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第六章:「蠢動編」
第十六話「激動の年の締めくくり」
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統一暦一二〇三年十二月三十一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
窓の外では真っ白な雪が舞い降り、綿を被ったような常緑樹の葉が、白と緑の美しいコントラストを作り出している。
シュヴェーレンベルクはエンデラント大陸の北の方にあるため、冬の寒さは厳しいものの、年末に雪が降ることは少ないが、今日は特別なようだ。
外を見ながら、終わろうとしている激動の一二〇三年を感慨深く、思い出していた。
今年は王立学院の教員になったことから始まり、二月にはマルグリット王妃殺害事件が発生し、王国は内戦の危機に晒された。
王妃殺害事件はイリスにも影響し、彼女は第一騎士団を退団した。その後、王立学院で私の助手として働くようになり、そのお陰で一緒にいる時間が増え、婚約に至ることができた。私にとっては悪いことばかりではなかったが、多くの人に不幸を撒き散らした事件だった。
王妃殺害事件の影響は国内のみにとどまらず、レヒト法国の野心にも火を着けた。
六月の半ばに法国が王国の西の要衝ヴェストエッケに大軍を差し向けたと知り、その対応のため、第二騎士団とエッフェンベルク騎士団が派遣された。
私も臨時の参謀として従軍し、何とか法国の侵攻を食い止めることに成功した。
九月の半ばに王都に帰還したが、それからもいろいろとあった。
法国軍から奪った武具をモーリス商会に売ったり、捕虜と交換した軍馬をマルクトホーフェン侯爵家に押し付けたりと、思った以上に忙しい日々が続いた。
それらが一段落した十二月初旬、レヒト法国の獣人奴隷であった熊獣人族のゲルティ・ベーアが、私に会いたいと王都を訪れ、モーリス商会で密かに会っている。
彼は無事に家族に会えたことに対する礼を言いに、わざわざ三百五十キロメートルもの距離を旅してきたのだが、その際に変わった提案をしてきた。
それはラウシェンバッハ子爵領の獣人入植地にいる影に、武術を習いたいというものだった。
理由は入植地の西にあるヴァイスホルン山脈には危険な魔獣が多くいるが、自分たちはヴェストエッケで多くの男手を失い、家族を守ることに不安があるということだった。
不安があるといっても、他の氏族の助けを借りれば問題ないが、それはそれで自分たちの矜持に関わるので、少しでも強くなって、他の氏族に迷惑を掛けないようにしたいと訥々と語った。
影の派遣は、獣人入植地の存在を法国に知られないようにするために、私が叡智の守護者に依頼したことだ。
本来なら所掌外と言われてもおかしくない案件だが、獣人を買い取っているのは各国で情報収集に当たっているモーリス商会だ。万が一、彼らに危険が及んだ場合の影響について、大賢者マグダに訴えた。
『もし、モーリス商会が獣人を助けていると法国が知ってしまうと、商会関係者を捕らえ、処刑される可能性があります。そうなれば、法国での諜報活動が停滞することは間違いないでしょう。それだけでも影響は大きいですが、その噂が帝国に流れていけば、モーリス商会を使った情報収集に支障をきたすことは間違いありません』
『確かに坊の言う通りじゃな。今の王国が何とかなっておるのは、坊が情報を上手く使っておるからじゃ。それがなくなれば、この国はたちまち窮地に陥るじゃろう。そうなれば、神の復活にも支障をきたすかもしれぬ。ならば、獣人族のことを知られるわけにはいかぬの』
叡智の守護者は神である管理者の復活を目指す組織だ。そのため、大賢者は獣人入植地の対諜報活動を認めた。
その対諜報活動に従事している影は五人いるらしく、彼らに手ほどきを頼みたいというものだった。
私としては対諜報活動に支障が出ないなら問題ないと思うが、そのことを王都の叡智の守護者の責任者であるマルティン・ネッツァー上級魔導師に聞いてみた。
『今のところ法国が気づいた様子はないし、そもそも法国は諜報活動に積極的ではないから問題ないというのが塔の判断だね。まあ、最近は帝国の諜報局がウロウロしているから、安心はできないんだけどね』
ネッツァー氏の言う通り、十二月に入った頃から、帝国の諜報員たちが私の周辺やラウシェンバッハ子爵領を探り始めた。
ヴェストエッケの戦いに、私が大きく関わったという噂を聞いたらしい。
