前に任せるつもりだが、問題はないな?」
「もちろんです」
「よかろう。だが一つ言っておく。この交渉でゴットフリートを貶めることは認めぬ。理由は分かっているな」
父の言いたいことは理解しているので、小さく頷く。
「はい。ここで兄上を貶めることは、内外の敵に利するだけです。最悪の場合、兄上が第二軍団を引き連れ、独立しかねませんし、そうならなくとも軍内に軋轢を作ることになりますから」
「その通りだ。ゴットフリートにその意思はなくとも、側近たちが暴走しかねん。彼らの罪を問わぬことはもちろん、敗軍と見られぬように配慮せねばならん」
私も同じ考えだが、父とは動機が異なる。
第二軍団は元々私が指揮していたし、兄の解任は不可避だ。後任に私がなることはほぼ間違いなく、再び彼らを心服させるためには配慮が必要だからだ。
「王国の外交使節が到着するのはまだ先でしょう。それまでにできることはやっておくべきではありませんか?」
「民たちへの工作か?」
「その通りです。恐らく既に王国の手の者が噂を流しているはずです。それを打ち消すために、こちらからも積極的に情報を発信していきましょう」
ラウシェンバッハは情報を使う天才と言っていい。
数千キロメートル離れた地であっても時間差なく動けるように、優秀な配下を各地に配し、恐るべき洞察力で事前に指示を出している。
それに対抗するためには、こちらも積極的に情報を発信していく必要がある。それもラウシェンバッハが打つ手を阻止する形で。
既にある程度の考えはまとまっている。
「考えがあるようだな。それを説明してもらおうか」
父はそう言ってニヤリと笑う。
「では説明させていただきます。恐らく王国の息が掛かった者は、第三軍団の敗北と大量に捕虜になったことを広めると思われます。これは事実ですから防ぎようがありません。ですので、それに上書きする形で、陛下が兵士たちのことを憂慮していること、必ず帰国させるとお考えであることを役人たちの口から広めさせます」
「余が兵士たちを取り戻そうと考えていることは事実だから、役人たちも広めやすかろう」
「その通りです。こうしておけば、王国側が陛下を貶めるような噂を流そうとしても流せなくなります。下手に事実に反する噂を流せば、諜報局に目を付けられるからです」
私の言葉にシュテヒェルトが頷く。
「おっしゃる通りですね。諜報局には事実と異なる噂を故意に流す者がいないか、探らせております」
さすがに動きが速いと感心するが、そのことは言わずに説明を続ける。
「更に兄上に関する噂についても、第二軍団だけで充分に皇都攻略が可能であると、陛下がお考えになっていると流します。事実、ナブリュックで封鎖を続ければ、一年以内に皇都は干上がりますから、これを否定しようがありません」
バルツァーが疑問を口にする。
「純軍事的には殿下のおっしゃる通りですが、ゴットフリート殿下が独立を考えているという噂が流れております。これを打ち消す必要があるのではありますまいか」
「その通りだ。それに関しては私自身が動く」
「どのように動くのだ?」
父が興味深げに聞いてきた。
「兄上の手で皇都攻略が成された暁には、皇位継承権を放棄すると宣言します。もちろんこれは本心です。この不利な状況で兄上が皇都を陥落させることができたのならば、臣下の一人としてお支えすることはやぶさかではありませんから」
「つまり、ゴットフリートに皇都攻略はできぬと見ているのだな」
父の問いに笑みを返す。
「先ほどバルツァーが言いましたが、純軍事的には可能です。しかし、政治的にはこの作戦を継続することは不可能です。王国がそれを認めないでしょうし、兵士の帰還を無視して作戦を継続すれば、民たちが騒ぎ出しますから。枢密院を押さえたとはいえ、フェーゲラインが放置するとは思えません」
「皇位継承権を放棄すると言っても実質的には何も変わらん。だから堂々と宣言できるということか。よく考えたものだ」
父は感心しているが、この程度のことは王国のラウシェンバッハも想定済みだろう。
「問題は王国が出す要求への対応です。賠償金と第二軍団の撤退を要求してくることは間違いないですが、テーリヒェンからの情報では、賠償金はとんでもない額になっています。しかし、払わぬという選択肢はありません。そんな噂が流れれば、先ほどの工作が意味を成しませんから。それに減額の交渉を長引かせることも民たちの不満を募らせることになりますから悪手と言っていいでしょう」
