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第七章:「帝国混乱編」
第二話「挨拶回り」
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統一暦一二〇四年六月七日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
イリスと結婚した翌日の朝。窓から差し込む朝日を受け、目が覚める。
新婚初夜の翌朝ということもあり、気だるさが残るが、隣で眠る妻の顔を見て、改めて幸せを噛み締めている。
今日は月曜日だが、休暇を取っており、仕事に行く必要はない。気持ちよさそうなイリスを起こすのは少し心苦しいが、方々に挨拶に行く必要があるため、あまりのんびりはできない。
「おはよう、イリス。そろそろ起きて」
私の声に反応し、ゆっくりと目を開く。
「おはよう、マティ……」
裸で寝ていることに気づき、恥ずかしさで顔を赤らめた。
そんな初々しい妻の姿に心が温かくなる。
キスをした後に着替え、朝食を摂るために食堂に向かう。
「こんな時間まで寝ていたのは久しぶりだわ」
時間的にはまだ七時くらいだが、彼女はいつも朝の鍛錬を行っているため、六時前には起きているらしい。
食堂に入ると、既に護衛兼メイドのカルラが食卓の準備をしていた。椅子に座って待っていると、両親と弟のヘルマンが入ってくる。
「早いな。もう少しゆっくりしていてもよかったんじゃないか」
父リヒャルトが笑顔でそういうと、母も「そうですよ」と言いながら笑っている。
「今日はいろいろと行くところがありますから」
そんな話をしながら、五人で朝食を摂る。
ラウシェンバッハ家に入ったイリスだが、あまり緊張している感じはない。学院初等部の頃から出入りしている家だし、ラザファムと一緒にだが、何度も泊まったこともあるからだろう。
朝食を終えて自室に戻ると、執事の一人である影のユーダが現れた。
「本日の予定ですが、まず王宮に赴き、婚姻の報告を行います。お相手は宮廷書記官長であるメンゲヴァイン侯爵閣下と伺っております。書記官長との面談は待ち時間や手続きを含めても二時間程度と想定しております……」
ユーダはメモを見ながら今日のスケジュールを説明している。私の護衛と情報収集の手伝いが主な仕事だが、執事として秘書のようなこともやってくれる。
「……その後、王宮から騎士団本部に赴いていただき、グレーフェンベルク伯爵閣下、ホイジンガー伯爵閣下、アウデンリート子爵閣下にご挨拶を行った後に会食。その後、第二騎士団の主だった方にご挨拶いただいた後に、学院に向かいます。午後三時頃にネッツァー上級魔導師にご挨拶いただき、午後五時頃からエッフェンベルク伯爵邸で伯爵家の主だった方と晩餐となっております」
帝国の諜報局が私を見張っているが、騎士団本部にはちょくちょく行っているし、知り合いも多いため不自然ではない。また、ネッツァー氏の屋敷も診察のために何度も行っており、行かない方が不自然だ。
そのスケジュールを聞き、イリスが溜息を吐き出す。
「忙しそうね。でも王宮以外はあまり気を使わなくてもよさそうだから、気が楽だわ」
「そうだね」
そう言ったものの、ネッツァー氏の邸宅で大賢者マグダが待っているのではないかと思っている。私にとっては緊張する相手ではないが、イリスは初めて言葉を交わすことになるから緊張するだろう。
まだ確定したわけでもないので伝えていないが、このことを話したら気が楽とは言えないはずだ。
正装に着替えて、ラウシェンバッハ家の馬車に乗り込む。
同行者はユーダとカルラで、ユーダは執事服、カルラも侍女らしい落ち着いた感じのドレスで、どちらも凄腕の暗殺者には見えない。
普段は動きやすい男装を好むイリスだが、今日はドレス姿だ。侯爵に会うから仕方がないのだが、彼女は不満げだ。
「騎士団と学院だけならドレスなんて着なくても済んだのに……わざわざ王宮に行かなくてはいけないなんて本当に面倒」
「貴族の家同士の結婚だから仕方がないよ」
男爵以上の貴族の子息・子女が結婚する場合、王宮に届出をするルールがある。これは正式な結婚と王室が認めることで、相続争いなどが起きた場合に揉めないようにするためだ。
この届出がされていないと子供が生まれても嫡出子とは認められず、相続権もない。そのため、側室である第二夫人以下についても届出が義務付けられているのだ。
このルールの本来の目的は王室が貴族同士の繋がりを把握することだ。貴族の派閥の構成を確認し、宮廷での政治を有利に運ぶためだが、現状ではマルクトホーフェン侯爵派が幅を利かせているため、あまり意味をなしていない。
