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第七章:「帝国混乱編」
第二十五話「マクシミリアンの策:前編」
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統一暦一二〇五年一月十七日。
ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。内務尚書ヴァルデマール・シュテヒェルト
マクシミリアン殿下から連絡が入った。
我が国に対する謀略を行っている人物が判明したことと、それに対する策を考えたということで、すぐに殿下の部屋に向かう。
いつも沈着冷静な殿下にしては珍しく、いつもより表情が明るい。
「グライフトゥルム王国で謀略を行っている人物の目途が付いたとのことですが」
「陛下の直観が当たっていたようだ。私が見る限り、マティアス・フォン・ラウシェンバッハで間違いない」
皇帝陛下が気にされていた人物だが、あまりに若く、思わず反論してしまう。
「ですが、若すぎるのではありませんか?」
私の問いは想定されていたのか、笑みを浮かべられたまま、頭を振られた。
「確かに若いが、彼は十二歳の時に既に王国一の教育機関の研究者になれるほどの知識を有していた……」
殿下はご自身が突き止められた事実を説明していく。
シュヴェーレンブルク王立学院初等部の入学試験では、満点を取らせないように高等部卒業生が受験する研究科の編入試験と同等の難易度の試験問題が入っている。
そのため、通常の年は五百点満点中四百五十点前後が首席となるが、彼の場合、その難易度の高い試験で満点を取ったらしい。
「……それだけではなく、その試験問題の誤りまで指摘し、更には改善方法まで提示していたそうだ。これほどの能力を示しているのだ。若すぎるということで排除する必要はないだろう」
満点を取ったことと問題の誤りを指摘したことは、報告書を読んで気づいていたが、問題の難易度までは把握していなかった。
「そのような情報が記載されていたと記憶にないのですが?」
「マティアス・フォン・ラウシェンバッハに関する報告書には入っていない。だが、王国に関する報告書にはしっかり入っていたぞ。王国の教育に関する報告書の高等教育の章にな」
詳しく聞いてみると、ラウシェンバッハとそれ以外の合格者の点数に開きがあったため、調べられたらしい。
「なるほど……それは盲点でした」
「十二歳で研究者並の知識を持っていると考える方がおかしいからな。この点についても調べてみたが、叡智の守護者が関与している可能性が高い」
「魔導師の塔が関与……なるほど。報告書には叡智の守護者の治癒魔導師と懇意だとありましたな。それも王都の責任者という大物だと……その魔導師が彼を教育した可能性があるとお考えですか?」
「恐らくそうだろう。まあ、誰が教えたのかはよい。それよりも重要なことは叡智の守護者がどの程度関与しているかだ。ラウシェンバッハは確かに天才なのだろう。だが、いくら天才でも手段がない状態では謀略を仕掛けられん。ならば、闇の監視者が関与していると考えた方が自然だろう」
確かに叡智の守護者とその下部組織闇の監視者が謀略に関与しているのであれば大ごとだ。
「殿下はどうお考えでしょうか? 金で雇える闇の監視者はともかく、制約の多い魔導師の塔、叡智の守護者まで関与している可能性があるとお考えですか?」
魔導師の塔が関与しているとなると、対抗する手段が限られてくる。
殿下もその点が気になっていたのか、それまでより口調が硬くなった。
「それは分からぬ。卿の言う通り、闇の監視者なら関係が深いグライフトゥルム王家から依頼されれば、関与している可能性は充分にある。だが、魔導師の塔は世俗に関われん。下手に関与すれば、他の二つの塔から制裁を受けるのだからな。その制約の中で叡智の守護者が我が国に謀略を仕掛ける意図が読めぬ」
「おっしゃる通りですな。しかし、魔導師の塔は分からないことが多いですから、叡智の守護者が関与していないとも言い切れません」
魔導師の塔は“三塔盟約”という三つの塔が結ぶ盟約により、国家に関与することは最低限に抑えられている。そのため、宮廷魔導師として魔獣に関する助言を行うことや治癒魔導師が駐在する程度しか国家には関与しない。
唯一の例外が助言者である大賢者マグダだ。
彼女は叡智の守護者の創設者と言われているが、中立的な立場で各国の王や首脳と会っている。
その大賢者だが、彼女は現状の体制を大きく変えることを望んでおらず、国家間の争いを避けるよう助言を行っている。
そのため、我が国やレヒト法国にはほとんど足を向けない。それは両国が彼女の助言を無視し、他国への侵攻作戦を積極的に行っているからだ。
そう考えると、大賢者がグライフトゥルム王国に肩入れしている可能性は否定できないが、神に匹敵する力を持つと言われている存在に対し、できることはほとんどないだろう。
「叡智の守護者の関与はともかく、グレーフェンベルクやエッフェンベルクといった王国軍の俊英たちがラウシェンバッハを買っている。他にも共和国の英雄ケンプフェルトも彼のことを評価しているのだ。ラウシェンバッハがグレーフェンベルクに策を授けたとしても、私は驚かぬな」