「その通りだ。だが、少なくとも八億マルク以上という途方もない金額だ。第一、我が国にそれだけの金はない」
父の口調は苦々しいものだった。
「その点は考えております。我が国に損害を与えず、兵たちを取り戻す方法ですが……」
父たち三人に考えていたことを説明する。
「……もちろん、王国がどの程度の要求を突き付けてくるかで変わる部分もありますが、陛下の評判を落とすことなく、また、兄上と第二軍団の士気を下げることない方法であると確信しております」
説明を終えると、父は満足げに頷き、シュテヒェルトたちも笑みを浮かべていた。
「その手なら余にも帝国にも損はないな。まあ、皇国攻略を仕切り直さねばならんが、第三軍団の兵が戻ってくるなら、大した遅れにはなるまい。マクシミリアン、そなたの好きにやれ」
こうして私はグライフトゥルム王国との交渉を任されることになった。そして、すぐに動き始めた。
ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。マクシミリアン・クルーガー元帥
幽閉先のノルトフェルス砦から帝都ヘルシャーホルストに戻ってきた。
父である皇帝コルネリウス二世陛下は、兄ゴットフリートの失態である第三軍団敗北を知ると、迷うことなく一気に動いた。
九人いる枢密院議員、いわゆる元老のうち、私の処刑を訴えた五名が解任された。
新たに就任した枢密院議員は父を支持する者たちで、元内務尚書ハンス・ヨアヒム・フェーゲラインら皇帝の権力を制限しようとする者たちを少数派に追いやることに成功する。
フェーゲラインも自分の息の掛かった者を議員にしようと画策したが、父と内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトが電光石火で動いたため、完全に後手に回った。フェーゲラインは父の手腕に脱帽し、抵抗することをやめている。
解任された五人は、皇位継承権所有者に対する誹謗中傷と帝国軍に混乱を与えた罪で、現在投獄されている。今後は財産を没収された上、元老が有するあらゆる特権を剥奪されて帝都から放逐される予定だ。
処刑という選択肢もあったが、軍に一定の影響力を持つ者たちであったこと、残ったフェーゲラインらが頑なになることなどを考慮し、放逐に留めている。
許されることになった私だが、父の軍事顧問という肩書で皇宮内に席を与えられた。
「とりあえず、お前の思惑通り、鬱陶しい元老たちを処分できた。フェーゲラインは残ったが、奴は愚かではない。当面は大人しくしているだろう」
父の言葉に素直に頭を下げる。
「ありがとうございます」
「今後は余のため、帝国のために一層尽力してくれ。特に今回は王国にいいようにやられたからな」
その言葉に苦笑が浮かぶ。
「それにしても、あのグライフトゥルム王国にこれほどしてやられるとは考えていませんでした」
「そうだな。余もお前もゴットフリートも、ラウシェンバッハという若造にしてやられた。だが、このままでは済まさぬ。お前もそう考えているのだろ?」
私は大きく頷く。
「もちろんです。これまでやられた分はきっちり返さねば、至高の座を争う者として示しがつきませんから」
「その割には楽しそうに見えるぞ。お前がそのような表情をするとは、今まで知らなかったな」
父の言葉に軍務尚書のシルヴィオ・バルツァーと内務尚書のヴァルデマール・シュテヒェルトが頷いている。
自分では意識していなかったが、言われてみれば、ラウシェンバッハとの対決を楽しんでいる気がする。
「楽しんでいるのかもしれません。これほど長期間、私のことをコケにしてくれた若者ですから、どうやって仕返しするか、いろいろと考えていました」
父は真剣な表情に変えて頷いた。
「ラウシェンバッハというか、グライフトゥルム王国にはきちんと借りを返さねばならん。だが、その前に捕らえられた第三軍団の兵たちのことがある。この交渉をお前に任せるつもりだが、問題はないな?」
「もちろんです」
「よかろう。だが一つ言っておく。この交渉でゴットフリートを貶めることは認めぬ。理由は分かっているな」
父の言いたいことは理解しているので、小さく頷く。
「はい。ここで兄上を貶めることは、内外の敵に利するだけです。最悪の場合、兄上が第二軍団を引き連れ、独立しかねませんし、そうならなくとも軍内に軋轢を作ることになりますから」
「その通りだ。ゴットフリートにその意思はなくとも、側近たちが暴走しかねん。彼らの罪を問わぬことはもちろん、敗軍と見られぬように配慮せねばならん」