今のところ噂話を聞いている程度であり、下手に反応して本格的に調べられると困るから泳がせているが、大賢者は結構気にしていると教えてくれた。
『マグダ様が気にされているから、獣人入植地の影を増やす予定だったんだ。村に馴染んだ方が情報収集は行いやすいから、その点でも好都合という意見があったよ』
この件は闇の監視者の上位機関の承認が得られたため、私の方からゲルティに進めていいと伝えている。
このように帝国が動き始めたことが気になるが、法国からも無視できない情報がつい先日入ってきた。
それはヴェストエッケの戦いで敗れた黒鳳騎士団の団長、フィデリオ・リーツの処分が想像以上に軽く、騎士団長としてそのまま騎士団の再編に関わるというものだ。
有能なリーツ団長が生き残ると面倒なので、南方教会領の領都ハーセナイで彼を含む指揮官が無能だったため惨敗したという噂を流した。
その噂は大きく広がり、騎士団が帰還した際の市民の反応は冷たいものだったと聞いていた。
しかし、青鳳騎士団のドミニク・ロッシジャーニ団長がリーツを擁護したため、処刑を免れただけでなく、騎士団長のまま改革を行うことになったと聞いている。
南方教会領は今年の春までほとんど警戒していなかったので、今回の騎士団派遣を察知できなかったことに続き、ここでも後手に回った形だ。
南方教会領は王国から離れているため、短期的にはあまり問題にならないと思うが、今回のようにいつ侵攻してくるか分からない。そう考えると、早めに手を打っておくべきだったと後悔している。
一方、国内は比較的上手くいっている。
ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵と王都の責任者であるコルネール・フォン・アイスナー男爵の間に、楔を打ち込むことに成功したのだ。
事の発端は軍馬の購入だ。
若いミヒャエルは父ルドルフの代から重臣として仕えているアイスナーに対し、アラベラの暴走の時に独断専行したことは評価しつつも、煙たく思い始めていた。
そのことはアイスナー自身も気づいており、軍馬の購入の際には独断で動くことをせず、侯爵に宮廷工作の承認を得ようと使者を出している。そのため、彼が思っていたより速く動いたクラース侯爵を止めることができなかった。
その後、ミヒャエルから工作の許可が下りたが、後手に回ってしまう。
詔勅が下りる前ならやりようはあったが、既にあらゆることが決定されていた。
そのため、アイスナーは侯爵家の財政へのダメージを軽減する策に舵を切ることを余儀なくされる。
それでも有効な手はあまりなかった。彼は仕方なく、軍馬の購入を長期の分割払いとする提案を宰相府に持っていった。
しかし、それは私の予想の範囲内で、既に手を打っていた。
手と言っても単純なことで、金利を上乗せするという常識的なものだ。それを詔勅に盛り込んでいたのだ。
計算が面倒なので元金均等払いで計算しておき、それを財務官僚である父に渡し、宰相の承認を得ている。
具体手的には、軍馬の価値を五万マルクとし、金利を年利二十パーセントと設定する。
五年の元金均等払いの場合、一年目の支払いは二万マルクで、五年間の総額では八万マルクとなる。また、十年の場合、一年目は一万五千マルクだが、総額では十万五千マルクにもなる。
金利の年二十パーセントはこの世界でもやや高いものの、暴利と言うほどではない。マルクトホーフェン侯爵領では三割を超す高利貸しが存在するくらいだ。但し、通常は一年で返済する契約が多く、長期の分割払いは一般的ではなかった。
有能なアイスナーも利率の計算まではしてなかったようで、この計算を宰相府で見て嘆息したらしい。
また、元本と利率の値下げ交渉を行おうとしたが、詔勅に明記されていることと、他の者がその条件で既に契約していることから、マルクトホーフェン侯爵派のクラース侯爵もゴリ押しができなかった。
アイスナーは更に赤字覚悟で転売先を探したが、なかなか見つからなかった。挙句の果てに反マルクトホーフェン侯爵派のノルトハウゼン伯爵家やエッフェンベルク伯爵家にも声を掛けている。
二人の伯爵は半額以下の一頭当たり二万マルクなら購入すると言ったらしく、アイスナーはそこで嵌められたことに気づき、悔しげな表情を浮かべて引き上げていったと教えてもらった。
結局アイスナーは軍馬購入に対し何もできず、ミヒャエルに叱責されている。また、ミヒャエルはアイスナーに任せろと命じた父ルドルフにも文句を言い、親子喧嘩になったという噂が流れてきた。
マルクトホーフェン侯爵家に対する嫌がらせは他にも行っている。
それは今年の王立学院兵学部の首席卒業生であるエルンスト・フォン・ヴィージンガーを、マルクトホーフェン騎士団に送り込んだことだ。