王宮に到着すると、宮廷書記官に婚姻届けを出す。
通常の子爵家ならこれで終わりだが、イリスが反マルクトホーフェン侯爵派の重鎮、エッフェンベルク伯爵家の娘であるため、オットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵との会談がセットされた。
会談と言っても侯爵が一方的に話すだけで、あまり意味のあるものではなかった。しかし、通常なら一時間ほど待たされるところだが、侯爵がこちらに気を使ってくれたのか、すぐに会ってくれたため、予定の半分ほどの一時間ですべてを終えることができた。
「助かったわ。侯爵の話が長くなったらどうしようかと思ったから」
「確かにね。待ち時間がない分、長々と話されたらと私も思ったよ」
移動中の馬車の中でそんな話をしていた。
次の目的地である騎士団本部は、王都の西の端にあるが大した距離ではない。しかし、王宮からは二つの門をくぐる必要があるため、三十分ほど掛かる。
それでも予定より早く着いたため、先に知り合いに会っておこうと、第二騎士団の詰所に向かおうとした。
しかし、受付にいた若い騎士が慌てた様子で私たちを止める。
「お待ちください。グレーフェンベルク閣下から到着したらすぐにお連れするようにと命じられております」
「昼食には早い時間ですが……」
「理由は聞いておりませんが、ホイジンガー閣下とアウデンリート閣下にも連絡するように伺っておりますので、何かお話があるのかもしれません」
帝国の情報が入ってきたからそのことで話があるのかもしれないと考え、すぐに第二騎士団の団長室に向かった。
団長室に入ると、団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵と参謀長であるベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵が待っていた。
「おめでとう。式に参列できなかったのは残念だった。イリスの晴れの姿が見たかったのだが」
そう言いながら、グレーフェンベルク伯爵が私たちを祝福する。
伯爵はイリスが幼い頃から知っており、親戚の子供のような感じで接している。
「私もクリストフおじ様に見ていただきたかったのですけど」
「まあ、今日は珍しくドレスを着ているし、それで我慢しておこうか」
シャイデマン男爵からも祝福の言葉を受けた後、すぐに二人の騎士団長が入ってきた。
第三騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵と第四騎士団のコンラート・フォン・アウデンリート子爵だ。
この二人とは今年に入ってから月に二度ほど会っている。
名目は学院の戦術の講師として、騎士団の戦術を確認し、学生たちに教えるというものだが、実際には二人に個人授業を行っていた。
ホイジンガー伯爵は伝統ある伯爵家の当主であるし、アウデンリート子爵は現レベンスブルク侯爵の弟で、第一王妃であったマルグリットの兄に当たる。
そのため、私のような文官の家の若輩者に教えを乞うことを嫌がるかと思ったが、そのような素振りは一度も見せることなく、よい関係を築けている。
「結婚おめでとう。イリス嬢、今日は一段と美しいな」
イリスとも面識があるホイジンガー伯爵が祝福の言葉と共に、ドレス姿のイリスを褒める。
普段、騎士服姿しか見ていないので新鮮なのだろう。
「ありがとうございます、伯爵閣下」
イリスはそう答え、カーテシーのような美しい所作のお辞儀をする。この半年で叩きこまれたため完璧な所作だ。
「私からも祝福させてもらおう。これほど美しい花嫁を手に入れたマティアス君が羨ましいよ」
アウデンリート子爵からも祝福された。
二人にお礼の言葉を返した後、グレーフェンベルク伯爵はすぐに本題に入る。
「帝国のことだが、最新の情報が入ったと聞いた。それについて君の意見を聞きたいと思ったのだ」
「早いですね。私も一昨日に聞いたばかりですよ」
結婚式の前日である六月五日に叡智の守護者の情報分析室から最新情報を受け取っているが、さすがに結婚式を放り出すわけにもいかず、今日こちらから切り出そうと思っていたのだ。
「昨夜、大賢者様から直々に教えていただいた。具体的にはゴットフリート皇子が元帥に昇進し第三軍団長に就任したこと、マクシミリアン皇子の作戦が成功し帝都に帰還すること、帝都への食料輸送を減らす作戦を開始したことだ。大賢者様から君の見立ても聞いているが、この先のことを直接君から聞いておきたい」
情報は私が得たものと同じであったため、すぐに了承する。
