上 下
192 / 464
第八章:「東部戦線編」

第十八話「リッタートゥルム城出発」

しおりを挟む
 統一暦一二〇五年四月二十四日。
 グライフトゥルム王国南部リッタートゥルム城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ

 リッタートゥルム城に来てから十日。
 途中で帝国軍の偵察隊を捕虜にするなど、突発的なこともあったが、地形調査は順調に進んだ。

 捕らえた偵察隊だが、小隊長のハイドラーを始め、全員を解放している。
 これは帝国軍に疑心暗鬼を生じさせるための策だ。特にハイドラーには多くの情報を得ているように話しているので、内通者の調査を始めるはずだ。

 仮に内通者の調査がなくとも問題はない。
 彼らが城内を移動する際は常に目隠しをしていたし、シャッテン以外とは接触しないようにしていたから、こちらの情報が漏れることはない。

 シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペについてはその存在が知られることになるが、こちらも問題ないと思っている。

 帝国は既に獣人入植地について興味を示しているから、獣人部隊ができていてもおかしいとは思わないだろうし、獣人の精鋭部隊があると思ってくれた方が、シャッテンを使っていることのカモフラージュになる。

 魔導師の塔である叡智の守護者ヴァイスヴァッヘは国家への関与を制限されているため、今の全面的な支援は他の塔から非難を受ける可能性がある。そのため、下部組織である闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテンが必要以上に動いていると思われない方がいい。

 私に対する関心度合いは上がるだろうが、既に謀略を仕掛けられ、更にその謀略を逆手に取る策を行っていることが知られるのは時間の問題なので、獣人たちとの関係を調べられても今更感がある。

 それに私と獣人たちに注目してくれた方が、帝国に潜入しているシャッテンたちが気づかれにくくなる。
 だから、偵察隊を釈放しても問題ないと判断したのだ。

 この他にも偵察隊から得た情報から、帝国側の警備体制も分かったため、シャッテンたちにシュヴァーン河の東岸についても調べてもらっている。

 その結果、リッタートゥルム城の対岸近くに、大規模な補給拠点を建設できることが判明した。

 また、渡河用の船を調達できれば、リッタートゥルム城の南に数百人規模の兵士を送り込むことが可能で、水上からの攻撃と同時に岩山からの奇襲を受けると、陥落の可能性があることも分かった。

 そのため、守備兵団の団長であるオイゲン・フォン・グライリッヒ男爵と協議を行い、対策を提案した。

 具体的にはシュヴァーン河の上流域まで偵察を行うことと、王国側に渡ることができる箇所には痕跡が残るような細工をし、定期的に敵が渡河していないことを確認すること、リッタートゥルム城の南側を補強することだ。

 偵察については現状でも可能だが、城の補強は岩山を削って断崖絶壁とすることと、上から矢を射こまれないように壁を高くすることであるため、時間が掛かる。

 そのため、王都にいるグレーフェンベルク伯爵らにこれらの情報を伝え、早急に対処してもらうこととした。

『城の補強は早急に着手できるよう宰相府にねじ込もう。だが、帝国がリッタートゥルムから離れたという情報はありがたい。ヴェヒターミュンデからも情報部の諜報員をフェアラートに送り込んで確認するよう指示を出すつもりだ』

「よろしくお願いします。フェアラートに帝国軍がいなければ、皇都攻略作戦を開始するために戦力を集中させていることになりますから、他の手を打たなければなりませんので」

『そうだな。ゴットフリート皇子がグリューン河の中流域に向かうという情報が入っている。まだ軍団は動いていないが、皇子は何かするつもりなのかもしれん』

 グレーフェンベルク伯爵もゴットフリート皇子の動きを気にしていたようだ。

叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室に情報収集と解析を頼んでいますので、その結果次第では我が国から打って出ることも視野に入れておいた方がいいでしょう」

 皇都リヒトロットは大河グリューン河に守られた堅固な城塞都市だが、戦争の天才ゴットフリート皇子なら、それを逆手に取ってくる可能性は否定できない。

『マクシミリアン皇子も厄介だったが、ゴットフリート皇子も厄介だな。二人まとめて排除することができればいいのだが……君にならできるのではないかな?』

 言いたいことは分かるが、無茶ぶりが過ぎる。

「難しいというより現時点では不可能ですよ。マクシミリアン皇子も本当に幽閉されているのか疑問ですし、皇帝コルネリウス二世も政戦両方の天才なのですから」

 マクシミリアン皇子の動向だが、今のところ帝都北部の古い砦に幽閉されたことしかわかっていない。

 昨日の四月二十三日にモーリス商会の商会長ライナルト・モーリスが内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトに面会しているが、マクシミリアン皇子の情報は手に入らなかったと報告を受けている。

『了解したよ。話は変わるが、黒獣猟兵団という精鋭部隊を作ったそうじゃないか。どのくらいの数にするつもりなのか、教えてくれないか』

 帝国軍の偵察小隊を捕らえたという報告を受け、興味を持ったようだ。

「今のところ、ラウシェンバッハ子爵領の守備隊としてしか使うつもりはありません。ですので、最大五百名程度とお考えください」

『もったいないな。聞いた話だが、一騎当千の戦士ばかりだそうじゃないか。三万人の獣人たちから募れば、三千人程度の精鋭部隊が作れるのではないかな』

 グレーフェンベルク伯爵が知れば、こう言ってくることは予想できていたので、答えも考えてある。

「獣人たちには十年程度の税と労役の免除を約束しています。それを反故にするつもりは私にはありません」

 伯爵は諦めきれないのか、更に言い募ってくる。

『だが、徴兵するのではなく、志願という形で正当な対価を支払うなら問題ないのではないか? ケンプフェルト将軍の直属のような、劣勢を跳ね返せる精鋭は魅力的なのだが』

 予想通りの反応であり、これも答えは考えてある。

「切り札はあった方がよいかもしれませんが、依存することは危険です」

『どういうことかな』

「精鋭を前提とした戦略とすれば、他の部隊が依存し、全力を尽くさなくなる可能性があります。それに私は彼らを使わずとも勝てる戦い方を提案するつもりです。そうしなければ、彼らを前提とした戦いしかできなくなりますので」

『確かにそうだな。獣人部隊を作ったとしても、間に合わなければ負けるというのでは戦略の幅を狭めることになる。最低限の練度は必要だが、どの騎士団でも対応できるような戦略を練っておくことは必要だろう』

 何とか納得してくれたようだ。
 言わなかったが、もう一つ理由はあった。それは私個人に対する忠誠心が強すぎることだ。

 私かイリスがいなくては使えない部隊になるし、それ以上に政敵であるマルクトホーフェン侯爵らに攻撃の口実を与える危険がある。また、帝国がこの事実を知れば、謀略を仕掛けてくる可能性は高い。

 この他にもレヒト法国に知られれば、現在も継続している獣人族移住計画が頓挫することになるし、モーリス商会が危険に曝されることにもなりかねない。
 それらのことを考えると、獣人たちを安易に使うことは危険なのだ。


 四月二十五日、リッタートゥルム城での調査を終え、ラウシェンバッハに向けて出発した。

 特に魔獣ウンティーアに襲われるようなこともなく、五月十二日に無事ラウシェンバッハに帰還した。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

udonlevel2
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...