ヴィージンガーは首席ではあったが、能力的には前年の首席であるラザファムはおろか、今年の次席であるヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼンに比べても遥かに劣る。
彼は記憶力がよく、座学の成績が同期の中では抜群によかった。それに加え、実技演習では教本を暗記し、その通りに完璧に実行したことが評価され、首席の座を獲得した。
しかし、彼には臨機応変の才がなく、マニュアルに固執する傾向にあった。
当初私は教員として、彼にそのことを指摘したが、彼は自分が優秀であると思い込み、素直に聞いたように見せるだけで改善しなかった。
第二騎士団に入団するなら、グレーフェンベルク伯爵に矯正する必要があると進言するつもりだったが、彼はマルクトホーフェン侯爵派の子爵家の嫡男であり、マルクトホーフェン騎士団に入ることを宣言していた。
そのため、学生時代はともかく、卒業試験後は特に指導する必要を認めなかった。
更に、ヴィージンガーは“世紀末組”の首席、ラザファムより指揮官として優秀で、私よりも参謀としての才能があるという噂を流した。
これに優秀な若手の側近を求めていたミヒャエルが飛びついた。
ミヒャエルはヴィージンガーを自らの参謀として傍に置くようになり、アイスナーと更に距離を取るようになったのだ。
ヴィージンガーが五年ほどボロを出さずにいてくれれば、アイスナーはこのまま淘汰され、マルクトホーフェン侯爵家の王都での工作能力は確実に落ちる。
ヴィージンガーが心を入れ替えて努力したとしても、アイスナーほどの能力を有するには多くの経験と長い時間が必要だ。その間にマルクトホーフェン侯爵家が弱体化してくれればいいと思っている。
私の周囲では、ラザファムとハルトムート、ユリウスの三人が、第二騎士団の大隊長に昇進した。但し、今月初めに辞令は出たものの、第四騎士団の再編が年明けにもつれ込んだため、宙に浮いた状態らしい。
彼らは自分の部下となる中隊長や小隊長を勧誘しつつ、団長や連隊長に自分たちのほしい人材が配属されるように交渉している。
つらつらとそんなことを考えていると、家令に扮している影のユーダ・カーンが私のところにやってきた。
「ラザファム様、イリス様、ハルトムート様、ユリウス様がお見えです」
「ありがとうございます。では、私も出てきますね」
私は四人と共に大晦日の王都に繰り出し、新しい年を迎える祭を楽しみにいった。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
窓の外では真っ白な雪が舞い降り、綿を被ったような常緑樹の葉が、白と緑の美しいコントラストを作り出している。
シュヴェーレンベルクはエンデラント大陸の北の方にあるため、冬の寒さは厳しいものの、年末に雪が降ることは少ないが、今日は特別なようだ。
外を見ながら、終わろうとしている激動の一二〇三年を感慨深く、思い出していた。
今年は王立学院の教員になったことから始まり、二月にはマルグリット王妃殺害事件が発生し、王国は内戦の危機に晒された。
王妃殺害事件はイリスにも影響し、彼女は第一騎士団を退団した。その後、王立学院で私の助手として働くようになり、そのお陰で一緒にいる時間が増え、婚約に至ることができた。私にとっては悪いことばかりではなかったが、多くの人に不幸を撒き散らした事件だった。
王妃殺害事件の影響は国内のみにとどまらず、レヒト法国の野心にも火を着けた。
六月の半ばに法国が王国の西の要衝ヴェストエッケに大軍を差し向けたと知り、その対応のため、第二騎士団とエッフェンベルク騎士団が派遣された。
私も臨時の参謀として従軍し、何とか法国の侵攻を食い止めることに成功した。
九月の半ばに王都に帰還したが、それからもいろいろとあった。
法国軍から奪った武具をモーリス商会に売ったり、捕虜と交換した軍馬をマルクトホーフェン侯爵家に押し付けたりと、思った以上に忙しい日々が続いた。
それらが一段落した十二月初旬、レヒト法国の獣人奴隷であった熊獣人族のゲルティ・ベーアが、私に会いたいと王都を訪れ、モーリス商会で密かに会っている。
彼は無事に家族に会えたことに対する礼を言いに、わざわざ三百五十キロメートルもの距離を旅してきたのだが、その際に変わった提案をしてきた。
それはラウシェンバッハ子爵領の獣人入植地にいる影に、武術を習いたいというものだった。
理由は入植地の西にあるヴァイスホルン山脈には危険な魔獣が多くいるが、自分たちはヴェストエッケで多くの男手を失い、家族を守ることに不安があるということだった。
