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第三章:「王立学院高等部編」

第十一話「モーリスの相談:後編」

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 統一暦一二〇〇年十月一日。
 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ネッツァー邸。ライナルト・モーリス

 レヒト法国での活動について、マティアス様に相談に来ている。
 概要を説明すると、マティアス様は数枚の紙をテーブルに置かれた。

「ご相談の内容はある程度予想していましたので、対応策を考えてきました。と言っても私は現地を見ていませんので、机上の空論かもしれませんが……」

 やはりマティアス様は私の苦悩もお見通しだった。
 それから怒涛の如き説明が始まった。

「まず教団上層部についてですが、聖都か教会領の領都にある高級娼館を買収しましょう。本当に清廉な聖職者は娼館など利用しませんので、そこである程度の線引きができます……」

 十六歳の少年が娼婦を使うという策を考えたことに驚くが、マティアス様ならあり得ると思い直す。

「必要な経費は叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室に相談していただければ、その程度の費用であれば低利で融資してもらえるはずです。想定している金額なら低利であれば比較的短期間で回収できると思います……」

 低利の融資については以前から言われていることなので驚かないし、この程度の金額なら借りる必要もないが、高級娼館の年間の収益や買収するための概算費用まで知っていることに驚いた。

「主教クラスは娼館に行きませんが、司祭クラスは身分を隠して利用していると聞いています。そこで各派閥の司祭に伝手を作り、主教クラスに高級娼婦を送り込みます。その娼婦は娼館に所属させず、未亡人が相談にいくという形を取れば、外聞を気にする者が引っかかってくれるでしょう……」

 娼婦の年齢的に未亡人に偽装することは不自然ではないし、未亡人なら相談相手が少ないため、主教に相談に行くということはあり得ない話ではない。

 また、若い娘や既婚者であれば政敵から倫理上の問題を指摘される可能性はあるが、未婚の大人である未亡人なら自分の意志でいったと言い張れる。
 そんなことをさらりと提案してきたことに再び驚くが、今は聞くことに集中する。

「娼婦たちには聞いた情報を教えてくれれば、特別手当を出すと言っておきます。教団上層部の人は吝嗇で傲慢ですから、娼婦に必要以上のチップを渡すことはないでしょう。ですから、我々の思い通りに情報を聞き出してくれるはずです……注意すべき点は、モーリス商会が前面に出ないことです。そのためにダミー会社を立ち上げ……」

 聞きながらメモを取るが、どうしてこんなことが考えられるのだろうと思ってしまう。
 隣に座るロニーに至っては顔を引きつらせて固まっていた。

獣人族セリアンスロープは少し悪辣な手を使います。まず、聖堂騎士団が大規模な奴隷狩りを計画しているという噂を流してください。獣人族の集落も完全に孤立しているわけではないでしょうから、その情報が入るタイミングで交渉に向かいます。抵抗しようとする者もいるでしょうが、大人しく捕まってくれれば、犠牲者を出さずに済むと説得すれば、ある程度は成功するのではないかと思います」

「確かに……」

 獣人族セリアンスロープたちは聖堂騎士団を恐れている。騎士たちは訓練と称して集落を襲撃しつつ奴隷狩りを行うことがよくあるからだ。

 騎士たちは遊び半分で集落を襲撃するため、抵抗してもしなくても命を落とす者が続出する。また、仮に生き残ったとしても、奴隷に落とされることになる。

 獣人たちは肉体的に強靭で、一人一人は強力な戦士なのだが、騎士団は圧倒的な戦力で襲うため、獣人側が撃退することは稀だ。また、撃退できたとしても、メンツを潰された騎士団が更に大人数で襲ってくるため、結果としては更に悲惨な状況になる。

獣人族セリアンスロープたちが納得したら、教団上層部の伝手を利用し、聖堂騎士団に奴隷狩りを提案します。奴隷を高く買うと言えば、騎士団の隊長も喜んで行うはずです……」

「騎士団に奴隷狩りを……ですか……」

 聖堂騎士団の連中は獣人を人と思っていないので、危険ではないかと思ったのだが、そのことはマティアス様も百も承知だった。

「騎士団に提案しますが、そのままでは本気で奴隷狩りをやってしまい、獣人たちが抵抗して死者や怪我人が出てしまいます。ですので、怪我人は安く買い叩くと言っておけば、無抵抗の者に危害を加えることはないでしょう……」

 金に汚い騎士たちなら充分に考えられる。

「それに一回成功すれば、その獣人に協力してもらって説得に当たれば成功率は上がるはずです。同じ氏族でなくとも、獣人族同士なら聞いてもらえる可能性は上がりますので……」

 騎士団を巻き込む理由が分からない。
 私の表情からそのことを感じ取られたのか、更に説明を加えてくれた。

「騎士団から高く買った奴隷であれば、教団が横やりを入れてくることもありませんし、他の騎士団もちょっかいを掛けてくることはないでしょう。ですから王国に移動する間も安全になるはずです」

「確かにそうですね」

 確かにマティアス様の言う通りだと思った。

「それに聖堂騎士団なら、こちらが手を回さなくても遅かれ早かれ奴隷狩りを行うはずです。彼らの神の名を出せば何をしてもいいと考えていますから。ですので、全員が生き残り、幸せになれる策を提案しているのだと考えてください」

 トゥテラリィ教の聖職者たちと話をしたが、彼らの選民意識の強さは尋常ではない。自分たちはヘルシャーに選ばれた優れた人間なのだから何をしてもよいのだと平然と言う姿に、怒りを覚えたことは一度や二度ではなかった。

