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第五章:「初陣編」
第三十八話「月夜の死闘:その七」
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統一暦一二〇三年八月十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。ラザファム・フォン・エッフェンベルク
黒鳳騎士団の攻撃が緩やかになり、城壁の上から敵を牽制している状況が続いている。城内では何度も歓声や怒号が上がっており、そちらの状況が気になるが、敵はマティアスが警戒するリーツであるため、気が抜けない。
それでも司令部から適宜入ってくる情報を伝令が伝えてくれるため、我が軍が有利に戦いを進めていることは分かっており、私を含め部下たちにも余裕があった。
そんな中、再び伝令がやってきた。城内の状況が知らされるのかと思ったら、命令だった。
「第一中隊と第二中隊は直ちに城主館に向かえとのこと。その際はできるだけ慌てているように見せてほしいとのことです」
大隊長の命令が伝えられ、一瞬疑問を感じるが、すぐに敵を引き込む罠だと気づいた。
伝令に了解を伝えると、部下たちに命令を出していく。
「城主館に向かう! できる限り急げ!」
説明する時間はないが、部下たちは私の命令にすぐに反応し、階段に向かって走っていく。
『城門を守れ! 急いで下に降りろ!』
ハルトムートの声が遠くから聞こえてくる。彼も作戦に気づいたようだ。
『急げ! 門を破られたらヤバイぞ』
『邪魔だ! 俺たち第二中隊を先に通せ!』
ハルトムートの部下たちも一緒になって叫んでいる。
この短時間で指示を出したとは思えないから、敵の攻撃が緩んだところで予め説明していたのだろう。こういった点が私の及ばないところだ。
「敵を一掃するぞ! 他の中隊に負けるな!」
私の言葉に部下たちが剣を上げながら吠え、階段を駆け下りていく。
周囲を見ると、兵士たちがバタバタと走り回っており、城壁の下からは混乱しているようにしか見えないだろう。
城壁を降りたところで、部下たちに命令を出す。
「小隊ごとに城主館を目指せ! 目的地は城主館前の広場の東側だ! 進め!」
バラバラに走った方が早いが、到着したら隊ごとに整列する必要がある。二千人近い兵が集まるから小隊長を探すだけで時間が掛かる。それならば、最初から固まっていった方が早いと考えたのだ。
城壁から城主館までは五百メートルほどしかないため、すぐに到着した。
城主館の前は幅百メートル、奥行き五十メートルほどの広場になっており、その北側には美しい庭園がある。
その庭園の中央にグレーフェンベルク団長が直属部隊ともに待っており、副官や軍曹たちが各連隊の場所を怒鳴っていた。
我々はすぐに指定された場所に辿り着き、整列する。他の隊はまだ右往左往しており、私の考えは正しかったようだ。
我が中隊が整列してから十分ほどで混乱は収まった。
『これより敵を引き入れ、殲滅する! 第一連隊は正面で敵を受け止めよ! 第二連隊は中央道路の東側、第三、第四連隊は西側の建物の中に入り、敵の側面を攻撃せよ!』
予想通り敵を引き込むようだ。
大胆な策だが、恐らくマティアスが提案したものだろう。ならば不安はない。
『建物の陰などでは同士討ちの恐れがある! 暗闇では合言葉を用いよ! “月”と“雲”だ。“月”と言われたら必ず“雲”と答えよ! 答えぬ者は敵とみなして攻撃せよ! では、各連隊、配置に着け!』
その命令で伏兵となる部隊が散っていった。
私の部隊は正面で受け止めるため、配置が完了するまで待つこととなるが、その時間を利用して部下たちに注意を与えていく。
「敵は身体強化を使って突撃してくるはずだ。団長直属部隊の弩弓による射撃で勢いを止めるが、抜けてくる敵も多いはずだ。敵を受け止める時は可能な限り、複数で行え! 小隊長、分隊長は兵の名を上げて組ませるようにしろ! 既に勝利は我々のものだ! こんなところで無駄に命を落とすな!……」
部下たちの顔を見るが、やる気に満ちているものの、逸っている感じはない。問題ないと納得したところで、大隊長の声が聞こえてきた。
「連隊長から聞いたが、今回の作戦はラウシェンバッハ参謀長代理の提案だそうだ。参謀長代理の考えでは突入してくるのは赤鳳騎士団の兵士である可能性が高く、無理をしなくとも容易く殲滅できると考えているらしい……」
