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第八章:「東部戦線編」

第八話「獣人護衛部隊結成:その二」

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 統一暦一二〇五年三月十九日。
 グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、獣人族入植地ヴォルフ村。狼人族戦士エレン・ヴォルフ

 マティアス様の護衛隊を選ぶ選抜試験が行われる。
 俺たちを含めた各氏族の代表者が草原に集まると、リオ殿が選抜方法を説明していく。

「こちらから指名する六組の氏族で三十名の班を作る。班ができたところで私が状況を説明する。その後、護衛の模擬訓練を行う。それぞれ適切に対応してほしい。但し、前の班の対応が分かると不公平になるから、離れた場所で一班ずつ行う」

 確認方法は実戦形式で、明日の朝いちばんから行われる。
 くじ引きの結果、俺たちが入る班は最後の十番目になり、明日の正午前に試験が行われる。結果はすべての班が終了した時点、つまり俺たちが終わったところで、リオ殿たちが総合的に判断して決めるらしい。

 俺たちは村に戻り、どう対応するか五人で話し合った。
 しかし、やってみないと分からないという意見が多く、いつも通りにやるだけということになった。

 翌日、眠い目をこすりながら起きる。いろいろと考えてあまり眠れなかったのだ。
 正午頃まで待ち時間になるが、どんな試験なのか気になり、早く始まってほしいと思ってしまう。

 ようやく俺たちの番が回ってきた。
 俺たち狼人ヴォルフ族の他は、熊人ベーア族、虎人ティーガー族、犬人フント族、兎人ハーゼ族、豹人パンター族だ。
 打ち合わせる時間もなく、すぐにリオ殿が説明を始める。

「護衛対象は私だ。諸君らは徒歩で私の周囲を守る。配置は私のすぐ前に兎人族、右前方に狼人族、左前方に犬人族、右後方に熊人族、左後方に虎人族、後方に豹人族とする。それぞれその場で最善と思える行動を採ってくれればいい。以上だ」

 やはり打ち合わせはなく、どれだけ状況に応じた対応ができるかを確認するようだ。

「出発!」

 リオ殿が出発を命じた。そして、ゆっくりとした歩調で草原を進んでいく。
 俺たちは周囲の警戒をしながら、同じように進んでいった。

 三十分ほどは何もなかったが、森に近づいたところで、右側から突然矢が飛んできた。
 その数は五本ほど。それを打ち払いながら指示を出す。

「敵襲! リオ殿を守れ! クルトは俺の横で盾を使って矢を防げ! ルーカスとレーネは前に出て矢を打ち払いつつ、敵の襲撃に対応しろ! サラは周囲を警戒!」

 俺が指示を出している間に次の矢が飛んできた。

 盾を持つ俺と片手剣使いのクルトがリオ殿の前に立ち、俺たちの前に槍使いのルーカスと女性の双剣士レーネが飛んでくる矢を打ち払っている。
 女性の弓使いサラは矢を番えた弓を構えながら左右を警戒していた。

 俺たちの後方にいた熊人ベーア族は全員が大型の盾を持っており、俺やクルトと同じようにリオ殿の前に立って矢を防ごうとしていた。

 矢による奇襲はすぐに終わった。接近戦を挑んでくるのかと思ったが、数分経っても動きがない。

「周囲を警戒する部隊を出すべきだと思う。リオ殿、許可してくれないか」

 俺がそう言うと、リオ殿は頷いた。

「許可してもよいが、誰を出すのだ? 全員で行くのか?」

「俺とレーネが先行する。右前方の守りが薄くなる分、熊人族に負担が掛かるが、彼らの防御力なら問題ないと思っている」

「よろしい。では、狼人族から二名、他に兎人族からも二名斥候として出てもらおう」

 俺たちの獣人族セリアンスロープの師匠なだけあって、さすがによく分かっている。

 俺たち狼人ヴォルフ族は嗅覚が特に優れている。一方の兎人ハーゼ族は獣人族セリアンスロープの中でも特に聴覚に優れた氏族であるため、その両方の特性を生かして敵を見つけようというのだ。

