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第五章:「初陣編」

第二十五話「後始末」

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 統一暦一二〇三年七月三十一日。
 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ

 作戦会議を終え、当面の方針が決まった。
 分担などは参謀長と各隊の副官が具体的に詰めていくため、私がやることはシャッテンであるユーダ・カーンに敵の不和を煽る指示を出すだけだ。

 これ以上話はなさそうだったので、ユーダに敵の拠点であるクロイツホーフ城に潜入しているシャッテンに指示を出すよう依頼する。

「クロイツホーフ城に潜入しているシャッテンの方に、黒狼騎士団の兵士たちに鳳凰騎士団が敗れたという話を広めてほしいとお願いしてください。その際、大袈裟ではなく、攻城兵器が全く役に立たず、城壁の一部すら占拠できなかったという事実だけで誇張は不要です。但し、可能であれば黒狼騎士団の兵士たちが酒を飲んでいる時に」

「承りました。酒を飲んでいる時というのは、兵士たちがそれを面白おかしく更に広めてくれることを期待しているということですね」

「その通りです。最初は事実であっても酒が入れば、尾ひれが付きます。それが広まれば、黒狼騎士団のリートミュラー団長の耳にも入るでしょう。リートミュラー団長にはロズゴニー団長か、リーツ団長から正確な情報が入るでしょうが、鳳凰騎士団が不都合な事実を隠していると考えてくれれば儲けものですので」

 ユーダは私の言葉に頷くと、すぐに会議室を出ていった。

 これでゆっくり休めると思い、会議室を出ようとしたところで、伝令が入ってきた。そして、総司令官であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵とヴェストエッケ守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍に報告を行う。

 何があったのか気になり、一緒に聞くことにした。

「敵の攻城兵器を確認したところ、獣人たちが残されておりました。現地の指揮官より、どのように対応すべきか、指示が欲しいとのことです」

「獣人が残されていた? どういうことだ?」

 ジーゲル将軍が疑問を口にする。

「攻城兵器を動かすための要員だそうです。逃げださないように鎖で繋がれており、法国軍が撤退する際に取り残されたとのことです」

「生存者は多いのか?」

 グレーフェンベルク子爵が確認する。

「まだ西側のみしか確認できておりませんが、全体の六割ほどの約三百名です。その多くが負傷しており、負傷していない者もかなり弱っております」

 真夏の木造構築物の中に閉じ込められ、厳しい肉体労働を課せられている。その上、水も与えられなかったらしく、熱中症になっていてもおかしくはない。

「マティアス君、どうしたらよいと思うかね?」

 困った子爵が私に話を振ってきた。

「とりあえず助けましょう」

「助けるのは構わんが、法国軍の一員でもある。捕虜となるが、それだけの数を収容するのは大変だぞ」

「獣人たちは奴隷だと思われます。ですので、法国に忠誠を誓ってはおりませんから破壊工作を行う可能性は低いでしょう。念のため、私が説得に行きたいと思いますが、彼らの処遇について一任していただけないでしょうか」

 子爵はジーゲル将軍と顔を見合わせる。

「将軍はどう考える。マティアス君に考えがあるようだが、ヴェストエッケに入れれば、守備兵団の管轄になるが」

「獣人は決死隊として使われることが多いですから、収容するとなると監視を多く付けねばなりませんな……ラウシェンバッハ殿、獣人たちを解放してやることもできるが、どうするつもりか教えてくれんか」

「彼らを逃がせば、クロイツホーフ城に戻るしかありません。そうなれば、将軍のおっしゃる通り、ロズゴニー団長は決死隊として利用しようとするでしょう。ですので、彼らをこちらに取り込みます」