マティアスの策と聞き、部下たちの表情が更に明るくなる。今回の一連の戦いでマティアスに対する信頼感は信仰の域まで達しているようだ。
「……追撃は城門までだ! 外に出ることは許さん! 外に出た者は酒の配給を停止するとのことだ! 千里眼のマティアスが見ていることを忘れるな! 分かったな!」
兵士たちは皆納得したように頷いている。
『これより城門を開ける! 第二騎士団の精鋭たちよ! 訓練通りに冷静に対処せよ!』
団長閣下の声が響く。
私は滴り落ちる汗を拭きつつ、前方を見つめていた。
■■■
統一暦一二〇三年八月十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城外。黒鳳騎士団団長フィデリオ・リーツ
空を見上げると、月が大きく傾いている。
リートミュラー殿が黒狼騎士団を率いてヴェストエッケ城内に侵入してからは一時間ほど。城内から何度も歓声と怒声が沸き上がり、激しい戦闘になっていることは間違いない。
リートミュラー殿でも城門を制圧するには時間が掛かるが、待っているだけの身としては何かあったのではないかと悪い方向に考えてしまう。
「敵の一部が慌てて城壁を降りていきます」
部下の一人が城壁を指差して報告してきた。
バタバタという感じで弓兵以外の兵士が城壁の上から消えていく。何かが起きたことは明らかだ。
「黒狼騎士団が城門に辿り着いたのかもしれませんね」
副官が明るい表情でそう言ってくるが、私は「そうだな……」と気のない返事をする。
(時間的にはおかしくはない。黒狼騎士団の精鋭たちなら、待ち伏せている敵を圧倒することは容易いが、城門の操作室を制圧するには時間が必要だろう。だが、嫌な予感が消えない。これまで用意周到だった敵がここにきて後手に回っている。罠ではないのか……)
疑うものの、やるべきことはあまりない。
城門が開くなら無理に城壁を登らせる必要はないし、敵が罠を仕掛けてきたのなら不用意に攻撃することは危険だ。
「城門が開くまで現状を維持。いや、城門が開いても命令があるまで現状を維持せよ。突入は敵が罠を仕掛けていないことを確認してからとする」
「はっ! その旨を各隊に連絡します」
副官は素直に従ったが、その顔には不満があった。
副官が各隊に伝令を送っている間に、赤鳳騎士団が城門に近づいていく。
敵からの弓による攻撃は激しさを増すが、盾による防御で凌いでおり、赤鳳騎士団のほとんどが城門の前に移動する。
その数は三千を超えているように見え、城門の前でひしめいている。
更に白鳳騎士団まで徐々に東に移動しており、城門が開けば全軍で突入するつもりのようだ。
(拙い状況だ。もし敵の罠なら全滅すらあり得るぞ……ロズゴニー殿に注意を促しておくべきだな……)
副官を呼び、白鳳騎士団に敵の罠である可能性があることを伝えようとした。しかし、その前に城門がゆっくりと開いていく。
そして、黒狼騎士団の兵士が姿を見せる。
『我ら黒狼騎士団が城門を制圧した! 城主館に向かえ!』
その言葉が終わる前に赤鳳騎士団の兵士たちが歓声を上げて駆け出した。
無秩序に駆け込む兵士たちに上から激しく矢が降り注ぐが、盾を上に構えているため、倒れる兵士はごく僅かだ。
「我々も突入しましょう! このままでは手柄をすべて奪われてしまいます!」
副官が興奮気味に言ってくるが、私は首を横に振る。
「この状況で前に出ても中には入れん。あの混乱が落ち着くまで一旦下がって待機する。その旨を各隊に伝えよ」
「しかし……」
「敵の罠の可能性がある。そうなった場合、我らが残っていなければ、文字通り全滅する。それに既に黒狼騎士団が三千、それに赤鳳騎士団と白鳳騎士団が七千以上だ。一万超える兵が城内に入ることになるのだ。これ以上の戦力は不要だ」
副官は不満げな表情を浮かべたままだが、「了解しました!」と言って伝令に指示を伝える。
(何もなければよいが……嫌な予感しかしないのだが……)
私が見守っている間にも赤鳳騎士団の兵士が次々と城門の中に消えていく。どうやら黒狼騎士団の兵士が指示を出しているようだ。
(どういうことだ? あのリートミュラー殿が我々黒鳳騎士団はともかく、赤鳳騎士団に便宜を図るとは思えんが……やはりこれは罠だ! すぐに止めなければ!)
