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第八章:「東部戦線編」

第十九話「皇都攻略作戦発動」

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 統一暦一二〇五年七月一日。
 ゾルダード帝国中央エーデルシュタイン、第二軍団駐屯地。ゴットフリート・クルーガー元帥

 俺が第二軍団長に就任して五ヶ月。ようやく皇都リヒトロット攻略作戦を開始できる。

 本来であれば、一ヶ月ほど前の五月下旬には作戦を開始する予定だった。しかし、リッタートゥルム城周辺に送り込んだ偵察中隊からの報告を受け、軍団内部や軍務府内の調査を行っていた関係から、帝都にいる皇帝陛下の裁可が下りなかった。

 その調査だが、明確な裏切り行為は見つけられなかった。しかし、情報を漏洩させていた不届き者が何人も見つかり、どの程度の情報がグライフトゥルム王国に漏れたのか確認が必要となり、一ヶ月という時間を要してしまった。

 しかし、これで後顧の憂いはなくなった。
 敵にこちらの情報が筒抜けの状態で、奇襲作戦を含む、大規模な攻略戦を行うなど、愚の骨頂だからだ。

 これまで皇都リヒトロットを攻略できなかったのは、グリューン河という天然の要害があることが大きいが、皇国水軍のガレー船と大型帆船が渡河作戦や攻城戦を困難なものにしていることが要因だ。

 ガレー船はその舳先にある衝角を使い、渡河中の我が軍の船舶に体当たり攻撃を行ってくる。我が軍の渡河用の船は簡易のボートか筏にすぎないため、ほとんど何もできずに沈められてしまう。そのため、渡河作戦自体が非常に困難だ。

 更に密かに川を渡ることができたとしても、皇都に近づくには、ハルトシュタイン山脈とグリューン河に挟まれた北公路を通らざるを得ない。その際、投石器や大型弩砲を積載した大型帆船が川岸近くにいる我が軍を一方的に攻撃し、甚大な損害を与えられていた。



 我が軍も敵の船舶に対し、無抵抗というわけではなかったが、川岸に投石器を並べて攻撃しても、グリューン河の川幅は五百メートルほどあり、最大射程三百メートルの投石器では射程外に簡単に逃げられてしまう。

 また、敵は動けるが、岸に設置した投石器は容易に動かせないため、暗闇に紛れて接近されて、逆に投石器で攻撃を受けて破壊されることが多かった。

 父コルネリウス二世もこの状況を打破することができず、敵の陸上軍をおびき出して撃破し、士気を下げることくらいしかできなかった。

 この状況で俺に二個軍団六万という兵力が与えられた。
 これだけの兵力があれば、敵を騙せる陽動作戦が可能となる。俺は温めていた作戦を帝都に上申し、それがようやく承認された。

 俺が考えた作戦は比較的単純だ。
 まず、俺の第二軍団の二個師団とテーリヒェンの第三軍団をグリューン河の下流域に派遣し、下流から渡河して北岸にある都市を攻略するように見せかける。これにより、皇国はグリューン河を使った補給路を失うことを恐れ、水軍を派遣するはずだ。

 そして、敵の水軍のほとんどが下流に向かった後、皇都の下流百二十キロメートルほどの位置にあるゼンフート村を奇襲し占領する。

 ゼンフート村付近はグリューン河の川幅が三百メートルほどと狭くなっている場所だ。その南岸に投石器を設置すれば、皇都に戻ろうとする敵水軍を攻撃することが可能となる。

 この奇襲作戦は俺が直々に指揮し、それが分かるように俺の旗を見せつける。
 敵は皇都を守るために慌てて川を遡上するはずだ。それに俺という美味そうな餌があれば、ゼンフート村を攻撃しようとその場で停船するだろう。
 そこを投石器で攻撃するのだ。

 水軍ではなく、陸上軍が攻撃してきても問題はない。
 ゼンフート村付近はハルトシュタイン山脈が近くまで迫っており、大軍の運用が難しい場所でもあり、一万程度の皇国軍であれば、一個連隊二千五百名でも充分に防ぐことはできる。また、一個師団一万名で占領すれば、逆に敵軍を撃破することも難しくない。

 敵の陸上軍を撃破すれば、水軍は戻って来るしかなく、投石器による攻撃で大きな損害を与えることが可能になるのだ。

 水軍を失えば、皇都の攻略は成ったも同然だ。
 補給路を失うため、五万の兵と十万人以上の市民が飢えるのは時間の問題であり、皇都を放棄するしかなくなるためだ。

 この作戦案だが、師団長以上にしか開示していない。これはグライフトゥルム王国軍情報部の情報収集能力を警戒したためだ。

 もっとも、仮に王国に情報が漏れ、王国軍が援軍を派遣したとしても、恐れる必要はない。王都シュヴェーレンベルクに情報が届き、シュヴァーン河を渡って帝国領内に入るには三ヶ月以上掛かる。それだけの時間があれば、皇都を攻略できるからだ。