「取り込む? そんなことが可能なのか? 今まで負傷した獣人がいたが、彼らは最後まで抵抗し、降伏するようなことはなかったが」

「彼らが降伏できないのは家族を人質に取られているからです。ですので、その家族を救出するという条件で、彼らと交渉しようと考えています」

 私の案に将軍は理解できないという感じで困惑の表情を浮かべる。

「家族を救出といっても、彼らは南方教会領から来たのだろう。千キロ以上も離れた場所の人質をどうやって救い出すつもりだ?」

 南方教会領の領都ハーセナイはここからでも千二百キロ、王都シュヴェーレンブルクからは二千キロ以上離れている。

 そのため、将軍の懸念は分かるが、レヒト法国で行っている獣人救出作戦についてはあまり広めたくないので言葉を濁しておく。

「その点については確実ではありませんが、方策があります」

「君がそういうのであれば、策はあるのだろう。それにしても相変わらず突拍子もないことを普通のことのように言うのだな」

「マティアス君にはいつも驚かされているよ。よかろう。獣人奴隷については君にすべて任せる」

 二人は呆れているようだが、承認はもらえた。

 会議室を出ると、イリスが待っていた。

「もう終わったわね。なら兄様たちのところに行きましょう」

 このままラザファムとハルトムートのところに行くつもりだったようだ。

「ちょっと別件が入ったんだ。城の外に出てくるから、先に行ってくれてもいいよ」

 外に行くと聞き、驚いた表情を見せる。

「外に! なら私も行くわ。あなたの護衛なのだから」

「危険はないと思うけど、よろしく頼むよ」

 将軍が用意してくれた三十名の護衛と十名の治癒魔導師、そしてイリスとカルラを率いて、戦場だった場所に向かう。

 中央の城門を出たところには死体はなかったが、西に向かうと片づけられつつある鳳凰騎士団の兵士の死体が並べられていた。

 まだすべて片づけられていないようで、守備兵団の義勇兵らしき若者たちが死体を運んでいた。
 目を背けたくなるのを堪え、目的地に向かう。

 雲梯車が見えてくると、その巨大さに目を奪われるが、その横に座り込む獣人たちの姿が見えた。
 粗末な衣服しか身に纏っておらず、怪我人には応急処置で包帯が巻かれている。

 多くの者が項垂れており、抵抗する様子は見られない。
 それでも守備兵団の兵士たちは油断なく、彼らを見張っていた。

「グレーフェンベルク閣下とジーゲル閣下から彼らの処置について一任された、ラウシェンバッハです。責任者の方はいらっしゃいますか?」

 そう言うと、一人の屈強な兵士が現れた。

「守備兵団の部隊長、コスタス・ドーレだ。将軍閣下の命令でこの場で指揮を執っている」

 身長こそ高くないが、がっしりとした身体つきで髭が濃く強面だ。
 私が武装していないことと、護衛として二人の女性を連れていることから、好意的な感じはない。

「それではドーレ部隊長、状況を教えていただけますか」

「見ての通りだ。獣人たちは攻城兵器から引き出し、応急手当と水を与えることだけをやっている。それ以外は命令を待っているところだ」

「了解しました。先ほどもお伝えしましたが、この件に関しては私に一任されておりますので、協力をお願いします」

「承知した。では、具体的にやることが決まったら教えてくれ。まだ攻城兵器の破壊も死体の処理も終わっていないのでな」

 それだけ言うと兵士たちのところに戻っていく。

「感じ悪いわね」

 イリスがそう呟くが、私自身はあまり気にしていない。
 特に何も言わずに、獣人たちのところに向かう。

 四十人ほどが座り込んでいるが、屈強な身体つきの者が多く、丸い耳の形から熊獣人であることが分かった。

「この中に代表者となれる方はいらっしゃいますか? あなた方の今後のことについて話をしたいのですが」

 全員に聞こえるように言うと、一人の男が立ち上がる。
 私が見上げるほどの巨体で、横幅もあり、ギラギラした目から悪役のプロレスラーを思い浮かべた。

熊獣人ベーア族の族長、ゲルティ・ベーアだ。俺たちの今後のこととはどういう意味だ?」

 太く低い声に僅かに気圧された。それに対抗するため、無理やり笑みを作って説明を始める。

「あなた方の境遇については、ある程度理解しているつもりです。一族の方が人質に取られ、無理やりここに連れてこられたのではありませんか?」

「そうだが、それと今後とどう関係する」

 話が見えないのか、目を細めて威圧してきた。
 それにイリスが反応し、剣に手を掛けたが、それを笑顔で押し留め、話を続ける。

「あなた方が我が国に亡命してくださるなら、一族の方々の救出に手を貸します」

「救出に手を貸すだと……そんなことは無理だ。俺たちの家族はハーセナイにいるんだ。どうやって助けるというのだ?」

「詳細は言えませんが、奴隷として購入して我が国まで来ていただきます。東方や北方で氏族ごと買われたという噂を聞いたことはありませんか?」

 モーリス商会による獣人救出作戦は、東方教会領と北方教会領を中心に行っている。
 南方教会領にまで噂が流れているとは思えないが、彼らは北方教会領を通っているため、その噂を聞いた可能性があると考えたのだ。

「確かに聞いたことがある。ダムマイヤー商会とかいうところが一族ごと買って帝国に売っているとな」

「そのダムマイヤー奴隷商会は私の指示で動いています。帝国に売るという話にしていますが、実際には我が国のラウシェンバッハ子爵領で開拓事業をやっていただいているのですよ」

 私の言葉にゲルティは目を見開く。

「グライフトゥルム王国で開拓だと……嘘を吐くな。俺たち獣人を高い金で買って開拓なんかに使うはずがない。そんなことをしても儲からんからな」

 思ったより頭がいい。

「確かに資金を回収するのに数十年掛かりますが、目的は法国の戦力を低下させることですから、儲けは度外視しているんですよ」

「法国の戦力を低下させる……俺たち獣人が決死隊として使われるからか?」

「その通りです。法国はあなた方を捨て駒として使い、その結果、我が国の兵士が殺されています。優秀な兵士はお金に換えられません。ですので、あなた方を我が国に引き込むことで兵士の命が助かるなら安いものなのです」