私は急いで前線に向かい、大声で叫んだ。
「止まれ! これは罠だ! 城内で待ち伏せしている! 引き返せ!」
しかし、私の声に応える者はいなかった。
『真っ直ぐに進め! 城主館を占領するんだ!』
『中に入っても立ち止まるな! 後ろの味方のことも考えろ!』
赤鳳騎士団の兵士たちは黒狼騎士団の兵士の言葉に従って城門に吸い込まれていった。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。ラザファム・フォン・エッフェンベルク
黒鳳騎士団の攻撃が緩やかになり、城壁の上から敵を牽制している状況が続いている。城内では何度も歓声や怒号が上がっており、そちらの状況が気になるが、敵はマティアスが警戒するリーツであるため、気が抜けない。
それでも司令部から適宜入ってくる情報を伝令が伝えてくれるため、我が軍が有利に戦いを進めていることは分かっており、私を含め部下たちにも余裕があった。
そんな中、再び伝令がやってきた。城内の状況が知らされるのかと思ったら、命令だった。
「第一中隊と第二中隊は直ちに城主館に向かえとのこと。その際はできるだけ慌てているように見せてほしいとのことです」
大隊長の命令が伝えられ、一瞬疑問を感じるが、すぐに敵を引き込む罠だと気づいた。
伝令に了解を伝えると、部下たちに命令を出していく。
「城主館に向かう! できる限り急げ!」
説明する時間はないが、部下たちは私の命令にすぐに反応し、階段に向かって走っていく。
『城門を守れ! 急いで下に降りろ!』
ハルトムートの声が遠くから聞こえてくる。彼も作戦に気づいたようだ。
『急げ! 門を破られたらヤバイぞ』
『邪魔だ! 俺たち第二中隊を先に通せ!』
ハルトムートの部下たちも一緒になって叫んでいる。
この短時間で指示を出したとは思えないから、敵の攻撃が緩んだところで予め説明していたのだろう。こういった点が私の及ばないところだ。
「敵を一掃するぞ! 他の中隊に負けるな!」
私の言葉に部下たちが剣を上げながら吠え、階段を駆け下りていく。
周囲を見ると、兵士たちがバタバタと走り回っており、城壁の下からは混乱しているようにしか見えないだろう。
城壁を降りたところで、部下たちに命令を出す。
「小隊ごとに城主館を目指せ! 目的地は城主館前の広場の東側だ! 進め!」
バラバラに走った方が早いが、到着したら隊ごとに整列する必要がある。二千人近い兵が集まるから小隊長を探すだけで時間が掛かる。それならば、最初から固まっていった方が早いと考えたのだ。
城壁から城主館までは五百メートルほどしかないため、すぐに到着した。
城主館の前は幅百メートル、奥行き五十メートルほどの広場になっており、その北側には美しい庭園がある。
その庭園の中央にグレーフェンベルク団長が直属部隊ともに待っており、副官や軍曹たちが各連隊の場所を怒鳴っていた。
我々はすぐに指定された場所に辿り着き、整列する。他の隊はまだ右往左往しており、私の考えは正しかったようだ。
我が中隊が整列してから十分ほどで混乱は収まった。
『これより敵を引き入れ、殲滅する! 第一連隊は正面で敵を受け止めよ! 第二連隊は中央道路の東側、第三、第四連隊は西側の建物の中に入り、敵の側面を攻撃せよ!』
予想通り敵を引き込むようだ。
大胆な策だが、恐らくマティアスが提案したものだろう。ならば不安はない。
『建物の陰などでは同士討ちの恐れがある! 暗闇では合言葉を用いよ! “月”と“雲”だ。“月”と言われたら必ず“雲”と答えよ! 答えぬ者は敵とみなして攻撃せよ! では、各連隊、配置に着け!』
その命令で伏兵となる部隊が散っていった。
私の部隊は正面で受け止めるため、配置が完了するまで待つこととなるが、その時間を利用して部下たちに注意を与えていく。
「敵は身体強化を使って突撃してくるはずだ。団長直属部隊の弩弓による射撃で勢いを止めるが、抜けてくる敵も多いはずだ。敵を受け止める時は可能な限り、複数で行え! 小隊長、分隊長は兵の名を上げて組ませるようにしろ! 既に勝利は我々のものだ! こんなところで無駄に命を落とすな!……」
部下たちの顔を見るが、やる気に満ちているものの、逸っている感じはない。問題ないと納得したところで、大隊長の声が聞こえてきた。
「連隊長から聞いたが、今回の作戦はラウシェンバッハ参謀長代理の提案だそうだ。参謀長代理の考えでは突入してくるのは赤鳳騎士団の兵士である可能性が高く、無理をしなくとも容易く殲滅できると考えているらしい……」
マティアスの策と聞き、部下たちの表情が更に明るくなる。今回の一連の戦いでマティアスに対する信頼感は信仰の域まで達しているようだ。