不安があるといっても、他の氏族の助けを借りれば問題ないが、それはそれで自分たちの矜持に関わるので、少しでも強くなって、他の氏族に迷惑を掛けないようにしたいと訥々と語った。
影の派遣は、獣人入植地の存在を法国に知られないようにするために、私が叡智の守護者に依頼したことだ。
本来なら所掌外と言われてもおかしくない案件だが、獣人を買い取っているのは各国で情報収集に当たっているモーリス商会だ。万が一、彼らに危険が及んだ場合の影響について、大賢者マグダに訴えた。
『もし、モーリス商会が獣人を助けていると法国が知ってしまうと、商会関係者を捕らえ、処刑される可能性があります。そうなれば、法国での諜報活動が停滞することは間違いないでしょう。それだけでも影響は大きいですが、その噂が帝国に流れていけば、モーリス商会を使った情報収集に支障をきたすことは間違いありません』
『確かに坊の言う通りじゃな。今の王国が何とかなっておるのは、坊が情報を上手く使っておるからじゃ。それがなくなれば、この国はたちまち窮地に陥るじゃろう。そうなれば、神の復活にも支障をきたすかもしれぬ。ならば、獣人族のことを知られるわけにはいかぬの』
叡智の守護者は神である管理者の復活を目指す組織だ。そのため、大賢者は獣人入植地の対諜報活動を認めた。
その対諜報活動に従事している影は五人いるらしく、彼らに手ほどきを頼みたいというものだった。
私としては対諜報活動に支障が出ないなら問題ないと思うが、そのことを王都の叡智の守護者の責任者であるマルティン・ネッツァー上級魔導師に聞いてみた。
『今のところ法国が気づいた様子はないし、そもそも法国は諜報活動に積極的ではないから問題ないというのが塔の判断だね。まあ、最近は帝国の諜報局がウロウロしているから、安心はできないんだけどね』
ネッツァー氏の言う通り、十二月に入った頃から、帝国の諜報員たちが私の周辺やラウシェンバッハ子爵領を探り始めた。
ヴェストエッケの戦いに、私が大きく関わったという噂を聞いたらしい。
今のところ噂話を聞いている程度であり、下手に反応して本格的に調べられると困るから泳がせているが、大賢者は結構気にしていると教えてくれた。
『マグダ様が気にされているから、獣人入植地の影を増やす予定だったんだ。村に馴染んだ方が情報収集は行いやすいから、その点でも好都合という意見があったよ』
この件は闇の監視者の上位機関の承認が得られたため、私の方からゲルティに進めていいと伝えている。
このように帝国が動き始めたことが気になるが、法国からも無視できない情報がつい先日入ってきた。
それはヴェストエッケの戦いで敗れた黒鳳騎士団の団長、フィデリオ・リーツの処分が想像以上に軽く、騎士団長としてそのまま騎士団の再編に関わるというものだ。
有能なリーツ団長が生き残ると面倒なので、南方教会領の領都ハーセナイで彼を含む指揮官が無能だったため惨敗したという噂を流した。
その噂は大きく広がり、騎士団が帰還した際の市民の反応は冷たいものだったと聞いていた。
しかし、青鳳騎士団のドミニク・ロッシジャーニ団長がリーツを擁護したため、処刑を免れただけでなく、騎士団長のまま改革を行うことになったと聞いている。
南方教会領は今年の春までほとんど警戒していなかったので、今回の騎士団派遣を察知できなかったことに続き、ここでも後手に回った形だ。
南方教会領は王国から離れているため、短期的にはあまり問題にならないと思うが、今回のようにいつ侵攻してくるか分からない。そう考えると、早めに手を打っておくべきだったと後悔している。
一方、国内は比較的上手くいっている。
ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵と王都の責任者であるコルネール・フォン・アイスナー男爵の間に、楔を打ち込むことに成功したのだ。
事の発端は軍馬の購入だ。
若いミヒャエルは父ルドルフの代から重臣として仕えているアイスナーに対し、アラベラの暴走の時に独断専行したことは評価しつつも、煙たく思い始めていた。
そのことはアイスナー自身も気づいており、軍馬の購入の際には独断で動くことをせず、侯爵に宮廷工作の承認を得ようと使者を出している。そのため、彼が思っていたより速く動いたクラース侯爵を止めることができなかった。
その後、ミヒャエルから工作の許可が下りたが、後手に回ってしまう。
詔勅が下りる前ならやりようはあったが、既にあらゆることが決定されていた。
そのため、アイスナーは侯爵家の財政へのダメージを軽減する策に舵を切ることを余儀なくされる。