私も同じ考えだが、父とは動機が異なる。
第二軍団は元々私が指揮していたし、兄の解任は不可避だ。後任に私がなることはほぼ間違いなく、再び彼らを心服させるためには配慮が必要だからだ。
「王国の外交使節が到着するのはまだ先でしょう。それまでにできることはやっておくべきではありませんか?」
「民たちへの工作か?」
「その通りです。恐らく既に王国の手の者が噂を流しているはずです。それを打ち消すために、こちらからも積極的に情報を発信していきましょう」
ラウシェンバッハは情報を使う天才と言っていい。
数千キロメートル離れた地であっても時間差なく動けるように、優秀な配下を各地に配し、恐るべき洞察力で事前に指示を出している。
それに対抗するためには、こちらも積極的に情報を発信していく必要がある。それもラウシェンバッハが打つ手を阻止する形で。
既にある程度の考えはまとまっている。
「考えがあるようだな。それを説明してもらおうか」
父はそう言ってニヤリと笑う。
「では説明させていただきます。恐らく王国の息が掛かった者は、第三軍団の敗北と大量に捕虜になったことを広めると思われます。これは事実ですから防ぎようがありません。ですので、それに上書きする形で、陛下が兵士たちのことを憂慮していること、必ず帰国させるとお考えであることを役人たちの口から広めさせます」
「余が兵士たちを取り戻そうと考えていることは事実だから、役人たちも広めやすかろう」
「その通りです。こうしておけば、王国側が陛下を貶めるような噂を流そうとしても流せなくなります。下手に事実に反する噂を流せば、諜報局に目を付けられるからです」
私の言葉にシュテヒェルトが頷く。
「おっしゃる通りですね。諜報局には事実と異なる噂を故意に流す者がいないか、探らせております」
さすがに動きが速いと感心するが、そのことは言わずに説明を続ける。
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バルツァーが疑問を口にする。
「純軍事的には殿下のおっしゃる通りですが、ゴットフリート殿下が独立を考えているという噂が流れております。これを打ち消す必要があるのではありますまいか」
「その通りだ。それに関しては私自身が動く」
「どのように動くのだ?」
父が興味深げに聞いてきた。
「兄上の手で皇都攻略が成された暁には、皇位継承権を放棄すると宣言します。もちろんこれは本心です。この不利な状況で兄上が皇都を陥落させることができたのならば、臣下の一人としてお支えすることはやぶさかではありませんから」
「つまり、ゴットフリートに皇都攻略はできぬと見ているのだな」
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「皇位継承権を放棄すると言っても実質的には何も変わらん。だから堂々と宣言できるということか。よく考えたものだ」
父は感心しているが、この程度のことは王国のラウシェンバッハも想定済みだろう。
「問題は王国が出す要求への対応です。賠償金と第二軍団の撤退を要求してくることは間違いないですが、テーリヒェンからの情報では、賠償金はとんでもない額になっています。しかし、払わぬという選択肢はありません。そんな噂が流れれば、先ほどの工作が意味を成しませんから。それに減額の交渉を長引かせることも民たちの不満を募らせることになりますから悪手と言っていいでしょう」
「その通りだ。だが、少なくとも八億マルク以上という途方もない金額だ。第一、我が国にそれだけの金はない」
父の口調は苦々しいものだった。
「その点は考えております。我が国に損害を与えず、兵たちを取り戻す方法ですが……」
父たち三人に考えていたことを説明する。
「……もちろん、王国がどの程度の要求を突き付けてくるかで変わる部分もありますが、陛下の評判を落とすことなく、また、兄上と第二軍団の士気を下げることない方法であると確信しております」
説明を終えると、父は満足げに頷き、シュテヒェルトたちも笑みを浮かべていた。
「その手なら余にも帝国にも損はないな。まあ、皇国攻略を仕切り直さねばならんが、第三軍団の兵が戻ってくるなら、大した遅れにはなるまい。マクシミリアン、そなたの好きにやれ」
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