 しかし、王国軍には恐ろしく頭が切れる奴がいる。そいつが想像もつかない手を打ってくることを恐れ、情報管理を徹底することにしたのだ。

 既に兵士たちには本日の出陣が伝えられている。
 そのため、早朝から準備を行い、エーデルシュタイン郊外に六万の精鋭が整列していた。
 俺はその精鋭たちの前で演説を行った。

「これより皇都リヒトロットへの補給路を遮断するため、グリューン河の下流にある都市を攻略する! 渡河作戦には多くの危険が伴うが、諸君らであれば恐れることはないと確信している! 皇都攻略という偉業を成し遂げるため、諸君らの健闘に期待する! 以上! 帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」

「「「帝国万歳!」」」

「「「皇帝陛下万歳!」」」

 拡声の魔導具で全軍に聞こえていたため、俺が万歳と叫ぶと、六万の兵士もそれに倣う。その万雷の声に兵士たちの士気が最高潮に高まっていることを感じた。

 先発隊が出発した後、第三軍団長のザムエル・テーリヒェン元帥と打ち合わせをする。

「卿には五万の兵を預けることになる。これは俺が卿に期待している証拠だ」

 俺の言葉にテーリヒェンが紅潮した顔で大きく頷く。

「ご期待に背くことはございません。クルーガー卿の、いえ、ゴットフリート殿下のために、全力で当たることを誓います」

 気負い過ぎている感じがするが、今回の作戦はそれほど難しいものではないため、注意することなく頷いた。

「卿が全力を尽くすことは疑っていないよ。あとは部下の管理を適切にやってくれれば、何も問題はないだろう。皇都攻略という偉業を成し遂げ、帝都に凱旋しようじゃないか」

「はっ!」

 テーリヒェンは立ち上がって敬礼を行った。それは皇帝に対する最敬礼だった。

「それはまだ早いぞ。不敬罪に問われかねんから注意してくれ」

 俺が苦笑気味にそう言うが、彼は真面目な顔で首を横に振る。

「人の目があるところではいたしませんが、これは小官の気持ちを表しております」

 これ以上言っても納得しそうにないので、「分かった、分かった」と笑いながら言って、彼との話を終えた。

 そして、私も直属の部隊と共に出発した。


■■■

 統一暦一二〇五年七月一日。
 ゾルダード帝国東部帝都ヘルシャーホルスト北部、ノルトフェルス砦。マクシミリアン・クルーガー元帥

 私は与えられた部屋で報告書を見ていたが、あることを思い出した。

(今日は皇都攻略作戦の発動日だったな。兄は意気揚々とエーデルシュタインを出発したのだろうな……)

 私のところには定期的に情報が届いており、極秘である皇都攻略作戦についても軍務尚書であるシルヴィオ・バルツァーから概要は聞いていた。

(さすがは兄と言ったところだな。皇国の水軍を壊滅させる必要があることは私も感じていたが、あれほど大胆な策を考え、実行することはできないだろう。成功すれば、半年以内に皇都は陥落するが、私ならもう少し時間を掛けるからな……)

 兄の策は大胆だが、その成功率は高いと思っている。
 リヒトロット皇国に見るべき将はいないし、慌てふためいて兄の思惑通りに動くはずだからだ。

(しかし、本当に成功するのだろうか? 王国のラウシェンバッハが何か途方もない手を打ってくるような気がするが……)

 ラウシェンバッハについては兄にも情報が入っているが、彼はあまり重視していない。王国が介入するには時間が掛かるし、介入してきてくれた方が時間差で王国軍も撃破できると考えているほどだ。

(確かにその通りなのだが、これまでのことを考えれば、私や兄の想像の上をいく策を使ってくる可能性は高い。実際、第二軍団に裏切り者がいるという偽情報で、一ヶ月以上も出陣を遅らせているのだから……まあ、それを言ったら私も踊らされた口なのだが……)

 そう考えて自然と苦笑が浮かぶ。
 王国が仕掛けてきた偽情報により、枢密院の元老たちが私に対して処罰を主張していた。実際、私が第二軍団長の時代の話であり、責任はあるので彼らの主張は強ち間違いではないのだが、父である皇帝コルネリウス二世も情報に踊らされ、私は危機的な状況に陥った。

 内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトが冷静に対処してくれたため、処罰は免れたが、かなり危険な状況だったようだ。

 そう考えると、王国が手を拱いているとは思えない。しかし、幽閉されている私にできることはなかった。

(兄上のお手並みを拝見させてもらおうか。これを乗り越えるなら、皇帝の座を譲ってもいい……)

 そんなことを考えたが、何となく兄が失敗するのではないかと根拠なく思っていた。
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