それでも有効な手はあまりなかった。彼は仕方なく、軍馬の購入を長期の分割払いとする提案を宰相府に持っていった。
しかし、それは私の予想の範囲内で、既に手を打っていた。
手と言っても単純なことで、金利を上乗せするという常識的なものだ。それを詔勅に盛り込んでいたのだ。
計算が面倒なので元金均等払いで計算しておき、それを財務官僚である父に渡し、宰相の承認を得ている。
具体手的には、軍馬の価値を五万マルクとし、金利を年利二十パーセントと設定する。
五年の元金均等払いの場合、一年目の支払いは二万マルクで、五年間の総額では八万マルクとなる。また、十年の場合、一年目は一万五千マルクだが、総額では十万五千マルクにもなる。
金利の年二十パーセントはこの世界でもやや高いものの、暴利と言うほどではない。マルクトホーフェン侯爵領では三割を超す高利貸しが存在するくらいだ。但し、通常は一年で返済する契約が多く、長期の分割払いは一般的ではなかった。
有能なアイスナーも利率の計算まではしてなかったようで、この計算を宰相府で見て嘆息したらしい。
また、元本と利率の値下げ交渉を行おうとしたが、詔勅に明記されていることと、他の者がその条件で既に契約していることから、マルクトホーフェン侯爵派のクラース侯爵もゴリ押しができなかった。
アイスナーは更に赤字覚悟で転売先を探したが、なかなか見つからなかった。挙句の果てに反マルクトホーフェン侯爵派のノルトハウゼン伯爵家やエッフェンベルク伯爵家にも声を掛けている。
二人の伯爵は半額以下の一頭当たり二万マルクなら購入すると言ったらしく、アイスナーはそこで嵌められたことに気づき、悔しげな表情を浮かべて引き上げていったと教えてもらった。
結局アイスナーは軍馬購入に対し何もできず、ミヒャエルに叱責されている。また、ミヒャエルはアイスナーに任せろと命じた父ルドルフにも文句を言い、親子喧嘩になったという噂が流れてきた。
マルクトホーフェン侯爵家に対する嫌がらせは他にも行っている。
それは今年の王立学院兵学部の首席卒業生であるエルンスト・フォン・ヴィージンガーを、マルクトホーフェン騎士団に送り込んだことだ。
ヴィージンガーは首席ではあったが、能力的には前年の首席であるラザファムはおろか、今年の次席であるヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼンに比べても遥かに劣る。
彼は記憶力がよく、座学の成績が同期の中では抜群によかった。それに加え、実技演習では教本を暗記し、その通りに完璧に実行したことが評価され、首席の座を獲得した。
しかし、彼には臨機応変の才がなく、マニュアルに固執する傾向にあった。
当初私は教員として、彼にそのことを指摘したが、彼は自分が優秀であると思い込み、素直に聞いたように見せるだけで改善しなかった。
第二騎士団に入団するなら、グレーフェンベルク伯爵に矯正する必要があると進言するつもりだったが、彼はマルクトホーフェン侯爵派の子爵家の嫡男であり、マルクトホーフェン騎士団に入ることを宣言していた。
そのため、学生時代はともかく、卒業試験後は特に指導する必要を認めなかった。
更に、ヴィージンガーは“世紀末組”の首席、ラザファムより指揮官として優秀で、私よりも参謀としての才能があるという噂を流した。
これに優秀な若手の側近を求めていたミヒャエルが飛びついた。
ミヒャエルはヴィージンガーを自らの参謀として傍に置くようになり、アイスナーと更に距離を取るようになったのだ。
ヴィージンガーが五年ほどボロを出さずにいてくれれば、アイスナーはこのまま淘汰され、マルクトホーフェン侯爵家の王都での工作能力は確実に落ちる。
ヴィージンガーが心を入れ替えて努力したとしても、アイスナーほどの能力を有するには多くの経験と長い時間が必要だ。その間にマルクトホーフェン侯爵家が弱体化してくれればいいと思っている。
私の周囲では、ラザファムとハルトムート、ユリウスの三人が、第二騎士団の大隊長に昇進した。但し、今月初めに辞令は出たものの、第四騎士団の再編が年明けにもつれ込んだため、宙に浮いた状態らしい。
彼らは自分の部下となる中隊長や小隊長を勧誘しつつ、団長や連隊長に自分たちのほしい人材が配属されるように交渉している。
つらつらとそんなことを考えていると、家令に扮している影のユーダ・カーンが私のところにやってきた。
「ラザファム様、イリス様、ハルトムート様、ユリウス様がお見えです」
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