「……追撃は城門までだ! 外に出ることは許さん! 外に出た者は酒の配給を停止するとのことだ! 千里眼のマティアスが見ていることを忘れるな! 分かったな!」
兵士たちは皆納得したように頷いている。
『これより城門を開ける! 第二騎士団の精鋭たちよ! 訓練通りに冷静に対処せよ!』
団長閣下の声が響く。
私は滴り落ちる汗を拭きつつ、前方を見つめていた。
■■■
統一暦一二〇三年八月十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城外。黒鳳騎士団団長フィデリオ・リーツ
空を見上げると、月が大きく傾いている。
リートミュラー殿が黒狼騎士団を率いてヴェストエッケ城内に侵入してからは一時間ほど。城内から何度も歓声と怒声が沸き上がり、激しい戦闘になっていることは間違いない。
リートミュラー殿でも城門を制圧するには時間が掛かるが、待っているだけの身としては何かあったのではないかと悪い方向に考えてしまう。
「敵の一部が慌てて城壁を降りていきます」
部下の一人が城壁を指差して報告してきた。
バタバタという感じで弓兵以外の兵士が城壁の上から消えていく。何かが起きたことは明らかだ。
「黒狼騎士団が城門に辿り着いたのかもしれませんね」
副官が明るい表情でそう言ってくるが、私は「そうだな……」と気のない返事をする。
(時間的にはおかしくはない。黒狼騎士団の精鋭たちなら、待ち伏せている敵を圧倒することは容易いが、城門の操作室を制圧するには時間が必要だろう。だが、嫌な予感が消えない。これまで用意周到だった敵がここにきて後手に回っている。罠ではないのか……)
疑うものの、やるべきことはあまりない。
城門が開くなら無理に城壁を登らせる必要はないし、敵が罠を仕掛けてきたのなら不用意に攻撃することは危険だ。
「城門が開くまで現状を維持。いや、城門が開いても命令があるまで現状を維持せよ。突入は敵が罠を仕掛けていないことを確認してからとする」
「はっ! その旨を各隊に連絡します」
副官は素直に従ったが、その顔には不満があった。
副官が各隊に伝令を送っている間に、赤鳳騎士団が城門に近づいていく。
敵からの弓による攻撃は激しさを増すが、盾による防御で凌いでおり、赤鳳騎士団のほとんどが城門の前に移動する。
その数は三千を超えているように見え、城門の前でひしめいている。
更に白鳳騎士団まで徐々に東に移動しており、城門が開けば全軍で突入するつもりのようだ。
(拙い状況だ。もし敵の罠なら全滅すらあり得るぞ……ロズゴニー殿に注意を促しておくべきだな……)
副官を呼び、白鳳騎士団に敵の罠である可能性があることを伝えようとした。しかし、その前に城門がゆっくりと開いていく。
そして、黒狼騎士団の兵士が姿を見せる。
『我ら黒狼騎士団が城門を制圧した! 城主館に向かえ!』
その言葉が終わる前に赤鳳騎士団の兵士たちが歓声を上げて駆け出した。
無秩序に駆け込む兵士たちに上から激しく矢が降り注ぐが、盾を上に構えているため、倒れる兵士はごく僅かだ。
「我々も突入しましょう! このままでは手柄をすべて奪われてしまいます!」
副官が興奮気味に言ってくるが、私は首を横に振る。
「この状況で前に出ても中には入れん。あの混乱が落ち着くまで一旦下がって待機する。その旨を各隊に伝えよ」
「しかし……」
「敵の罠の可能性がある。そうなった場合、我らが残っていなければ、文字通り全滅する。それに既に黒狼騎士団が三千、それに赤鳳騎士団と白鳳騎士団が七千以上だ。一万超える兵が城内に入ることになるのだ。これ以上の戦力は不要だ」
副官は不満げな表情を浮かべたままだが、「了解しました!」と言って伝令に指示を伝える。
(何もなければよいが……嫌な予感しかしないのだが……)
私が見守っている間にも赤鳳騎士団の兵士が次々と城門の中に消えていく。どうやら黒狼騎士団の兵士が指示を出しているようだ。
(どういうことだ? あのリートミュラー殿が我々黒鳳騎士団はともかく、赤鳳騎士団に便宜を図るとは思えんが……やはりこれは罠だ! すぐに止めなければ!)
私は急いで前線に向かい、大声で叫んだ。
「止まれ! これは罠だ! 城内で待ち伏せしている! 引き返せ!」
しかし、私の声に応える者はいなかった。
『真っ直ぐに進め! 城主館を占領するんだ!』
『中に入っても立ち止まるな! 後ろの味方のことも考えろ!』
赤鳳騎士団の兵士たちは黒狼騎士団の兵士の言葉に従って城門に吸い込まれていった。
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