「では、私の考えを説明させていただきます」
私は三人の騎士団長に対し、説明を始めた。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
イリスと結婚した翌日の朝。窓から差し込む朝日を受け、目が覚める。
新婚初夜の翌朝ということもあり、気だるさが残るが、隣で眠る妻の顔を見て、改めて幸せを噛み締めている。
今日は月曜日だが、休暇を取っており、仕事に行く必要はない。気持ちよさそうなイリスを起こすのは少し心苦しいが、方々に挨拶に行く必要があるため、あまりのんびりはできない。
「おはよう、イリス。そろそろ起きて」
私の声に反応し、ゆっくりと目を開く。
「おはよう、マティ……」
裸で寝ていることに気づき、恥ずかしさで顔を赤らめた。
そんな初々しい妻の姿に心が温かくなる。
キスをした後に着替え、朝食を摂るために食堂に向かう。
「こんな時間まで寝ていたのは久しぶりだわ」
時間的にはまだ七時くらいだが、彼女はいつも朝の鍛錬を行っているため、六時前には起きているらしい。
食堂に入ると、既に護衛兼メイドのカルラが食卓の準備をしていた。椅子に座って待っていると、両親と弟のヘルマンが入ってくる。
「早いな。もう少しゆっくりしていてもよかったんじゃないか」
父リヒャルトが笑顔でそういうと、母も「そうですよ」と言いながら笑っている。
「今日はいろいろと行くところがありますから」
そんな話をしながら、五人で朝食を摂る。
ラウシェンバッハ家に入ったイリスだが、あまり緊張している感じはない。学院初等部の頃から出入りしている家だし、ラザファムと一緒にだが、何度も泊まったこともあるからだろう。
朝食を終えて自室に戻ると、執事の一人である影のユーダが現れた。
「本日の予定ですが、まず王宮に赴き、婚姻の報告を行います。お相手は宮廷書記官長であるメンゲヴァイン侯爵閣下と伺っております。書記官長との面談は待ち時間や手続きを含めても二時間程度と想定しております……」
ユーダはメモを見ながら今日のスケジュールを説明している。私の護衛と情報収集の手伝いが主な仕事だが、執事として秘書のようなこともやってくれる。
「……その後、王宮から騎士団本部に赴いていただき、グレーフェンベルク伯爵閣下、ホイジンガー伯爵閣下、アウデンリート子爵閣下にご挨拶を行った後に会食。その後、第二騎士団の主だった方にご挨拶いただいた後に、学院に向かいます。午後三時頃にネッツァー上級魔導師にご挨拶いただき、午後五時頃からエッフェンベルク伯爵邸で伯爵家の主だった方と晩餐となっております」
帝国の諜報局が私を見張っているが、騎士団本部にはちょくちょく行っているし、知り合いも多いため不自然ではない。また、ネッツァー氏の屋敷も診察のために何度も行っており、行かない方が不自然だ。
そのスケジュールを聞き、イリスが溜息を吐き出す。
「忙しそうね。でも王宮以外はあまり気を使わなくてもよさそうだから、気が楽だわ」
「そうだね」
そう言ったものの、ネッツァー氏の邸宅で大賢者マグダが待っているのではないかと思っている。私にとっては緊張する相手ではないが、イリスは初めて言葉を交わすことになるから緊張するだろう。
まだ確定したわけでもないので伝えていないが、このことを話したら気が楽とは言えないはずだ。
正装に着替えて、ラウシェンバッハ家の馬車に乗り込む。
同行者はユーダとカルラで、ユーダは執事服、カルラも侍女らしい落ち着いた感じのドレスで、どちらも凄腕の暗殺者には見えない。
普段は動きやすい男装を好むイリスだが、今日はドレス姿だ。侯爵に会うから仕方がないのだが、彼女は不満げだ。
「騎士団と学院だけならドレスなんて着なくても済んだのに……わざわざ王宮に行かなくてはいけないなんて本当に面倒」
「貴族の家同士の結婚だから仕方がないよ」
男爵以上の貴族の子息・子女が結婚する場合、王宮に届出をするルールがある。これは正式な結婚と王室が認めることで、相続争いなどが起きた場合に揉めないようにするためだ。
この届出がされていないと子供が生まれても嫡出子とは認められず、相続権もない。そのため、側室である第二夫人以下についても届出が義務付けられているのだ。
このルールの本来の目的は王室が貴族同士の繋がりを把握することだ。貴族の派閥の構成を確認し、宮廷での政治を有利に運ぶためだが、現状ではマルクトホーフェン侯爵派が幅を利かせているため、あまり意味をなしていない。
王宮に到着すると、宮廷書記官に婚姻届けを出す。