 兎人族と簡単な打ち合わせを行い、分担を決める。
 兎人族戦士は全員が女性で、リーダーはミーツェという名だ。

「前方は風上になる。ならば、俺たちの方が敵を見つけやすい。兎人ハーゼ族は全体をカバーするように索敵してくれないか」

「そうね。それが合理的だわ」

 ミーツェは物分かりがよく、すぐに俺の提案を受け入れてくれた。
 俺とレーネは五十メートルほど先行して敵を探っていく。俺たちの十メートルほど後ろに兎人族の戦士が左右を気にしながら付いてくる。

 俺は襲撃者がリオ殿以外のシャッテンではないかと考えていた。
 そうであるなら、単純な攻撃を行う可能性は低い。陽動作戦を使ってくることも頭に入れておいた方がいいだろう。

 俺の懸念は当たった。

「前から革鎧の匂いが流れてきたわ」

 レーネが俺に近づき囁く。
 確かに微かだが、なめし皮の匂いが嗅ぎ取れた。

「レーネはミーツェにこの情報を伝えてから、リオ殿に報告に行ってくれ」

「どうして? 私たちで奇襲を掛けるのではないの?」

「相手は恐らくシャッテンだ。これが陽動作戦の可能性もある。リオ殿の判断を仰いでくれ」

 レーネはすぐに納得し、後方に下がっていった。
 俺はそのままゆっくりと進み、敵を警戒していく。

 突然、正面の草むらが二つに割れ、黒い塊が飛び出してきた。
 それは黒装束に身を包んだ敵で、白刃をきらめかせており、慌てて回避する。
 更にもう一人が飛び出し、俺を軽く牽制した後、本隊に向かって走っていった。

「敵襲! 襲撃者は二名!」

 ミーツェたちが短い剣を構えて待ち受けるが、あっさりとすり抜けられてしまう。
 二人は慌ててその後を追うが、俺は更に周囲を警戒していた。
 そして、左側の草むらが僅かに動いたことに気づき、そこに向かって走っていく。

 予想通り、そこには弓を持った二人の戦士がいた。
 シャッテンかと思ったが、猫人カッツェ族の戦士で、俺の登場に驚いている。

 二人を斬り捨てるように剣を軽く動かす。二人はすぐに弓を捨て、倒されたという意思表示をした。俺はそれを横目に見ながら、周囲を警戒する。

「見事なもんだな。さすがは狼人ヴォルフ族だ」

 三十代半ばくらいの猫人族戦士がそう言って笑っている。
 しかし、俺はまだ試験中であるため、その軽口には乗らず、ゆっくりと本隊に向かっていった。

 本隊は後方から攻撃を受けていたが、俺の警告を受けて後ろにも警戒していたため、撃退に成功した。

「これで試験は終了とする。結果は本日の午後三時頃に発表する。以上だ」

 その言葉でようやく緊張が解けた。

「何とか守り切れたな」

 熊人ベーア族のリーダーらしき男が俺に声を掛けてきた。その男は熊人族らしく俺より頭一つ以上デカく、歳も十歳くらい上に見える。

「そのようだな。俺の名はエレン。デニスの息子エレンだ」

 そう言って右手を差し出す。

「俺はヴィルギルだ。見事な指揮だった」

「あんたたちも見事な連携だったな。最初の奇襲の時、俺とクルトだけじゃ厳しかったかもしれない」

 そこに兎人族のミーツェが加わった。

「さっきはごめんなさい。せっかく警告してもらったのに抜けられてしまったわ」

「あれは仕方ない。俺も軽くあしらわれたし、もう一人いても止める自信はない」

 これは正直な思いだ。
 飛び出してきたのはシャッテンであり、あの体術に付いていくことは不可能だ。

 そんな感じで話をした後、村に帰っていく。
 村に戻ると、親父たちが出迎えてくれたが、その表情は硬いものだった。

「どうだ? 上手くできたか?」

「合格できるんだろうな」

「どんな状況だった?」

 そんな感じの質問が何人もから飛んでくる。
 最初は一人一人に答えていたが、面倒になってきたので、俺が一括して説明する。

「いつもやっている護衛任務の模擬訓練と同じだった。護衛対象を守り切ることはできた。それにリオ殿たちに教わった通りにやれたと思う。だが、他の班の状況が分からないから、合格できるとは断言できない。以上だ!」