 ちなみに法国では教団の聖職者はもちろん、商人や農民が獣人奴隷を保有することはない。聖職者は穢れた種族と言っている獣人を身近に置くことはないし、一般の人々は身体的に強力な獣人たちが自らに牙を向けることを恐れて保有しないのだ。

 そのため、騎士団のように穢れた存在であっても有効に使うと理由付けができ、家族を人質とできる組織だけが獣人奴隷を保有することになる。つまり、騎士団が捕らえた獣人を現金化するには国外に売るしかないのだ。

 しかし、レヒト法国には国外と取引できるほどの大商人が少なく、また、隣国であるグライフトゥルム王国とグランツフート共和国と絶えず国境紛争を起こしているため、基本的には船舶での輸送しか行えない。

 そのため、船を保有するごく少数の奴隷商人たちだけが奴隷を扱うことになるが、海上輸送は魔獣ウンティーアの襲撃を回避するため、一度に輸送できる人数が限られている。

 船員を含めて百人以下という条件では、運べる奴隷の数は精々五十人ほどしかなく、コストに見合った額に買いたたかれてしまうのだ。

 だから数百人単位で購入し、かつ高く買い付けてくれる商人に手を出すことは考えられず、結果として獣人たちも安全になるということだ。

「分かりました」

「それよりもモーリスさんが損をすることの方が気掛かりです。長期的には回収できると思いますが、短期的には大赤字になりますし、黒字になるのが何年先なのか全く見通しが立ちませんので」

 マティアス様は獣人たちを王国に入植させるお考えだ。そして、入植後に開拓村から徴収した税の一部を数十年単位で領主が支払う契約を考えておられる。

 入植先はご実家であるラウシェンバッハ子爵領と、ラザファム様とイリス様のご実家、エッフェンベルク伯爵領を考えておられているので、踏み倒される心配はなく、回収できることは間違いない。

 法国における獣人奴隷の値段だが非常に安い。屈強な成人男性でも高くて一万マルク(日本円で百万円)程度なのだ。

 これは基本的にゾルダート帝国かオストインゼル公国の裕福な者しか買わないためで、輸送費を考えるとそれ以上で仕入れても儲けが出ないためだ。

 これに輸送コストが掛かるが、大人数であるため、基本的に野営を考えており、食料と水、荷物を運ぶ荷馬車と我々モーリス商会の人件費くらいが経費であるため、それほど大きなものではない。

 仮に五百人規模の集落でも老人や子供は捨て値に近い金額となり、二百万マルク(日本円で二億円)もあれば買い取りが可能だ。輸送のコストを含めても、三百万マルク程度と私のポケットマネーでも賄えてしまうほどにしかならない。

 但し、マティアス様がおっしゃる通り、小さな開拓村が支払う税の一部では購入費用等の必要経費を回収できるのは、五十年近く先になると予想している。

 そもそも救済を目的にしているから、いずれの領地も当面は格安の税にするだろうし、開拓地から税を普通に取れるようになるのは十年以上先だろう。

 軌道に乗った後も回収できる金額は知れているから、金利のことまで考えれば、投資としては全く旨みがなく、私以外の商人が引き受けることはないだろう。

 このことはマティアス様も当然理解しておられ、しきりに恐縮されるが、私からしたら今まで稼いだ百億マルク(日本円で一兆円)を超える金のことを思えば、全く気にならない。

 ただ、マティアス様にこのことを言ってもご納得いただけない。
 マティアス様は、商人はきちんと利益を考えるべきで、それを怠るようでは今後の付き合いも考えざるを得ないとまで、おっしゃっておられたのだ。

 言わんとすることは分からないでもないが、膨大な利益の還元と考えれば、おかしなことはないと思っている。しかし、こういったことに関してマティアス様はとても頑なだ。

 マティアス様は、商人とは貸し借りではなく、ビジネス的に対等な立場で付き合うべきだとお考えのようなのだ。

 間違っているとは思わないが、私としては商人としてではなく、ライナルト・モーリスという一人の人間として見ていただきたいと考えている。

 しかし、そのことをまだ伝えられていない。
 まだ恩を返しきれておらず、一人の人間として見てほしいという願いを言える立場にないと思っているからだ。

 マティアス様が部屋を出られた後、ロニーに感想を聞いてみた。

「いや、本当に凄い方なんですね。商会長がお知恵を借りて儲けたと言っていた意味が分かりましたよ」

「そうだな。で、マティアス様のおっしゃったことはできそうか?」

「難しそうですが、やるしかないでしょう。マティアス様からは策を、商会長からは一億マルク(日本円で百億円)もの資金を与えられたんですから。失敗するわけにはいきませんよ」

 口調は軽いが、やる気に満ちている。

「期待している。これからお前はレヒト法国支店総支配人だ」

 私の言葉にロニーが驚いている。

「俺が総支配人ですか!」

 驚くのも無理はない。我が商会に総支配人と呼ばれる者はゾルダート帝国担当、シュッツェハーゲン王国担当、グランツフート共和国担当の三人しかいないからだ。ちなみにグライフトゥルム王国は私が直接見ているので総支配人はいない。

「儲けは考えなくていい。マティアス様のお考えを形にすることがお前の仕事だ」

 商人としてはどうかと思うが、一億マルクを失う程度で我が商会が揺らぐことはない。
 私の言葉に驚きながらもロニーは大きく頷いた。

「承知しました。もちろん、策は成功させますが、俺も商人ですから赤字にはしませんよ」

 そう言って大きく笑った。
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