通常の子爵家ならこれで終わりだが、イリスが反マルクトホーフェン侯爵派の重鎮、エッフェンベルク伯爵家の娘であるため、オットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵との会談がセットされた。
会談と言っても侯爵が一方的に話すだけで、あまり意味のあるものではなかった。しかし、通常なら一時間ほど待たされるところだが、侯爵がこちらに気を使ってくれたのか、すぐに会ってくれたため、予定の半分ほどの一時間ですべてを終えることができた。
「助かったわ。侯爵の話が長くなったらどうしようかと思ったから」
「確かにね。待ち時間がない分、長々と話されたらと私も思ったよ」
移動中の馬車の中でそんな話をしていた。
次の目的地である騎士団本部は、王都の西の端にあるが大した距離ではない。しかし、王宮からは二つの門をくぐる必要があるため、三十分ほど掛かる。
それでも予定より早く着いたため、先に知り合いに会っておこうと、第二騎士団の詰所に向かおうとした。
しかし、受付にいた若い騎士が慌てた様子で私たちを止める。
「お待ちください。グレーフェンベルク閣下から到着したらすぐにお連れするようにと命じられております」
「昼食には早い時間ですが……」
「理由は聞いておりませんが、ホイジンガー閣下とアウデンリート閣下にも連絡するように伺っておりますので、何かお話があるのかもしれません」
帝国の情報が入ってきたからそのことで話があるのかもしれないと考え、すぐに第二騎士団の団長室に向かった。
団長室に入ると、団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵と参謀長であるベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵が待っていた。
「おめでとう。式に参列できなかったのは残念だった。イリスの晴れの姿が見たかったのだが」
そう言いながら、グレーフェンベルク伯爵が私たちを祝福する。
伯爵はイリスが幼い頃から知っており、親戚の子供のような感じで接している。
「私もクリストフおじ様に見ていただきたかったのですけど」
「まあ、今日は珍しくドレスを着ているし、それで我慢しておこうか」
シャイデマン男爵からも祝福の言葉を受けた後、すぐに二人の騎士団長が入ってきた。
第三騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵と第四騎士団のコンラート・フォン・アウデンリート子爵だ。
この二人とは今年に入ってから月に二度ほど会っている。
名目は学院の戦術の講師として、騎士団の戦術を確認し、学生たちに教えるというものだが、実際には二人に個人授業を行っていた。
ホイジンガー伯爵は伝統ある伯爵家の当主であるし、アウデンリート子爵は現レベンスブルク侯爵の弟で、第一王妃であったマルグリットの兄に当たる。
そのため、私のような文官の家の若輩者に教えを乞うことを嫌がるかと思ったが、そのような素振りは一度も見せることなく、よい関係を築けている。
「結婚おめでとう。イリス嬢、今日は一段と美しいな」
イリスとも面識があるホイジンガー伯爵が祝福の言葉と共に、ドレス姿のイリスを褒める。
普段、騎士服姿しか見ていないので新鮮なのだろう。
「ありがとうございます、伯爵閣下」
イリスはそう答え、カーテシーのような美しい所作のお辞儀をする。この半年で叩きこまれたため完璧な所作だ。
「私からも祝福させてもらおう。これほど美しい花嫁を手に入れたマティアス君が羨ましいよ」
アウデンリート子爵からも祝福された。
二人にお礼の言葉を返した後、グレーフェンベルク伯爵はすぐに本題に入る。
「帝国のことだが、最新の情報が入ったと聞いた。それについて君の意見を聞きたいと思ったのだ」
「早いですね。私も一昨日に聞いたばかりですよ」
結婚式の前日である六月五日に叡智の守護者の情報分析室から最新情報を受け取っているが、さすがに結婚式を放り出すわけにもいかず、今日こちらから切り出そうと思っていたのだ。
「昨夜、大賢者様から直々に教えていただいた。具体的にはゴットフリート皇子が元帥に昇進し第三軍団長に就任したこと、マクシミリアン皇子の作戦が成功し帝都に帰還すること、帝都への食料輸送を減らす作戦を開始したことだ。大賢者様から君の見立ても聞いているが、この先のことを直接君から聞いておきたい」
情報は私が得たものと同じであったため、すぐに了承する。
「では、私の考えを説明させていただきます」
私は三人の騎士団長に対し、説明を始めた。
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