グレーフェンベルクたちのことは私も気になっていた。しかし、若すぎるということで、次代を担う人物として可愛がっていると考えていた。
殿下はその先入観を捨て、事実のみでラウシェンバッハを見たため、彼の正体に気づいたのだ。
「いずれにしてもラウシェンバッハを放置するわけにはいかぬ。ヴェストエッケでの勝利が彼の献策によるものであれば、帝国にとっても大きな障害となり得るからだ」
殿下は先ほどまで浮かべていた笑みを消され、いつもの鋭い目つきに変わっていた。
「その点は同意いたしますが、王国内に諜報員がおらず、謀略を行う術がございません」
「それについては問題ない。諜報員など使わずとも奴を嵌めることができる」
陛下が見込まれただけのことがあり、既に謀略を考えておられたようだ。
「それはどのような方法でしょうか?」
「陛下に一通の手紙を出してもらうだけだ。天才と名高く、ヴェストエッケの真の勝利者であるマティアス・フォン・ラウシェンバッハ殿を、帝国軍士官学校の主任戦術教官として招聘したいとな」
殿下の意図に気づき、苦笑が漏れる。
「さすがは殿下でございます。ラウシェンバッハ本人は断るでしょうが、この事実が漏れれば周囲が疑念を持ちます。いえ、積極的にその情報を発信するのですね」
「そうだ。帝都に来るヴィントムントの商人に流せば、王都シュヴェーレンベルクにも必ず伝わる。そうなれば、有象無象どもが動いてくれるはずだ」
「確かに。信頼しているグレーフェンベルク伯爵や義父であるエッフェンベルク伯爵はともかく、他の貴族たちはラウシェンバッハに疑念の目を向けるでしょう。そうなれば、グレーフェンベルク伯爵も彼を使うことは難しくなりますし、上手くいけば王国が彼を排除してくれます」
「そう上手くいくとは思わんがな。あれほど周到な策を弄する者だ。自らを守ることを疎かにしているとは思えん」
殿下はラウシェンバッハのことを高く評価しているようだ。
「ではそのように動くといたしましょう。そろそろ陛下にも国政に戻っていただく時期でございますので」
「その前にもう一つ策を献じたい」
「どのようなものですかな」
「兄上にグライフトゥルム王国を攻めてもらう」
唐突な話で思わず、言葉を失った。
しかし、すぐに気を取り直して、理由を尋ねる。
「王国を攻めるとおっしゃいますが、ヴェヒターミュンデ城に潜入させていた間者も一掃されております。これは殿下も十分に認識されておられるとは思いますが、これからシュヴァーン河の水量が増しますから、渡河作戦が可能になるのは十月頃です。理由をお聞かせいただけますかな」
殿下はニヤリと笑われた。
「攻めると言っても今すぐではない。渡河には準備が必要であり、それに半年ほど掛ける。理由だが、三つある」
そうおっしゃられながら指を三本立てられた。
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我が国に対する謀略を行っている人物が判明したことと、それに対する策を考えたということで、すぐに殿下の部屋に向かう。
いつも沈着冷静な殿下にしては珍しく、いつもより表情が明るい。
「グライフトゥルム王国で謀略を行っている人物の目途が付いたとのことですが」
「陛下の直観が当たっていたようだ。私が見る限り、マティアス・フォン・ラウシェンバッハで間違いない」
皇帝陛下が気にされていた人物だが、あまりに若く、思わず反論してしまう。
「ですが、若すぎるのではありませんか?」
私の問いは想定されていたのか、笑みを浮かべられたまま、頭を振られた。
「確かに若いが、彼は十二歳の時に既に王国一の教育機関の研究者になれるほどの知識を有していた……」
殿下はご自身が突き止められた事実を説明していく。
シュヴェーレンブルク王立学院初等部の入学試験では、満点を取らせないように高等部卒業生が受験する研究科の編入試験と同等の難易度の試験問題が入っている。
そのため、通常の年は五百点満点中四百五十点前後が首席となるが、彼の場合、その難易度の高い試験で満点を取ったらしい。
「……それだけではなく、その試験問題の誤りまで指摘し、更には改善方法まで提示していたそうだ。これほどの能力を示しているのだ。若すぎるということで排除する必要はないだろう」
満点を取ったことと問題の誤りを指摘したことは、報告書を読んで気づいていたが、問題の難易度までは把握していなかった。
「そのような情報が記載されていたと記憶にないのですが?」
「マティアス・フォン・ラウシェンバッハに関する報告書には入っていない。だが、王国に関する報告書にはしっかり入っていたぞ。王国の教育に関する報告書の高等教育の章にな」
詳しく聞いてみると、ラウシェンバッハとそれ以外の合格者の点数に開きがあったため、調べられたらしい。
「なるほど……それは盲点でした」
「十二歳で研究者並の知識を持っていると考える方がおかしいからな。この点についても調べてみたが、叡智の守護者が関与している可能性が高い」
「魔導師の塔が関与……なるほど。報告書には叡智の守護者の治癒魔導師と懇意だとありましたな。それも王都の責任者という大物だと……その魔導師が彼を教育した可能性があるとお考えですか?」