「言いたいことは分かった。だが、俺たちは失敗した。今から助けに行ったとしても領都に残っている者は皆殺しにされているはずだ」

 最後は苦しげな表情だ。

「いえ、まだ間に合います」

 そう言うとゲルティは私の顔をまじまじと見る。それに構わず理由を説明していく。

「確かに失敗していますが、そのことを領都に報告するのは当分先です。今の段階でロズゴニー団長たちが自分たちの失敗を素直に認めるはずがありませんから。ですので、領都に連絡がいくのは、鳳凰騎士団がヴェストエッケを攻略した後か、失敗が決定的になった時です」

「……」

 ゲルティは無言だが、私の言いたいことは理解しているようだ。

「我々の協力者は聖都レヒトシュテットにいますので、今すぐ出発すれば、半月ほどで指示が届きます。そこから急げば八月中にはハーセナイに到着できるでしょう。それから交渉を始めますが、戦いはまだ半月以上は続きますし、ハーセナイに鳳凰騎士団が到着するのは一ヶ月半ほど掛かりますから、十月に入った頃にしか情報は届きません。ですので、交渉に使える時間は一ヶ月ほどあると考えております」

 今の説明はかなり楽観的な数字だ。
 八月中に聖都レヒトシュテットに到着できることは間違いないが、モーリス商会の法国の総支配人、ロニー・トルンクがそこにいるとは限らない。

 また、ハーセナイで活動できる期間が最長一ヶ月しかなく、現実的にはかなり厳しいはずだ。

「本当に可能なのか……」

「早く到着する点については自信があります。ですが、救出が確実にできるかと言われれば難しいと言わざるを得ません。ハーセナイにはまだ伝手がありませんから、成功はよくて五分五分といったところでしょう」

 トルンクはトゥテラリィ教団に深く食い込んでいるが、南方教会に関してはまだ工作に着手していなかった。

 今回の鳳凰騎士団派遣を受けて領都ハーセナイでの情報収集を始めたので、この情報が届くころにはある程度伝手を作っていると思うが、確実とは言い難い。

「五分五分だと……本当に助かる見込みがあるのか……だが、一族すべてを助けることなど不可能だ……いや……」

 諦めていたところに希望の光が見え、混乱しているようだ。

「このままなら確実に一族の方は抹殺されます。それにあなた方は法国軍に見捨てられたのです。今更戻ることはできませんし、仮に戻ったとしても使い潰されるだけです。それなら私の提案に乗る方が分のいい賭けになるのではありませんか?」

「……確かにそうだが……少し相談させてくれ。俺だけでは判断できん」

「構いませんよ。ですが、他の氏族の方のこともあります。できるだけ早く結論を出していただきたいですね」

 私がそういうと、ゲルティは座り込んでいる仲間のところに向かった。

「あなたの提案に乗るかしら?」

「多分大丈夫だよ。彼らに選択肢はないんだから」

 説得できたと思っているが、不安がないわけではない。
 今回の戦闘で彼らの仲間を殺したのは私たちなのだし、そのことを恨みに思い、従う振りをして報復に出ることも考えられるのだ。

 十分ほどで結論が出たようで、ゲルティと十人ほどの男が私の前にやってきた。

「お前に賭けることにした。万に一つも家族を助けられる可能性があるなら、それに乗るしかないからな」

 後ろの男たちは何も言わないが、不安そうな表情を浮かべていた。

「ありがとうございます。では、我が軍の指示に従って指定された宿舎に入ってください。その後、治癒魔導師を派遣します。申し訳ないですが、ゲルティさんだけは残っていただき、他の氏族の説得を手伝っていただけないでしょうか」

「任せてもらおう」

 ゲルティが積極的に他の氏族の説得をしてくれたため、すべての氏族が私の提案に同意してくれた。

 しかし、数が多かったことと、東に移動して同じように説得を行ったため、終わったのは午後七時を過ぎていた。

 それだけでは終わらず、獣人たちの監視方法の調整を行った。

 また、レヒトシュテットに伝令を送り出すため、ヴェストエッケにある長距離用の通信の魔導具を使って、グライフトゥルム市にある叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室と調整を行った。

 更に彼らの一族がこちらを信用しやすいように生存者のリストを作成したり、族長などの主要な人物に手紙を書いてもらったりとこまごまとしたこともやっている。
 そんなことをしていたため、午後十時頃まで働き続けた。

 結局、ラザファムたちの打ち上げには参加できなかった。
 残念だが仕方がないと諦め、寝台に飛び込むようにして眠りに就いた。
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