 俺たち獣人族はシャッテンのリオ殿たちから戦闘訓練を受けていた。訓練は剣術や槍術などの武術に関するものが多いが、野営地への奇襲や輜重隊への襲撃、更には今回のような護衛を想定した訓練もあった。

 護衛訓練に関しては、リオ殿たちは特に重視しており、さまざまな状況を想定して行われている。

 発表の時間が近づいてきたため、草原に向かう。
 各氏族の代表たちが並んでおり、俺たちもそこに並んだ。

 どんな結果になるのかが気になって胃がキリキリ痛むが、表情には出さない。他の連中も無表情な者が多いが、俺と同じようなものだろう。

 リオ殿が親父を含む各氏族の長たちと共に現れた。
 親父の表情に変化がないことから長たちも結果は聞かされていないらしい。
 リオ殿は俺たちの前に立つと、よく通る声で話し始めた。

「合格した氏族を発表する。南部の猟犬ヤークトフント族……」

 猟犬族が声を上げるが、リオ殿がそれを目で制して静める。
 犬人フント族や猫人カッツェ族など複数の氏族がいる場合は、特徴と村の場所で区別している。

「では続ける。北部の白猫ヴァイスカッツェ族、兎人ハーゼ族、白虎ヴァイスティーガー族、中央の熊人ベーア族、同じく中央の狼人ヴォルフ族だ」

「「「オオオオ!!」」」

 そこで俺だけでなく、選ばれた氏族の者たちが雄叫びを上げる。
 選ばれなかった氏族は悔しげな表情を浮かべている者もいるが、大きな拍手が巻き起こった。

 それが静まったところで、リオ殿が発表を続けていく。

「六氏族の中でも特に狼人族は他の組との連携、状況把握、襲撃への対応、いずれも問題なく、全員一致でマティアス様の護衛に相応しいという結論となった。そのため、リーダーであるエレン・ヴォルフを護衛隊長に推薦するつもりでいる……」

 俺の名が出たため、思わず声を上げそうになったが、リオ殿の説明が続いているので我慢する。

「……但し、隊長については、マティアス様とイリス様がお決めになられるため、決定ではないことだけは覚えておいてくれ」

「俺が隊長……」

 思わずそんな言葉が零れる。

「やったな、エレン!」

 後ろに立っていたクルトが俺の背中をバンと叩く。
 俺はそれに応えようとしたが、リオ殿の話がまだ終わっていないため、前を見ていた。

「先の六氏族に加え、以下の四氏族も護衛隊に加えてはどうかと提案する。獅子シーレ族、北部の黒犬シュヴァルツェフント族、猛牛シュティーア族、南部の黒狼シュヴァルツェヴォルフ族だ。これも決定ではないが、恐らくマティアス様は認めてくださると考えている。以上だ」

 その四氏族からも歓声が上がり、祝福の拍手が沸き起こる。

 あとで聞いた話だが、リオ殿はリッタートゥルム城付近での偵察を考え、斥候部隊と護衛部隊の二つが作れるように十の氏族、五十名としてはどうかと考えていたそうだ。

 リオ殿の発表の後、族長たちによる話し合いがその場で行われたが、反対する者はおらず、提案通りとなった。
 決定したところで親父がやってきた。

「よくやってくれた。一族の誉れだ!」

 そう言って俺の肩を叩く。
 村の連中も集まり、俺たちを祝福していく。

 それが落ち着いたところで、親父が俺たち五人を集めた。

「明日の朝いちばんでラウシェンバッハの町に行ってもらう。目的地はモーリス商会だ」

「モーリス商会に何をしに行くんだ?」

「護衛隊の装備を整える。マティアス様の護衛隊が狩人イエーガーと同じ格好というわけにはいかんからな」

 詳しく聞くと、兵士らしく統一した装備を整えるらしい。

「あと五日しかないが、大丈夫なのか?」

「この話が来る前から、守備隊のための装備を準備するよう、リオ殿がモーリス商会に頼んでいたらしい。それにこの話が来てからすぐにモーリス商会に話を通し、彼らも全面的に協力してくれると確約した。あの商会が本気になれば、五十名程度の装備なら間に合わせてくれるだろう」

 その言葉通り、五日後の二十五日にはすべての装備が届けられた。
 俺たちはその真新しい装備を身に着け、マティアス様が到着するのを待つことにした。
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