「恐らくそうだろう。まあ、誰が教えたのかはよい。それよりも重要なことは叡智の守護者がどの程度関与しているかだ。ラウシェンバッハは確かに天才なのだろう。だが、いくら天才でも手段がない状態では謀略を仕掛けられん。ならば、闇の監視者が関与していると考えた方が自然だろう」
確かに叡智の守護者とその下部組織闇の監視者が謀略に関与しているのであれば大ごとだ。
「殿下はどうお考えでしょうか? 金で雇える闇の監視者はともかく、制約の多い魔導師の塔、叡智の守護者まで関与している可能性があるとお考えですか?」
魔導師の塔が関与しているとなると、対抗する手段が限られてくる。
殿下もその点が気になっていたのか、それまでより口調が硬くなった。
「それは分からぬ。卿の言う通り、闇の監視者なら関係が深いグライフトゥルム王家から依頼されれば、関与している可能性は充分にある。だが、魔導師の塔は世俗に関われん。下手に関与すれば、他の二つの塔から制裁を受けるのだからな。その制約の中で叡智の守護者が我が国に謀略を仕掛ける意図が読めぬ」
「おっしゃる通りですな。しかし、魔導師の塔は分からないことが多いですから、叡智の守護者が関与していないとも言い切れません」
魔導師の塔は“三塔盟約”という三つの塔が結ぶ盟約により、国家に関与することは最低限に抑えられている。そのため、宮廷魔導師として魔獣に関する助言を行うことや治癒魔導師が駐在する程度しか国家には関与しない。
唯一の例外が助言者である大賢者マグダだ。
彼女は叡智の守護者の創設者と言われているが、中立的な立場で各国の王や首脳と会っている。
その大賢者だが、彼女は現状の体制を大きく変えることを望んでおらず、国家間の争いを避けるよう助言を行っている。
そのため、我が国やレヒト法国にはほとんど足を向けない。それは両国が彼女の助言を無視し、他国への侵攻作戦を積極的に行っているからだ。
そう考えると、大賢者がグライフトゥルム王国に肩入れしている可能性は否定できないが、神に匹敵する力を持つと言われている存在に対し、できることはほとんどないだろう。
「叡智の守護者の関与はともかく、グレーフェンベルクやエッフェンベルクといった王国軍の俊英たちがラウシェンバッハを買っている。他にも共和国の英雄ケンプフェルトも彼のことを評価しているのだ。ラウシェンバッハがグレーフェンベルクに策を授けたとしても、私は驚かぬな」
グレーフェンベルクたちのことは私も気になっていた。しかし、若すぎるということで、次代を担う人物として可愛がっていると考えていた。
殿下はその先入観を捨て、事実のみでラウシェンバッハを見たため、彼の正体に気づいたのだ。
「いずれにしてもラウシェンバッハを放置するわけにはいかぬ。ヴェストエッケでの勝利が彼の献策によるものであれば、帝国にとっても大きな障害となり得るからだ」
殿下は先ほどまで浮かべていた笑みを消され、いつもの鋭い目つきに変わっていた。
「その点は同意いたしますが、王国内に諜報員がおらず、謀略を行う術がございません」
「それについては問題ない。諜報員など使わずとも奴を嵌めることができる」
陛下が見込まれただけのことがあり、既に謀略を考えておられたようだ。
「それはどのような方法でしょうか?」
「陛下に一通の手紙を出してもらうだけだ。天才と名高く、ヴェストエッケの真の勝利者であるマティアス・フォン・ラウシェンバッハ殿を、帝国軍士官学校の主任戦術教官として招聘したいとな」
殿下の意図に気づき、苦笑が漏れる。
「さすがは殿下でございます。ラウシェンバッハ本人は断るでしょうが、この事実が漏れれば周囲が疑念を持ちます。いえ、積極的にその情報を発信するのですね」
「そうだ。帝都に来るヴィントムントの商人に流せば、王都シュヴェーレンベルクにも必ず伝わる。そうなれば、有象無象どもが動いてくれるはずだ」
「確かに。信頼しているグレーフェンベルク伯爵や義父であるエッフェンベルク伯爵はともかく、他の貴族たちはラウシェンバッハに疑念の目を向けるでしょう。そうなれば、グレーフェンベルク伯爵も彼を使うことは難しくなりますし、上手くいけば王国が彼を排除してくれます」
「そう上手くいくとは思わんがな。あれほど周到な策を弄する者だ。自らを守ることを疎かにしているとは思えん」
殿下はラウシェンバッハのことを高く評価しているようだ。
「ではそのように動くといたしましょう。そろそろ陛下にも国政に戻っていただく時期でございますので」
「その前にもう一つ策を献じたい」
「どのようなものですかな」
「兄上にグライフトゥルム王国を攻めてもらう」
唐突な話で思わず、言葉を失った。
しかし、すぐに気を取り直して、理由を尋ねる。
「王国を攻めるとおっしゃいますが、ヴェヒターミュンデ城に潜入させていた間者も一掃されております。これは殿下も十分に認識されておられるとは思いますが、これからシュヴァーン河の水量が増しますから、渡河作戦が可能になるのは十月頃です。理由をお聞かせいただけますかな」
殿下はニヤリと笑われた。
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